その者、青き空の色を持ちし者 5
「あれ? セイクウ様? 意識が戻ったんですね!?」
桜色の髪をした女性が、奇麗な翡翠色の瞳を瞬かせながら驚いた顔で病室に入ってきた。
「サクラか……」
彼女は、俺をサポートするチームの一員で個人的にも友人として交流がある。
驚いた表情から一転、安堵した表情を浮かべて俺のベッドサイドに移動すると、彼女は見舞い客用のパイプ椅子に腰掛けた。
「セイクウ様を発見した時は、助からないとおもっていたのですよ? この病院に搬送されてから半月の間意識がずっと戻らなくて……」
と、すこし涙ぐんだ目をしてそう話しかけてきた。
「……俺は、いったいどうして助かったんだ? あの状態では『死』は免れなかったはずだ」
今、思うと不思議でならなかった。俺は、真相を知りたくそう彼女に、その時の状況を聞こうとすると、
「まぁ、覚えていらっしゃらないのは無理もありません。 が、もう少し体力が回復した時に説明させていただきます。 詳しく話すと長くなりそうなので……」
と、俺の状態を見て判断したのかそう、答えた。
「ところで、あのかわいい薬人はどこにいます? それにしても、隅に置けないですねセイクウ様。 あんなに薬人嫌いだったのにいつのまに専属の薬人を調達したのですか?」
サクラは、俺に問いながら満面の笑みを浮かべ、ソワソワとあたりを見回している。
「サクラ、あの薬人の少女は俺の専属ではない」
と、答えると、
「えぇ? そうなんですか? では、あのコは今どこに??」
彼女が怪訝そうな表情を浮かべて、そう問い返してきたので、
「回診に来た医師が連れて行った」
と、俺はそう答えた。
「あ、では、専属の手続きのために席を外しているのですか?」
サクラは、そう解釈したようにつぶやくが、
「先ほどから言っているのだが、俺は専属の薬人を持つつもりはない。 知っているだろう、俺の薬人嫌いを……。 それに、あの薬人の少女との契約は断った」
その俺の言葉で、彼女が固まった。見る見ぬうちにサクラの顔の表情が曇り、眉間にしわがよった。
「セイクウ様? 今、なんとおっしゃいました?」
おそるおそる彼女が、聞き返してきたので、
「契約を断ったと」
そう完結にもう一度言うと、
「なんてことしたんですか!!」
パイプ椅子を蹴倒して、立ち上がりながら彼女はそう絶叫した。
珍しい、彼女の態度に一瞬気おされながら俺は、怪訝そうに彼女を仰ぎ見た。
「いくら、薬人嫌いなセイクウ様でも、契約を拒否された薬人がそのあとどうなるか知っていますでしょう? それを知っていて断ったんですか!?」
ものすごい剣幕で、彼女は俺に詰め寄る。
「……知らない、どうなるんだ?」
正直に、そう答えると、彼女は絶句した。
パクパクと、口を開いて何か言おうとしてるが、声にならないらしく、彼女は口を閉じると興奮して息が上がっている呼吸を整えるようにひとつ深呼吸をした。
「おどろきました。薬人嫌いなのは知っていましたがそこまで薬人に関して無知とは知りませんでしたよ」
非難するようにそう彼女は前置きをいい、
「いいですか? 契約を拒否された薬人は、薬剤還元処理をされたのち例外なく『破棄』されます」
彼女は、静かにそう言った。
『破棄』という言葉に心臓が鷲づかみにされたような痛みが走る。
「貴方が、必要ないというのならいたしかたありません。薬人には人権が認められていませんから『モノ』扱いです。ですから『モノ』に対して人道的精神を適用してそれを責めることはできません。でも、あえて言わせていただきます」
いったんそこで言葉を切り、彼女は、じっと俺を見詰めて、
「貴方が、今ここで息をしていられるのはあのコのおかげなんですよ? あなたの『ナ・ビィ』が、貴方を発見するまでの間、あのコが許容範囲を超えるほどの体液を使って貴方に延命処置をほどこしていてくれていたんです。発見されて、この病院に搬送されてからもずっと今まで貴方のそばで休むことなく貴方に治癒をほどこしていたんです、肉体と精神の両方いっぺんに……」
それを聞いて、俺は愕然とし、己の無恥さに痛感させられた。
唐突に脳裏にフラッシュバックされる。
柔らかい日差しが降り注ぐ、風と緑と青の世界。
安らぎと癒しの空間。
風が運んできた限りなく優しい声。
澄んだ池の緋色の蓮の花。
『緋蓮』
確かあの声の主は、名を呼んでと、現実世界で待っていると、そう言っていた。
あの空間で、俺は、確か心待ちにしていなかっただろうか?
目覚めた時に現実世界で声の主に出会えることを……
全てを思い出した。
言い知れない後悔が、じわじわと広がる。。
あの焦がれた想いと、ずっと心の奥底で求めていた安らぎと癒し。
それを与えてくれるはずだった彼女を俺は、自分自身で拒んでしまった。
ようやく主人公の名前が出てきました!登場人物紹介はこの章の最終話に載せようかと思ってます(汗
【用語補足】
薬剤還元処理
・薬人の体液を取り出し結晶化して薬剤化させること
・この処理を施された薬人は、例外なく破棄される