9.この世界④
書庫に行った翌日、お母さまと朝食を食べるために広間に行くと、お母様とそこにはレオナ兄さまも居た。
「おはようございます。ママ、レオナ兄さま」
「おはよう、アリステアちゃん」
「おはよう!アリステア」
お母さまとレオナお兄さまが揃うと、宗教画の聖母と天使みたいだ。
まぁ、お母さまは感情によって後光が出るから本物の女神でもいいかもしれない。
「アリステア、今日は僕も一緒にご飯を食べてもいいかな?」
「嬉しいです。レオナ兄さま」
「レオナはお勉強の時間があるから、いつも食事は別で食べていたのだけど、今日はお休みにしたから一緒に食べられるのよ」
なるほど。お勤めがある、お父様やイディール兄さま、サラお姉さまは時間が合わないのはわかるが、
レオナ兄さまはどうしているか不思議だったが謎がとけた。
「今日は魔法工具師の人たちが来てくれますからね。レオナも必要なものを一緒にお願いしょうね」
「うん!楽しみ!!」
「嬉しいです!」
思っていたより早い展開だ。
ホワイト世界の時間感覚だと、2,3日は待つことを覚悟していたけれど早まる分にはありがたい。
「たまたま大きな仕事が終わった直後らしく、すぐに来ていただけることになったそうです」
朝食後、部屋に戻ってお着換えタイム。
今までの服は部屋着だったらしく、外部の人に会うときは、おめかしが必要なのだそうだ。
普段の服も十分華やかな感じもしていたが、着替えてみると確かに違いがある。
淡い水色で脛くらいの長さのドレスで、袖長くヒラヒラしているし、レースも全体にふんだんに使われている。
髪もハーフアップで結い、宝石のついた大きなリボンで留める。
姿見の鏡で確認してみると、妖精がいた。あ、私か。
ルーリーとリナは私の仕上がりに満足そうである。
忘れてたけど、私の見た目は天使か妖精かって感じなんだよね。
『前の私』の時の方が人生として長いから、相変わらず実感がない。
鏡を見なければ、自分の顔なんぞ意識することがない。
むしろ、大人の身体から動きづらい子供の姿になって不便を感じることの方が多い。
それに、家族が神レベルの美男美女。仕えてくれている人たちも大体容姿が整っている。
散歩中に出会った庭師のポラムお爺さんもダンディだし、孫のテラもかっこよくなりそうな少年だった。
私の専属メイドのルーリーとリナなんて自慢したいくらい可愛いのだ。
そういえば・・・私、残念系天使、悪役令嬢だったわけだけど、外部の人達にどう思われているんだろ。
『アリステア』の記憶によると、お茶会に行っては他の令嬢をいじめたり、外のお店では泣きわめいたり・・・・あれ、ヤバい。
6歳だからまだ外と接触なんてないと思ってたけど、結構やらかしてるじゃん!!
————コンコン
「アリステアお嬢様、ヒルデです。魔法道具師の方々が到着いたしました」
「う・・・わかりました」
気持ちが急降下したタイミングで魔法道具師たちが到着してしまった。
普段食事をしている広間ではなく、お客様を迎える別の客間へたどり着くと、
すでに様々なものが運びこまれていた。
私が必要なものは紙とペンだが、レオナ兄さま用だろうか。
中央にある大きなテーブルを挟んでお母さまと壮年の男性が腰を掛けていた。
レオナ兄さまもお母さまの隣にいる。
壮年の男の後ろに置かれた机の上には、大小さまざまなものがある。
時計やネックレスなどの宝飾品、望遠鏡のようなものや、どんな用途のものかわからないものまである。
座っている壮年の男性以外に魔法道具師の人達が5人。
次々と運び、並べている。
壮年の男性が私が来たことに気づき、椅子から立ち上がりこちらに歩いてきた。
「お初にお目にかかります、アリステアお嬢様。魔法道具師グリーム・トルトと申します。本日はお声掛けいただき誠にありがとうございます」
「はじめまして、グリームさん。私はアリステア・ルーン=ディルタニアです。早急にお願いを聞いて下さりありがとうございます」
ニコリと微笑みながら挨拶を返すと、グリームさんは驚いたような表情になった。
作業していた魔法道具師の人たちも手を止めてフリーズしている。
実際に声をかけたのはお母さまだが、お母さまは私のお願いを聞いていらいしたのだらか、今回の依頼主は私ということだ。
答えた内容に問題はないはず。
・・・まずい。
これは・・・会ったのは初めてだけど、『アリステア』の噂は知っていた感じね。
でも、ここで踏ん張れば『アリステア』は変わったという新しい噂を流してもらえるかもしれない。
この設定がやりやすいので押し通らせてもらう。
「これは、なんとも・・・美しく聡明なお嬢様ですな。ご縁をいただき嬉しく思います」
「ふふっ。私の自慢の子供たちよ。アリステア、こちらに掛けなさい」
「はい。お母さま」
人前なので、さすがにママとは呼べない。
『良い子』の噂を流してもらうためにがんばらねば。
ソファへ移動する途中までに、まだフリーズしている他の魔法道具師達に向かってニコリと微笑んでおく。
――――ガシャン!
「わわっ」
大人の魔法道具師に隠れて気が付かなかったが、子供の魔法道具師がいたようだ。
私やレオナ兄さまより少し年上だろうか。
茶色のフワフワのねこっ毛の髪に、琥珀色の瞳。大きな丸眼鏡をかけた少年が、落としたであろうものを慌てて拾っていた。
細かいものを落としたのか、拾う先から別のものを落としている。
永遠に拾い終わらなそうな雰囲気だったので、手伝うために近くに膝まづいて落ちたものを拾うおうとすると、少年と手が触れた。
――――ガシャンガシャン!!
拾ったものをすべて落っことして尻もちをし、真っ赤になって震えている。
手伝おうとしたら、まさかの状況悪化。
なんともベタな乙女のような反応にちょっと感動。
本当は私がすべき反応なんだろうなぁ。
「お、お嬢様、すみま・・・せ、ぼ、僕、ごめ」
うーん・・・かわいいね。今後の『良い子計画』の参考にできそうだ。
と、なれば仲良くなって近くで観察するに限る。
「邪魔してしまってごめんなさい。怪我はないですか?」
ニコッ
できるだけ警戒されないように笑いながら、人のよさそうなことを言ってみる。
「ひっ」
さらに後ずさってしまった。
「お嬢様、ウチの見習いが申し訳ございません」
「グリームさん」
グリームさんが手を差し出してくれたので、手を借りて立ち上がる。
少年は他の魔法道具師に助け起こされ、落ちたものも素早く回収されていた。
「ランス、挨拶を」
「は、はい!」
グリームさんに促され、助け起こさた少年ことランスくんが震えながらなんとか近づいてきた。
「ま、魔法道具師見習いのランスです。よろしくお願いいたします」
「ランスさんですね。私はアリステアです。こちらこそよろしくお願いします」
「ははっ!アリステアお嬢様は本当に丁寧な方ですね。我々のことは呼び捨てにしてください」
ふむ。確かに立場によって言葉遣いを変えるのことにも慣れていかなきゃよね。
「では、ランス。よろしくね」
フランクに接してもらいたいので、言葉遣いを変えて改めて挨拶。
握手を求めるように手を出してみた。
「は、はい!・・・ちゅっ」
・・・・・・・・ちゅっ?
「あら、アリステアったら。ランスを気に入ったのね」
「光栄です。奥様、今後ともよろしくお願いいたします」
「ええ。見習いの子なのにごめんなさいね。大丈夫かしら」
「問題ございません。お嬢様に見合う職人として立派に育てて見せますとも」
「ありがとう。期待していますわ」
・・・・・なんか、絶対、私の想像してなかった展開になってる。
握手のつもりで出した手は、ランスが膝まづいて手を取り、手の甲に口づけをしていた。
それに、グリームさんとお母さまの会話的に、ランスの今後と将来に関わる何かが決まってしまった気がする。
この後、どうしたらいいの・・・
「アリステア。早く額に口づけをしてあげなさい。そのままの姿勢ではランスがかわいそうよ」
お母さまのフォローで次の行動はわかったけれど、口づけしてしまったら逃れられない何かが決定してしまう気がする。
予想外の展開に一瞬ひるんでランスの方をみると、膝まづきながら、赤い顔でこちらを上目遣いでこちらの様子を伺っているランスと目が合った。
う・・・逃げられなさそう。
ちゅっ―――
「よかったな!ランス。見習いとは言え、さすがクラウン級だ。お嬢様は先見の明がおありなのですな!はははは!」
「あら。やはりそうなのね。彼からとても濃い魔素の気配がするものね」
「実は昨日10歳の洗礼を行ったのですが、平民でありながらクラウン級ということが分かったのです!そして今日公爵家のお嬢様の専属となるとは!これからが楽しみです」
「本当に素晴らしい巡り合わせね。ランス、これからアリステアの専属としてふさわしい行動を期待していますよ」
「は、はい!奥様!よろしくお願いいたします」
私からの口づけを受けたランスは立ち上がり、感極まったように震えながらお母様に頭を下げた。
・・・・・おーい・・・・どういうことだい?
今の口づけ儀式みたいの何?専属ってなんのことですかー・・・・
『アリステア』の記憶に参考になるような知識はない。
雰囲気的に今の一連の流れを質問できなさそう。
何も知らずにやった行動だったとわかったら、今の喜びが絶望になるに決まっている・・・
気が遠くなってきたが、起きてしまったことは仕方がない。
とりあえず、この世界では握手をしようとすると、相手の人生を左右する結果になることは覚えておこう。
「さぁ、アリステア。こちらに座って紙とペンをあなたの専属に頼みましょ。これからあなたのために一生仕えてくれるのだから、注文することは専属を育てるために主としての大切な勤めよ」
・・・・・・お母さまがどえらいことを言っている。
もうほんと、ごめんなさい。
「・・・はい」
ソファに座ると、緊張しながらもランスが私の傍に立った。
「では、どのようなものがご入用でしょうか!」
キラキラした瞳で私を見つめて、私の注文を待つランス。
私は心の中で何度も詫びながら、専属初仕事となる紙とペンを注文した。