前編 桜の木の下で出会う……、侍!?
『春の推理2022』参加作品です。
『桜の木』と聞いて、あれこれ考えた結果、『花は桜木 人は武士』になってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか(時候の挨拶)。
勢い任せで前中後編となりましたが、よろしければお楽しみください。
「課長、昨夜も公園で何者かが火をつけ、桜の木の枝数本が焼けました」
「連続桜の木放火事件か……」
刑事課の面々が渋い顔を突き合わせる。
人的被害はないとはいえ、同一犯と思われる放火事件が先月と今月に渡って計五件。
それなのに未だ手がかりなし。
……やっぱり言った方がいいのかな……。
「ぁ、あの」
「よし! 管内の桜の木がある所を分担して監視する!」
えー!? 無茶ですよ!
何十本あると思ってるんですか!
一般のお宅もあるんですし、見張るなんて無理が……。
「佐藤はこの公園! 田中はこの公民館! 鈴木はこの学校! そして佐久間ァ!」
「は、はい!」
「お前はこの寺だ!」
「えぇ!?」
そこの桜の木って確か墓地のど真ん中に……!
「新入りが口答えするな! とっとと行け!」
「は、はいいいぃぃぃ!」
あぁ、どこも的外れだ。
次に狙われるのは多分二丁目の古いお屋敷の桜だろう。
無駄な仕事に溜息をつきながら、僕は指示されたお寺へと向かった。
「はぁ……」
今日何度目の溜息だろう。
夜の墓地にたった一人。
見事な桜。
お寺の住職さんが協力的で、普段は断っているという飲食を許してくれたのがありがたい。
これでお酒でも飲めたら……。
いや、それは不謹慎だな。場所的にも仕事的にも。
あぁ、今頃犯人は火を点けてるのかな。
今までは小火程度で済んでるけど、大事にならないといいなぁ……。
『お主』
「へ?」
住職さん? にしては声が若いような……。
『かような所で花見などするものではない』
「いや花見じゃなくて放火事件の捜査って言ったじゃなあああぁぁぁ!?」
浮いてる! 半透明! ちょんまげ!
さ、侍の幽霊!?
『何? 放火と言うのは火付けの事か? という事はお主同心か!』
「ど、同心!?」
な、何だっけ江戸時代の警察みたいなのだっけ!?
『死しておよそ三百年! かような所で同志に見えるとは! 長生きはするものだのう!』
死んでる死んでる!
『これも何かの縁! 拙者も力を貸すとしよう!』
「け、結構です!」
『おお! 喜んでくれるか! 嬉しく思うぞ!』
そっちの結構じゃない!
昔の人なんだから、奥ゆかしい日本人の遠慮深さ発揮してよ!
『では拙者が見回りをして下手人の手がかりを探して来ようぞ!』
「いや、大丈夫です! 犯人の大体の目星は付いているので!」
『何!? では何故捕らえに行かぬのだ!?』
「……いや、その、上の許可を取っていないので、持ち場を離れるわけには……」
『話しておらぬのか!? 何故!?』
「……証拠もない勘みたいなものですし、何より僕まだ新米なので……」
大学で犯罪心理学を専攻して、それなりの知識は得たと自負してる。
今回の犯人像の推理も正直自信がある。
でも新米の僕なんかが何かを言っても、きっと相手にされない……。
『お主は何を守っておる!』
「!?」
え、え? 何で怒ってるの!?
『お主は罪なき市井の民草を守るのではないのか!? 何故自分を守る!』
「え、あ、その」
『新米であるなら、お主の勘働きが誤りであろうと誰ぞが誤りを正してくれるであろう! その時の叱りを恐れて進言もせぬとは何たる怠慢!』
「……!」
……好き勝手言ってくれちゃって……!
証拠もなく勝手に動いて、間違ってたらごめんなさいじゃ済まないんだよ!
警察の責任の重さも知らないで!
『拙者は与力が何かしくじりをしたら腹を切る覚悟をいつでもしておった! それに比べたら叱りなど何の事もあるまい!』
すみませんでしたぁ!
『火付けが元で大火となれば多くの命が失われる! 下手人は磔に処される! それとお主が受ける叱りとどちらが大事かもわからんかこの馬鹿者が!』
「……そう、ですよね……!」
僕は立ち上がった。
携帯を取り出し、班長に連絡する。
「もしもし班長」
『どうした! ホシが出たか!?』
「いえ、でも出そうな所があります」
『何ぃ!? どこだ!?』
「二丁目の染井さんっていう大きなお屋敷の桜の木です」
『何でそう思う!』
「これまでの五件、全て桜の木の先の方だけ燃やされてますよね」
『そ、そうだが、それがどうした!?』
「桜の木にこだわりがあるなら、幹に火をつけるはずですが、犯人はそうしていない。なので目的は、木そのものではなく桜の花ではないでしょうか?」
『木じゃなくて花? 何が違うんだ!』
「受験の合格を『サクラサク』、不合格を『サクラチル』と表現します。それを踏まえて犯行現場を見ると、一丁目の高級住宅街から駅前の大手進学塾に行くルートに重なります」
『そのルートに重なってまだ火が付けられていないのが、二丁目の染井さん宅だと……』
「はい!」
『……お前さぁ……』
お、怒られる……!?
『そういうのは打合せの時に言えや。……いや、言いにくい空気を出してたのは悪かったが……。お前を持ち場から外してそこが燃やされたら、始末書で済むかわかんねぇぞ?』
「……え、じゃあ……!」
『正直根拠は薄いしお前の想像の域を出ないが、今は俺達も手探り状態だ。お前の閃きに賭けてみるのも悪くない』
「……! ありがとうございます!」
『そしたら住職さんに事情を話して、何かあったら通報してもらうようお願いしろ。それとホシ見つけたらすぐ応援を呼べ。一人で突っ走るんじゃないぞ』
「わかりました!」
電話を切ると、心臓の音が響いているのがわかる。
不安で鳴り響いていた鼓動が、今は興奮で高鳴っている。
『どうであった?』
……くぅ、腕組みして勝ち誇った顔してる……。
悔しいけどこのお侍さんのおかげだ。
「おかげさまで許可をもらえました」
『そうか! それは良かった!』
「はい! ありがとうござ」
『では下手人を捕らえに行くぞ!』
はい?
「え、一緒に来るつもりですか!?」
『うむ! お主はどうにも頼りない。拙者が喝を入れてやらぬとな!』
「け、結構ですって!」
『うむ! では行くが良いぞ!』
あぁもう! 話が通じない!
まぁいいや! 別に害があるわけじゃないし!
僕は急ぎ住職さんに事情を話すと、二丁目の染井さん宅へと急ぐのだった。
読了ありがとうございます。
知的で慎重派と、肉体派で積極的な二人のバディもの、いいですよね(力説)。
中編は明日投稿いたします。
……後編がまだ冒頭しかできてないとか内緒……。
次話もよろしくお願いいたします。