101.『前の世界』と『今の世界』:ローキ②
俺は自分の安易な選択に後悔した。
ティアが俺に作り話や嘘をつく必要がない。
だからきっと『異世界』の記憶や、『アリステア』様の記憶の件は本当なのだろう。
それでも、何か根拠が欲しかった。
ティアに対して、これから行動を変える必要があるかどうかの根拠が。
年齢を偽って悪事を働く人間の正体を暴くための魔法。
『精神の具現化』は、魔素量を大量に使うが、よく使われる魔法の一つだ。
成長期のせいで、外見の姿だけで年齢を判断できない。
多くの場合は言動で判別できるが、人によっては判別が難しいこともある。
そんな時の根拠として使われるのが、この魔法。
10歳から13歳の間で成人と変わらない姿に急成長し、13歳から16歳の間で、魔素と成長のバランスが整い、もっとも安定した姿へと成長する。
16歳の成人を過ぎると、そこから70歳まで見た目が変わらず、70歳以上で徐々に老化が始まる。
つまり、人によっては10~70歳まで見た目が変わらない場合があるのだ。
身体機能は、若さはそのままで、最も成熟したところで維持される。
男女ともに身体が大人に変化する10歳を超えれば性行為も可能だが、子どもは身体と魔素が安定する16歳以上にならないと産まれないため、婚姻も16歳以上と決まっている。
そして、10歳から13歳までの性行為は精神的に未熟であり、体内の魔素が他からの影響を受けやすいということもあって、法律的、信仰意識的にで禁止され、重い罪となる。
13歳以上で同意の元であれば性行為自体は問題ないとされている。
しかし、身体が成人と変わらない為、許されない年齢でも貧しさゆえに犯罪に手をそめることもあるのが現実だ。
それを取り締まるべく、この魔法は生まれた。
『精神の具現化』を13歳以下にかけても変化は起こらないが、13歳未満の子どもにかければ成長期前の姿になる。
精神年齢は、魂の年齢。
この世に生まれてから何年生きているかは、魂に記憶されているので、その記憶をもとに魔法が発動するらしい。
スーア族の信仰には輪廻転生というものがあるが、エアルドラゴニア国の現宗教、聖パトラディユス教はそんなものはないとしている。
聖パトラディユス教は、1000年以上魂の研究しており、その成果であるこの魔法は、魂の在り方の証拠と言われている。
魔法の根源原理が秘匿だが、使用魔素量と属性のバランス、呪文が分かれば魔法は使えるため、信仰や魂の真実がどうであれ、犯罪を防ぐために使用できれば良いとして使われている。
年齢と身体の成長についての基準は、この魔法で判断される。
ティアに『精神の具現化』を使ったのは、記憶がどうであれ、この魔法で明らかになったことで決まると言えるのだ。
子どもの姿のままであれば、大人の記憶をおもっていても、これまで通りで問題ない。
しかし、もし・・・大人の姿になれば、それは成人した大人みなされるのではないだろうか。
もちろんそんな事例は聞いたこともなければ、この魔法がこんな異例の使い方に正しく機能するかどうかも不明だ。
きっと子どもの姿のままのはずだ。
身体が子どもなのだから、この世に生まれてから数えられる魂の年齢は7歳のはず。
そう思って魔法をかけた。
だから俺は、目の前の出来事が信じられなかった。
「鏡がないから私は自分の姿が見えないの!感想くらい言ってくれる?それに身体が大きくなったんだから、私の話したこと信じてくれた?」
ティアに顔を叩かれて意識が戻った。
身体が勝手に動いていた。
予想に反して、成人した大人の姿になったティアを見た瞬間、全身の毛が逆立ったように感じた瞬間、これまでの訓練の賜物か、危機を感じた身体が反応して室内で可能な最大限の距離まで、一瞬で飛んだ。
そして、まるで災害級の魔獣と遭遇したかのように、思考が停止して動けなくなった。
ただ、その存在を観察し、命の危機を回避するためだけに、思考が抑えられて身体機能が研ぎ澄まされる。
腰まである美しい輝きを放つ金色の髪、新緑の瞳は、生きる慈愛の光の女神と称される奥様とよく似ている。
しかし、奥様とちがって儚げな印象はなく、太陽の様な輝きと力強さを感じる。
ふらつきながら椅子から立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいてくるのに、俺の身体が反応したが、これ以上この部屋では距離が取れず動けない。
目の前まできても、自分の意思では身体を動かすことができずにいたが、叩かれたことで意識がはっきりした。
「っ・・・し、信じるから離れろ」
始めの方は何を言ったのか聞き取れなかったが、「信じてくれたか?」ということはかろうじて聞こえた。
離れて欲しいと伝えたのに、俺の顔から手を離さず、距離も変わらないまま会話を続けられて、くらくらしてきた。
「・・・気持ち悪い?」
上手く回らない俺の頭と耳に届いた意味の分からない単語に驚くと、目の前の女性と目があった。
悲し気な表情に耐えられずに、慌てて否定すれば、女性がふわりと笑った。
そこで俺の限界が来た。
理性が吹っ飛んだ。
きっと、手の届く距離にいたせいだ・・・
勝手に動いた手は、目の前の女性を腕に抱き寄せると、全身で包み込んだ。
女性から花の様な甘い香りがして、余計頭がくらくらした。
腕の中で女性が身体をわずかに動かすと、その動きに反応して、おれの身体は逃がさないように腕に力が入った。
香りが強くなると共に、女性の息が耳もとにかかり、全身の血流が速まって、心臓が大きな音を立てて脈打つ。
もっと・・・もっと、ほしい・・・
「ろ、ローキ苦し・・・ギブ・・・何か気に障ったのなら、謝る・・・から、離して」
微かに聞こえたその声にハッとして・・・全身から血の気が引いた。
一瞬で女性から最大限の離れた場所へ飛んだ。
俺は・・・何をした?
何をしてた?
気を抜くと、震えだしそうな身体に力を入れる。
身体にはまだ抱きしめた時の柔らかな感触と体温の感覚が残っている。
残っている感覚に意識を向けると、また理性が揺らぎだしたので、急いで頭を振った。
っ・・・まずい・・・この魔法が解けるまでに半刻かかる。
時間の経過を待たずに解くには特殊な魔法工具が必要だが、今手元にない。
―――――コツコツコツ・・・
足音から、女性が近づいてくるのがわかって、冷や汗が出る。
まずい・・・
変化しないことを確認するためのはずだった。
結果はどうだ。
ティアは成人の基準を満たして、大人の姿となった。
ティアは・・・ティアだ・・・
目をつぶって、自分に暗示をかける。
大事な主、俺のすべてをかけて守ると誓った存在。
たとえどんな変化があっても、それは変わらない。
守る・・・俺自身からも。
徐々に呼吸が整い、ゆっくりと目を開ける。
・・・大丈夫。
多少今までと接触を気を付ける必要はあるけれど、対応を変える必要はない。
いや、変えてはいけない。
女性の・・・ティアの足音が目の前で止まる。
・・・大丈夫。
決意と共に顔を上げて、俺を見つめるティアを見返す。
「やっと、顔を上げてくれた」
・・・全然大丈夫じゃない・・・どうすんだよこれ・・・
ティアの嬉しそうな笑顔を見て、心臓が再び激しく動くのを感じた俺は、絶望的な気分になった。
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