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第一話 「一目惚れ」

『僕は君に一目惚れしたんだ』


 そう思った次の瞬間、僕の右足は前へと踏み出していた。


 透き通るガラス越しに見える華奢な体躯。

 光を柔軟に反射する整った毛並み。

 短い手足。

 そして何より黒光りする二つの瞳は僕の目を離してくれない。

 それら全てに僕は魅了されてしまったんだ。

 

 僕は思い切って声をかける。ガラス一枚隔てた彼女に声は届くだろうか?

  

 返事はない。応答しているのかも分からない。

 だがそれは序章に過ぎない。ここからが本番なのだ。

 

 財布から有り金を引っ張り出し、彼女をおとしいれようとする。


(くっ、今日はなかなか粘るじゃないか……)


 だがそれは僕の欲求をさらに掻き立て、熱い炎の中へと誘っていく。やがて全ての感覚は遮断され、僕と彼女だけの世界が構築される。

 持久戦へと持ち込まれては厄介だ。しかしそんな焦燥も払拭し、ただ吊り上げることだけに集中する。


(よし、ようやく落とせた!)


 つい彼女の前で拳を握りしめてしまう。良くない癖だと分かってはいるんだけどな……。


 だが僕が彼女を手に入れたという事実は変わらない。今は僕の、僕だけの"彼女"だ。

 


 ルンルンとした歩調ですっかり日が暮れた道中を、彼女と共に歩き始める。


 帰宅ラッシュと言わんばかりに車のフラッシュが僕の視界に飛び交う。


 この世を覆う暗闇を仰ぐ。そこに光るものはひとつも存在しない。まるでこの世界に僕と彼女だけが取り残された気分だ。


 それにしてもまさかこんなに時間が経っていたなんて。

 放課後の時間と自らの財力を消費して帰宅、という日は今日に限った話じゃない。僕が初めて彼女を下校途中で手に入れて帰宅した時、母はあまり宜しくない表情を浮かべていた。「お前らしいよ」と言っただけでそれ以降は何も言われてない。


 とはいえ今日は遅いため、母にメールを送っておく。

 そうだ、アイツにも僕の彼女のこと自慢しよう。僕の送るメールを見て苦笑するに違いない。あとは小鳥のさえずりの顔写真の方もこれにしよう。そんなことを考えながら夜道を歩いていく。


 やがて車通りが少ない道へ出る。

 よりひっそりとした空気の中、街灯という燈の下で彼女とツーショット。うむ、よく写っている。こういうのを映えというのだろうか。流行には疎いのは僕の短所だと思う。その一方で無理に後追いしないのが長所だとアイツは言ってくれる。


 自分の世界にさえ生きていられればそれでいい。たくさんの彼女に囲まれて、それで多くの幸せが確約できるのであればほかの何もいらない。


 僕は幸せを詰め込める容れ物が欲しかったのだ。

 

 我が家に着くまでの間、彼女との対話を重ねてより仲を深められた、と思う。


 やはり彼女は一言も声を発さず、僕だけ勝手に口を動かしているようで恥ずかしかった。今度テレパシー部も覗いてみようかしら。


 目の前には既に、そこらの住宅とさして変わらない二階建ての我が家が屹立している。母の軽自動車の横を通り、一点の光を目指す。

 玄関を照らす臙脂色の明かりのもと、僕は玄関を開けようとする。

 しかし扉に手をかけることもなく、鈍い金属音を引きずるように玄関は外に開いた。そして見えるのは僕よりかなり背の低い、中学校制服姿の少女。

 妹の菜々野だ。わざわざ出迎えてくれたのかと思いきや、左側に垂らしている癖のついたポニーテールを揺らすほど大げさな仕草で声を発する。


「お兄、遅いっ!!」

「おお、ただいま。妹よ」


 甘えのないツンとした声調と唐突さに、つい身体を反らしてしまうが、すぐさま叱責を全力で受け流す。それが今時期最上級に生意気な妹に対する対抗策だ。


 菜々野は僕の遅帰宅を咎める気を収めることなく、さらには入口を仁王立ちして塞ぐ。


「少しは反省すれば? 懺悔のひとつもないならこのまま家に入れる訳にはいかないもんっ」

「僕は悪くない。彼女の瞳が僕を離してくれなかったんだ」


 そう言って僕はようやく新しい彼女を菜々野の目の前に突き出す。

 すると菜々野はその青い双眸で彼女を一瞥するなり口角を上げ、挑発的な笑みを浮かべる。


「へぇ〜。じゃあお兄、その子のせいにするんだぁ。責任転換?」

「だ、だからだな! この彼女と出会ったのは運命で、悪戯でっ、だから誰も悪くないんだっ! 何人たりとも彼女に罪を課すことなどできまい!」


 僕の弱みを分かっているとばかりに菜々野は攻めるため、つい反論に焦ってしまった。


「なんかナノが悪役裁判官みたいな言い方じゃん……」

「てかそろそろ入れてくれませんかね?」


 春は過ぎ、日が沈んでも鳥肌を立たせる季節ではないとはいえ、学校からの帰りなのだ。それに新しい彼女とイチャコラしたいし。仕方ない、折れてやるか。


「あーもういいよ。悪かったって。僕の帰りが恋しかったから怒っているんだろ妹よ?」


 ニッコリと笑いかけて菜々野の肩に手を置く。


 すると体全体が何かに反応したのか大きくビクンと挙動を示す。さらには顔には血が登ったのか朱に染まり、持て余した手でしっぽ髪を必死にいじる。そして僕の視線を大きく逸らして声をあららげる。隙を見せたな。


「はっ、はぁ!? 違うし! ナノはただお兄の帰りが遅いと勉強教えてくんないしっ、夕飯だって一緒に食べれないしっ、せっかく高く獲れたテストの出来も褒めてくんないしっ、それに…………あっ!」


 爆発させた勢いのまま云々と言っていたが全て躱し、崩れた仁王立ちに生まれた玄関との僅かな隙間を見事にすり抜けて僕と彼女は超速球で家の中へゴールイン。


 完全に話すことにしか頭になかった菜々野は僕の強行突破に気が付かなかったようだ。振り向けばいつの間にか兄が家にいる。その表情はまさに鳩に豆鉄砲。


「い、いつの間に……」


 ただこれからも門前で帰宅待機されて足止めを食らうのは面倒だ。釘を刺しておこう。


「愚妹よ、怒るのはいいが説教は後でもできるだろ。今僕はこの子と無性にイチャイチャしたいんだ。邪魔だけはしないで欲しい」


 それだけ言って僕は菜々野を残して二階の自室へ足を運ぶ。

 さあ、ここからは僕と彼女たちの楽園だぁ!

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