99.『前の世界』と『今の世界』:ローキ
話のほとんどが理解できないことだった。
目の前に座る小さな主は、俺がどんな反応をするのかを怯えながら待っている。
どんな反応でも受け入れようと考えているのか、服の裾を握りしめる手は震え、表情は硬い。
前の季節で7歳になったばかりの少女。
神々しいほどの美しい容姿と、3大公爵家の令嬢という圧倒的権力者。
10歳を向かえていないので安定はしていないが、魔素保有量は最上級のクラウン級の気配をすでに纏っている。
ディルタニア家特有の魔獣との相性が良いという才能もあると聞いている。
性格は温厚で争いを嫌う。
身分や権力を振りかざすことなく、下の者にも心を配れる優しさを持っている。
好奇心旺盛で色んな事に興味を持つため、予測の斜め上の言動をすることがあるが、そこに唯一という魅力を感じた。
たとえ問題が起きたとしても、嘘をつくことが苦手なのか考えていることがすぐに分かるし、俺であれば対応できる。
俺の力はこいつの為に授かったものかもしれないと思うほど、特別な存在だ。
ティアがアリステア様と知った時に感じた、全身の血が凍るような喪失感は二度と味わいたくなくて、確実な繋がりを求めて『血の契約』をしたほどだ。
俺の知るティア・・・アリステア様はそんな人物だ。
専属護衛になる時にもらった資料では、俺と出会う前・・・いや、生死の境をさ迷った病になる前の『アリステア』様の情報も書かれていた。
資料の『アリステア』様は、俺の知るアリステア様とはあまりにも言動が違い過ぎたため、正直信じられなかった。
悪意の化身ともいえる言動。
家族には控えめになるが、メイドや使用人達に毎日の様に繰り返される暴力や悪質な命令。
他の貴族相手にも、権力を振りかざし、人を見下した言動は卑劣で見苦しく、数々の事件や問題が細かく書かれていた。
6歳までによくここまでの悪行ができるものだと驚くほどだ。
そんな人間が、高熱が続き生死の境をさ迷って目覚めた時、俺の知るアリステア様となった。
原因は『1つの身体に2つの魂』であり、1つの魂が人生を終えて消えたことで本来あるべき形になり、それまでの言動は不自然な形で存在していたたためだったと記載されていた。
『1つの身体に2つの魂』なんて聞いたこともなければ、スーア族に残っている古い時代の書物にも、事例はなかった。
信じられないような原因が真実であるとされる根拠は、国教である聖パトラディユス教の最上位に君臨する、ルーク大司教が認め、旦那様もその説を支持したから。
以降、『アリステア』様の変化は家族間と言えども、この話題に触れることが基本的に禁止になっている。
そして、今、俺の知るアリステア様から語られた変化の真実には、もう一人の存在がいるを知った。
ニホンという国で生きていた女性。
まったく異なる歴史、文化、生活・・・『異世界』で35年生き、突然の事故により命を終えた。
途絶えたはずの1人の人生。
だが、目覚めるははずのない目が覚め、『アリステア』になっていた・・・と。
本人にも原因も理由もわからないが、『異世界』で生きた記憶を持ったままで目覚めてしまい、『アリステア』が生きた記憶も混ざっているという。
なんとかこの世界に馴染もうと努力はしているが、『異世界』での35年分の記憶があるため、どうしても思考の基準が『異世界』に引っ張られてしまい難儀しており、周囲にいづれバレるのではないかと不安を抱えて過ごしていると。
なんだそれは・・・
『1つの身体に2つの魂』という話も、理解できないから考えるのを半ば放棄したのに、さらに意味の分からないことを言われることになるとは思いもしなかった。
目の前に座る7歳の子どもは、別の世界で35年生きた記憶を持っている。
『アリステア』という記憶もある。
2人分の別人格と記憶が混ざった状態で、『異世界』で生きている。
俺のアリステア様はそんな複雑な状況で生きていたのか・・・
言われてみれば、これまでの謎の言動の意味がわかるような気がする。
7歳児とは思えないほどの理解力と知識を感じることもあれば、常識と極端にズレた言動をすることもあった。
むしろ、よく人格が崩壊せず過ごせているものだ。
そんな背景があれば今までの言動は納得できる。
でも・・・
俺が一番気になったのは・・・
「ティアは・・・年上なのか?」
「え・・・・今の話を聞いて第一声それ?!」
「・・・大事だろ」
ティアは怒っているが、俺からすれば、今のアリステア様が俺にとってすべてで、過去の『アリステア』様は別人だし、『異世界』の記憶は今のアリステア様の一部にすぎない。
正直・・・理解が追い付いていないというのが本音だが・・・大事なのは目の前のアリステア様・・・ティアとのこれからだ。
特殊な言動と思考の原因が分かったので、これからの事前対策に役立つ。
しかし、7歳の子どもと35歳の女性では対応を変えねばならない。
これまで通りに・・・触れても構わないものだろうか?
「精神年齢は7歳でないことは確かだよ。思考の基本は『異世界』の35歳の記憶だから、中身は年上かもね。ただ・・・最近は、身体が子どものせいか、若干子供っぽい思考が混ざる時があるような気がしてる」
ティアは自分の手を確かめるように見ながら答えた。
精神年齢・・・そうだ。
「ティア、今からお前に魔法をかける」
「え、魔法?どんな?」
「本来は、年齢を偽って悪事を働く人間の正体を暴くためのものだ」
「年齢を偽って悪事を働く気なんてないよ!!今の話だって本当なのに・・・」
「だから、確認させてほしいんだ」
「はぁ・・・それでローキが納得するなら、いいよ。どうぞ!」
ティアは不貞腐れた表情をした。
全部話してスッキリしたのか、いつも以上に感情が表情にでているような気がする。
俺は、ティアの方に手をかざし、呪文を唱えた。
『・・・闇の影、光の心、土の身体、混じりて心身のつながりを正せ、精神の具現化(エンボディメント オブ スピリット)』
身体から魔素がごっそり持っていかれる感覚と共に、ティアの座る椅子の下に魔法陣が展開され、一瞬強く光った。
そして・・・ティアがいるはずの椅子の上には、奥様によく似た、成人していると思われる女性が座っていた。
その美しさと存在感に、息をのんだ。
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