103.情報整理と確認①
机の上には、ユリウスが置いて行ったものがある。
魔獣のクロヒョウを立体映像として映し出している、魔法石の付いた青い房飾り。
そして、黒い靄を纏った木製の暗殺人形。
それから、暗殺人形の仕様書とユリウスの実験結果資料もある。
ユリウスから得た情報は、かなり有力だと思う。
ディルタニア家がすでに得ている情報を合わせれば、シキの両親を襲撃した犯人と『黒い靄を纏った人形』の正体にかなり近づけるのではないだろうか。
でも・・・
「この暗殺人形、私の目にも『黒い靄を纏った人形』に見える。ユリウスもそうだったみたいだし」
さっきうっかり口を滑らせてしまいそうになったけれど、内容としては、かなり大事な部分なので、確認しないわけにはいかない。
「俺の記憶では、暗殺人形に組み込まれている魔法と、ルドリーに見えた『黒い靄を纏った人形』から感じた魔法は同じだ。だが、同時に別の魔法・・・魔素?の存在も感じた。いや・・・そんな気がした」
「そんな気がした?」
いつもはっきりとした言い方をするローキにしては、随分曖昧な表現だ。
「人形自体は同じ魔法が組み込まれたものだが、それを操る別の魔法がおそらく存在していた、と思う。上手く表現できないが、少なくとも俺には通常の魔素や魔法も見えない、空白の空間があった」
「空白の空間?真空ってこと?」
「真空が逆にわからねぇよ。『前の世界』の知識か?お前にはまだ・・・いや、ほとんどの人間に視覚としては感じられないだろうが、すべての空間には魔素が満ちている。生き物は魔素を吸ってエネルギーを得て、余分なものを吐きだして循環しながらすべての空間を埋めている。ある意味、すべてのものは魔素が集まって形をなしているとも考えられている・・・理解できるか?」
吸って吐くってことは、酸素や二酸化炭素みたいなもので、すべての形の元ってことなら、たぶん量子とかのことだよね。
ようは、この世界の考え方としては、全部の源が魔素ってことになってるのね。
「うん、たぶん理解できていると思う。ローキが言った『空白の空間』っていうのは、やっぱり『前の世界』で言う真空のことだと思う。エネルギーが存在していない空間って意味で、普通は自然に発生しない空間だよね。空間をつくるには、故意的な何かをする必要がある。ちがう?」
「はぁ・・・『前の世界』の話を聞いた後だと、こんなに話がスムーズに理解できるなら、やっぱりもっと早く話を聞きたかったな」
うぐっ・・・そうだね。
私も自分の認識を確認できるから、話しやすいや。
「今お前が指摘したとおりだ。その『シンクウ』は普通ありえない。だから正直、それを見た時は理解できなかった。何もない空間の意味が。でも、もしそれが俺の視認できないだけで、別の魔素か魔法が存在している空間だとしたら理解できる。俺には何も見えなかったが、その空間が何か作用して、エアルドラゴニア国では動くはずのない人形を動かして、ルドリーの姿を皆に見せていた、かもしれない」
「なるほど・・・そうなると『真空』とは違うね。じゃあ、魔素や魔法じゃない何かかぁ」
「おそらく、な。俺が見えない魔素や魔法なんて今までなかっただけで、特殊なものがあるのかもしれない」
「それにしても、全部の空間に存在する魔素や魔法が見えるって、なんか大変そうだね」
「いや、感覚を切り替えるから、いつも見てるわけじゃねぇよ」
なるほど・・・霊視みたいなものかな。
幽霊見える人は、感覚を開いたり閉じたりできるって聞いたことがあるし。
「そうなると、人形はキルネル国の暗殺人形で、それを操る未知のものが発動していた可能性があって、その未知のものをを見破れたのがスーア族のローキとシキ・・・」
「この現象とスーア族の関係については謎だが、人形だけの状態で誰でも見えるのは、未知のものの有無が関わっているせいだろう。そう考えれば筋が通る」
そうだよね。未知のものが原因じゃ、スーア族だから判別ができた・・・とは言い切れないか。
「あとは襲撃犯人が魔獣のクロヒョウなのか、クロヒョウの獣人族なのか・・・」
「いや、こっから先はまだ推論を立てない方がいい。情報が少なすぎる」
「なんで?」
「思い込むのを防ぐためだ。大体人間は一度推論を自分の中で立てると、その推論に合うように情報を誤認しやすいんだ。暗殺人形については、サンプルとは言え実物があって、実際に現場で見た俺の情報を照らし合わせることがきたから話をすすめた。でも、襲撃犯については、俺はシキの両親の傷跡と集まってきたバラバラの資料の情報があるだけだ。それに、ユリウスが居たときにも言っただろ。襲撃犯については同程度の情報はすでにディルタニア家でも収集済みだ」
「そっか・・・これ以上はユリウスが王宮から情報を得てくるって言ってくれたよね」
「入出国者については、ディルタニア家でもかなり調べは進んでる。輸入品関連は・・・まぁ、お互いこれからだな。まぁ、暗殺人形なんてものは正規ルートで輸入されてるわけがねぇし、記録ももちろんないだろうから、結局はそれを運んだ人間を追おう方が優先事項だな」
「でも、人の密入国もできるんじゃない?国境付近には森とか山があるし」
「いや、人間は無理だ。国境には国単位の結界が張られているからな。人間特有の魔素の性質を判別して、結界を超えれば自動で記録される。王宮に管理されている入出国記録にな。ユリウスはそれを確認しに行ったんだ。人間が記入している記録もあるが、自動で記録される方は改ざんも難しい。両方を照らし合わせれば、何か分かるかもしれない」
「そんなものがあるんだね」
自動記録する赤外線センサー付きの防犯カメラみたい。
たしかに、人間が手書きする記録簿より正確かも。
「襲撃犯と『黒い靄を纏った人形』・・・同一犯かな?」
「だから、まだそこを考えるな。情報が足りない」
「でも・・・」
「なら3つのパターンで考えろ。1同一犯、2複数犯、3それ以外」
「すごくざっくりだね。同一犯と複数犯は分かるけど、それ以外って」
「それがないと思考を止めるからだ。他国の話も出て来たんだ・・・そもそもこの事件の目的もわからないんだぞ。今回は俺とシキが気が付かなければ、おそらくそのままになっていた。事件なんてものに発展すらしなかった可能性すらある・・・俺がもっと慎重に行動していれば・・・違う結果だったかもしれない」
そうか・・・ローキはこの件が自分のせいだと思っていたのか。
ローキは私を守るために、その時の最善の行動をとってくれたと思っていたから、そんなことを考えもしてなかった。
「ローキ、それこそ考えないで。過去は変えられない。変えられるのは今と未来だけ。だから、今こうやってこれからのことを話してるんでしょ?ね」
「・・・そうだな」
相変わらず俯いたままのローキの表情は見えない。
会話を進めているうちにいつもの調子ではなせるようになってきたけれど、今は別の意味で沈んでいるのはわかる。
「俺はシキ達と話してくる。もうすぐ俺のかけた魔法は効力が切れて自然と元に戻るから、それまで部屋にいろ。部屋の中には護衛はいないが、外にはスタンさんがいるし、ルーリーとリナもいるから安心しろ・・・」
そういうと、ローキは椅子から立ち上がり、収納魔法が組まれているであろう小さな袋を取り出し、ユリウスからもらったすべてをしまった。
「そうだ・・・お前の姿・・・悪くないからな」
ローキは扉の前で立ち止まり、こちらを見ずにそれだけ言って書斎を出て行った。