102.『前の世界』と『今の世界』②
どうしよう・・・ローキがものすごい嫌そうな顔をしてる・・・
やっと顔を上げてくれたから嬉しかったのに、まさかの嫌悪全開の顔。
とりあえず2歩下がってみたけれど、ローキの嫌そうな顔に変化はなかった。
謎の言動の意味は何だろう?
私の話を聞いた後のローキの行動を思い返してみると、1つ思い当たることがあった。
これはもしや・・・世に言う思春期というものではないだろうか。
確か、身体が大人になるとともに訪れる精神的な大きな変化で、今までになかった感情の変化や思考に動揺して、謎の言動がよくあるって聞いたことある。
残念なことに、『前の世界』での私は、一般的な思春期特有の変化を自分で感じたことがない。
自覚がないだけかと思って両親に確認してみたが、私も弟も該当するような変化がなく大人になってしまった。
だけど、『前の世界』の中学校や高校時代のクラスメイトに、それっぽい行動をとる子を見たことがある。
会話中に突然教室から走って出て行ってしまったり、急に赤くなってモゴモゴ話したり、今までと違った話し方をしてみたり・・・
私は原因がよくわからず、どうしたんだろうっと思っていると、同じ場にいた友人がその様子を見て「思春期だね~」と言っていた。
そう言えば、サフィール様もお兄様やお父様の話し方を真似て、大人の話し方を勉強中だった。
同じ年頃のローキが思春期を迎えていてもおかしくない。
急に飛んで距離を取ったり、突然抱きしめたり・・・私は嬉しかったけど、ローキの反応からして自分の意思で行動したにしては、表情が一致していない。
思春期のややこしい点は、何が原因で謎の行動をとったのか、他人も本人も分からないと聞いたことがある。
それに、思春期を脱するまで、自覚もないとも聞いた。
私自身にその経験がないので、対策は思いつかないけれど、『前の世界』の友人曰く「そっとしておくのが一番」って言いていた。
ふむ・・・ここは大人として、スルースキルを発動しよう。
折角、見た目も大人になったわけだし!
私は元居た椅子に再び座った。
「ローキ、私の話を信じてくれたと思っていいのよね」
まずは、私の話したことの認識の確認と、ユリウスとの話を整理しなくてはいけない。
あと・・・ランスと話した件も。
ローキは変わらず嫌そうな顔をしているけれど、私の行動に合わせて、何も言わずに椅子に座った。
椅子に座ると、今度は不安そうな表情に変わり、ソワソワしている。
うん。やっぱり、自分でも状況が把握できてなさそうだね。
私の質問が聞こえてないのか、ローキは答えてくれない。
「話すのが遅くなってしまったけれど、今話したのが『じっくり話さなきゃいけない案件』よ。と言っても、『今の世界』で『前の世界』の記憶が残っている原因はわからないけどね。私の言動がおかしいとのは、『前の世界』の価値観と知識、記憶のせい・・・努力はするつもりだけど、多分これからもおかしな言動はしちゃうと思う。ローキは私の専属護衛だから、一番影響を受けちゃうし、知ってて欲しいと思ったから話したの。だから・・・他の人には話さないでもらえないかな?『影』の皆や、家族にも」
ローキの反応は期待できないから、とりあえず言いたいことを言っておく。
ソワソワが収まったのか、俯いて静かに私の話を聞いている。
「ユリウスと話した話を整理してきたいのだけど・・・」
「その前に『魔法付与が可能な鉱物を織り交ぜた糸』の件、誰れからいつ聞いたんだ」
やっと話してくれたと思ったら、スルーしてほしいところを突いてくるとは・・・
相変わらず俯いたままで、こちらを見ようともしないけれど、落ち着いた声をしているので、多少冷静になってきたのだろう。
とりあえず、私が完全スルー態度に合わせて、話をすすめてくれるのはありがたい。
「それは・・・通信鏡をつかって」
「いつ」
「昨夜」
「どこで」
「私の部屋」
「誰と」
「ランス」
「ランス・・・そうか、ならいい。そうだとは思ってた・・・でも、お前と繋がりのある人間で、町の糸屋の話をできる人間は限られる。ランスか・・・ルドリーか」
ルドリーの名前にドキリとする。
そうか・・・ローキがあの時怖い顔をしていたのは、私が話した相手がルドリーの可能性あると思ったからなのか。
ルドリーと内通していたと思われたことはショックだけど、疑われる言動をしたのは私だ。
自分の言動の迂闊さに、申し訳なくなる。
「こっそり話ていたのは・・・ごめんなさい。ルドリーとは連絡はとってないよ。連絡先もしらない」
「そうか・・・別に本当にルドリーと話をしていたとは思ってない。でも、お前には・・・秘密が多いし、予想外の言動をいつもするから、念のため確認しただけだ。夜、お前の部屋の警備は俺や『影』達も部屋の外でしているから、中で何があったかまでは把握できないんだ。それと・・・お前は俺の反応を気にするが、本来は何をしてもお前の自由なんだ。俺や周りを気にする必要なんてない。自由に行動して、何か問題が起きたとしても、それに対処するのが俺たちの本来の役目・・・強く言って、わるかった・・・」
な、なんか、今度は落ち込んでないか?
声は落ち着いているけれど、姿勢や雰囲気からして、ズーンという効果音が聞こえてきそうな感じだ。
「ローキはいつも私のことを考えて、問題が起きる前に対処しようとしてくれてるのは知ってる。だから謝らないで。これからも、私が変な言動をしないかしっかり見張っててね」
背中をさすってあげたい感じだけど、たぶん今は近づかない方がいいだろう。
だから、できるだけ優しく伝わるように話すと、ローキは静かに頷いた。
「それじゃあ、ユリウスと話した内容を整理して、今後の対策を考えよう」
「ああ」
ローキは俯いたままだけど、さっきよりは若干気持ちが浮上したようだ。
・・・思春期って大変だね。
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