第43話 自重……
「……時と場合によるのでは?」
関連物で、繋がってしまえば、次の発生も止めようがない。
「それも解るのだけれどね。出来れば、ね?」
「…鉄は熱いうちに打て、と言うそうですし?」
「それは、ここで、使うべき言葉なのかな?」
「とんとん拍子で、勢いのまま、の方が良いこともありますし?」
「事が大きくなりすぎてもね?」
「………」
「………」
互いに遠い目をしているだろうことは、互いを見なくても解る。
知りたいことを知れるなら、と。
暮らしが楽になるのなら、と。
自重しなかった過去がある。
子供の戯言、にしなかった神父様と。
それ故に、あれも、これも、と言い続けた私と。
それを受け入れた教会と、院と、子供達。
加速しないわけがない。
今までの私ですら、そうだったのだ。
これからの私が自重などするはずもなく。
これまでがあればこそ、神父様が止められる筈もなく。
何を言い、考えようとも、結局は、なるようにしかならないのだ……
「……まぁ、とりあえず。希望を伝えて、先方からの回答待ち、だね。あちらにも都合というものがあるだろうからね」
「そうですね。手が離せない作業などもあるでしょうし、考える時間も必要でしょう。先も言いましたが、作業効率が一時的に下がるのは確実でしょうから…… ああ、もし、見習いのような方が居られたり、一線を退いた先達が居られるならば、指導係になって頂く、というのも良いかもしれません」
「ああ、成程。見習いなら復習に、先達なら見直しに、ということだね」
院で行われているような、年長者が年少者に教える形で充分なのだ。
家業の手伝い、というと言葉は悪いかもしれないが、そういう形で、その職業を知り、出来ること、出来ないことを知り、己にとって将来、選ぶ道となり得るか、の判断材料に出来れば良いと思うのだ。
こちらでも一生に一職でなければならない、という決まりはない。
とはいえ、やはり、同じ職に長く就く方が、生きていく上で有利になるのは間違いない。
だからこそ、無理をしていたとしても、離れられなかったりする。
故に、教え、教えられる中で、今の環境で無理をしていないか、の確認……考える時間となれば、なお良いとも思う。
自身の身体を、精神を、壊してまで続ける必要などないと思うし、逆に体力も、気力も余っているというのなら兼業したって良いと思う。
好奇心が勝るというのなら、壊れない範囲で、やりたいようにやれば良いとも思う。
……そういう考えが浸透して欲しい、という打算でもある。
この先の自分の為にも。




