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第三話 「ぬいぐるみ好きの変態」

 夢を見た。


 ただただ長い、とある病室の夢。

 ベッドの上から外の味気ない風景を眺めるだけ。水色の病衣を身に纏い、さらには点滴のようなものが腕に繋がれていて、自分が難病に罹っている病人だと認識する。


 ――――ここは嫌だ。


 無機質な匂いが本能的に僕を別の場所へと動かした。点滴を吊るした台と共に僕はベッドを降りる。


 廊下に出る。どこへと繋がるかも知らない通路を通り、階段を上る。しばらく真っ直ぐに続く長い廊下に出る。日中の日が差してガラスを通り抜け、通路全てを純白に染めあげる。視界もよく把握出来ない。


 それでも僕は道順を覚えているかのような足取りで進む。一瞬も躊躇うことなく、僕は行き着いた先の金属の重い扉を押す。さらに強まる陽の光を直に浴び、ここが病院の外だと気がつく。


 見渡す限りの建築物。病院の最上階ではないが、五階くらいの高さだ。柵は四方に張られている。

 扉から正面には横長のベンチがあり、そこに一人の小学生くらいの少女が背を向けて座っている。僕には気がつかず、ただ正面の風景を見ているだけ。


 少女の左手には僕と同じ点滴が繋がれている。白いテープで肉が締められるほど頑丈に繋がれているのを見て、「ああ、この子もなんだ」と思う。


 すると少女はなんの前触れもなく後ろを振り向き、僕の存在に気づく。

 顔に光がさしてよく見えない。それでも僕は気にせずに彼女のもとへ向かう。


 何かを話している。音がないから内容がさっぱりだ。けど親しそうに僕と彼女はお喋りをする。笑い合い、つつきあい、そして泣き合う。どちらも病状のことを気にして病んだのだろう。治療困難というのは耳にタコができるほど聞いた。だから二人にはもう諦めしかなかったのだ。


 そして場面が変わり、病室。

 隣のベッドに横たわる例の少女は体格がかなり細くなっている。相変わらず顔は光でよく見えない。

 でも会話は聞こえる。無理に絞り出しているようなか細い声だ。言葉もわずかに震えて安定性を失っている。


「ねぇしゅーくん。わたしね、もうダメなんだって」

「ダメって?」

「体が弱くなっちゃって病気に負けちゃうんだって」

「そう……なんだ」

「しゅーくんはまだ平気、なんでしょ?」

「そうだね」

「……じゃあこの子、あげる。わたしじゃもうお世話できないから」

「ぬいぐるみ?」

「パパがくれたの。この子一人じゃさびしいから、しゅーくんがこれからお世話して。たくさん愛してあげて。おねがいっ」                 

「……うん。わかったよ」

「ありがとう! 約束だよ?」


 そうして、僕はその少女から銅の長い一体の犬のぬいぐるみを授かった。




 次の日、少女は亡くなった。




 なんで人は死ぬのだろう。

 僕は人間の在り方を酷く憎んだ。いつか死ぬ運命が決まっていながらも傷つき、痛みを嫌う人間はどうして生を授かるのか。


 病室で独り寂しく本を読んでいた。アダムとイブが登場する話だけを纏めたものだ。


 そして思った。アダムとイブが食べるべきは「善悪の知識の木」などではなく、「生命の樹」の方だったと。


 感情の一つである羞恥心も要らない。ただ生き永らえるだけの時間と怪我をしない無敵の身体があれば誰もが傷つかずに済むというのに。


 これだから人間ってやつは………………どうしようもないんだ。


 人類はほんの五十年から八十年なんかで人生の幕を閉じる。それでも短いんだ。そのスパンの短さと虚弱さを僕は最も嫌う。

 対してぬいぐるみには人間のような汚点が見当たらない。安全な場所に放置してあれば腐ることもなければ老いることもない。その愛らしい姿のまま長い一生を終える。ある意味それこそ僕が人間に求める理想なのかもしれない。


 ただ決定的に違うとしたら、常に彼らは愛される側にあるというところだ。

 人は人を愛する。その能動と受動は互いに備わっている。ぬいぐるみは後者のみ。話すこともなければ瞬きもせず、命や感情だって存在するのかもわからない。


 だから僕は人でなくぬいぐるみを愛する。歳を経て変化していく姿を見て、あの少女のように最期を迎えるのを目の当たりにするのなら、例え命がなくとも愛せる物を選ぶ。


 そういうことだ。鳩羽修司(はとばしゅうじ)って男はどうしようもないぬいぐるみ好きな変態なんだ。




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