104.情報整理と確認②:テオドール
「あの・・・ユリウス様、ぼ、僕は今何をしているのでしょうか」
「問題ない。誰もお前がテオドールだと気づくことはない。これも持って」
「はい・・・」
ユリウス様に差し出された書類を受け取り、それまで渡された書類の束の上に置いて抱え直した。
欲しかった答えはもらえず、僕は黙って途方に暮れるしかなかった。
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ここ数日、毎晩ユリウス様から届く手紙を読み、書かれている指示を検証して返信を書いて過ごしていた。
日中は存在感を消して静かに過ごす僕にとって、この数日間はとても楽しくて、夜に起きていられる時間を増やすために、昼寝をするようにしてみたりしていた。
いつも部屋に1人でいるので、別にいつ寝ても、何をしていても誰かに気づかれるわけではないけれど、イーディス姉上が何の前ぶれもなく、突然部屋にやってくるので油断はできない。
もし寝ている姿なんで見られたら、何をされるかわからない。
ある時は服の襟がヨレていたと言って殴られ、ベッドに腰をかけていて生意気だと言って蹴られた。
何をしていても暴力は振るわれるけれど、これまで以上の何かをされる可能性は高いと思う。
先日、危ない日があった。
姿勢に気を付けながら、机にむかってウトウトしていると、イーディス姉上が突然扉を開けた。
「ちょっと、私が来たのに出迎えないなんて、生意気じゃない?」
「申し訳ありません、イーディス姉上」
慌てて椅子から降りて、膝まづいて頭を下げた。
すぐに反応できたので、大丈夫だとは思うけれど、もし気づかれたらと思うと、冷や汗が出た。
隠してあるので、簡単には見つからないはずだけれど、この部屋にはユリウス様からのいただいた手紙や、指輪などがある。
単純な暴力ならいいけれど、激しい癇癪を起すと物を投げる習性があるので、それが心配だった。
「あー、ムカつく」
イーディス姉上は、膝まづく僕を無視してベッドに座る。
僕に向かって言っている様子がないことから、どうやら、別の誰かがイーディス姉上を怒らせて、その鬱憤を晴らしにこの部屋に来たのだろう。
「どいつもこいつも・・・私の美しさや尊さを理解できないなんて、愚かすぎるわ。生きてる価値なし」
そう言いながら、ベッドにある枕を僕に向かって投げてきた。
避けようと思えば避けるけれど、そんなことをすれば他の物が飛んでくるので、身体にぶつかる枕を抵抗せずに受ける。
「私は、キルネル国の王子とすぐに会いたいと言ったのに、『アルティミア祭りまでまって欲しい』って返事をしてきたのよ!信じられない!私はすぐに!って言ったのよ!返事だって3日も待たされたし。しかも、お詫びとか言ってこんな醜いハンカチなんて送ってきたの。馬鹿らしいわ。こんなもの私が持つにふさわしくない!」
僕に向かって投げられたハンカチは、見るからに貴重で高価そうな布地を使われているし、何とも言えない美しい緑色の糸で繊細な刺繍が施されていた。
デザインは植物で、親愛と幸福を意味する4つ葉だった。
イーディス姉上は、デザインの意味も、素材の素晴らしさもきっと知らないのだろう。
姉上の好みは、可愛らしいか豪華な色とデザインだ。
グレイシャー家の色が青色だが、ピンク色や真っ赤な色で、リボンや宝石がちりばめられたようなドレスを好んで着ている。
イーディス姉上からしたら、緑色は地味で嫌いな色なのだろう。
「顔と権力はあるみたいだけど、贈り物のセンスがないのは無理ね。キルネル国であれば、高価な宝石が取れるはずなのに、それを贈ってこないなんて頭も悪いに決まっているわ!」
僕にこのハンカチの正確な価値は分からないけれど、たとえ付き合い程度の贈り物だとしても、キルネル国の王子という身分の人が、他国の公爵令嬢に適当なものは贈ってこない気がする。
僕の目の前でぐしゃぐしゃになっているハンカチは、宝石以上の価値があるかもしれない。
―――――ガチャン
僕が膝まづくそばで、僕に当たらなかった置き時計が床にぶつかって壊れた。
僕の部屋には投げられるものは限られている。
この時計を投げられるのは何度目かわからない。
当たると痛いけれど、血が出るとイーディス姉上は満足して暴力をやめる傾向があるのであえて置いている。
「ちっ・・・はぁ、しょうがないからストル国の公爵家3男と会って時間をつぶすしかないじゃない。魔法もロクに使えない国の公爵家なんて会う価値ないけど、返事も早かったし、見た目が良いのよね、贈り物のセンスもいいし」
床に投げつけられたハンカチとは対照的に、大事そうに収納魔法の指輪から出したのは、豪華な金色の刺繍が施された手袋だった。
キラキラ輝いているので、細かな宝石が縫い付けられているのかもしれない。
僕としては、イーディス姉上の好みを熟知しているかのようなデザインで、手のサイズを知らないと作れない手袋を贈ってきたことに気持ち悪さを感じた。
「ピード国からも『是非会いたい』って手紙と共に贈り物が届いたけど、すぐに燃やしたわ。獣臭がするものなんて見るのも、触るのも嫌だわ。私の尊さを崇める文章はなかなかだったけど、所詮獣だわ。私と会えると思っているあたり、思い上がりすぎよ」
僕はユリウス様からくる手紙が人生で初めてなのでよくわからないが、手紙はそんなに他国の人々と頻繁にやり取りできるものなのだろうか。
―――――バンッ
・・・痛い・・・
今度は靴が飛んできた。
頭に当たり、一瞬意識がクラリとする。
「何してるの。早く靴を拾って」
冷たい声に促され、靴を拾って靴を履かせる。
―――――ドンッ
「うっ・・・げほっ、げほっ」
「まったく、愚図ね。直接触らないでよ。この靴捨てなきゃいけないじゃない」
靴を履かせた足で僕の胸蹴とばし、上手く息ができない僕を見下ろしている。
「あー、気持ち悪い。もういいわ」
そう言い残すと、気が済んだのか、イーディス姉上は部屋を出て行った。
床には投げられた、枕に時計、そしてハンカチが落ちていた。
今日は短くて良かった。
本当に大事なものは、何もキズつけられることなかったし、時間も短かった。
「これ、どうしよう・・・」
時計や枕は元に戻したけれど、ハンカチをどうしたらいいか迷う。
貴重で価値のあるものであれば、安易に捨てるわけにもいかない。
何かの理由でイーディス姉上が思い出して、返せといてくるかもしれない。
迷っていると、机の上にユリウス様からの手紙が出現した。
「えっ!!!」
―――――バッ
思わず声が出てしまい、あわてて手で口を押え、部屋の外から音がしないかと身構えた。
しばらくしても気配も音がしなかったので、口から手を離して息をつく。
「ユリウス様からの手紙・・・こんな早い時間に届いたの、はじめてだ・・・どうしたんだろう」
いつもは日が落ちて、夜遅い時間に届く。
でも今はお昼を過ぎたばかり。
イーディス姉上がいるときに手紙が届いていたらどうなっただろうかと、想像すると恐怖でしかなかった。
今まで夜に届いていたので、書かなかったけれど、昼間に手紙が届くと危険だということを書かなければいけない。
見慣れた封蠟を確認して、いつもの様に封筒を開けると1枚の手紙が入っていた。
『テオドール
今晩、裏庭の森にある小屋に来い ユリウス 』
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