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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

あの青春が私のものじゃなくても

作者: 津籠睦月
掲載日:2021/12/12

 東京に来れば、何かが変わると思っていた。

 マンガやドラマの中にあるような、キラキラした青春と出逢えるんじゃないかって……そんな淡(あわ)い希望を持っていた。

 だけど、思い知った。

 あのキラキラした青春は、誰もが手に入れられるものじゃない。

 少なくとも、私が手に入れられるものではなかった。

 青春するには、お金がかかる。ある程度(ていど)の自由な時間が要(い)る。

 そして私のお金と時間は、気づけばいつもなくなっている。

 ……一人暮らしが、こんなに大変で、忙(いそが)しくて、ギリギリなものだなんて、あの頃(ころ)は全然、思ってなかった。

 

 東京に来て、まず困ったのが、服を買う場所だった。

 地元から持ってきた服は、何だかキャンパスの中で浮いている気がして、入学してすぐの頃は、妙に人目が気になった。

 だけど、百貨店や駅ビルの中みたいな“分かりやすい服屋”の服は、予算より五千円以上は高い。それどころか、下手をするとケタが1つ違(ちが)う。

 東京には普通にオシャレな女子達が溢(あふ)れてるけど……皆、どうやってあの服を調達(ちょうたつ)してるんだろうと、本気で謎(なぞ)に思っていた。

 入りやすい古着屋や、私にも馴染(なじ)みのあるアパレルチェーンを見つけるまで、服のやりくりに苦労したものだ。

 ……だけど今でも、服に不自由してないわけじゃない。

 どんなに安くても、調子に乗って買い過ぎれば、財布(さいふ)に響く。

 可愛いと思って買っても、普段使いに向かない服は、結局タンスの肥(こ)やしでお金の無駄(むだ)だ。

 着回しも利(き)いて“私に似合う”服を見極(みきわ)められるようになるまで、どれだけ失敗して無駄遣(むだづか)いしてしまったことか……計算するのも恐ろしい。

 

 一人暮らしに慣れないうちは、時間の使い方にも苦労した。

 ……思えば、家に帰れば既(すで)にご飯ができてるなんて、どれだけゼイタクなことだったんだろう。

 部活で力を使い果たしてヘトヘトになっても、あとはもう、テレビを見ながら夕食を食べて、お風呂に入って寝るだけだった。

 私はただ、用意されていたものを受け入れるだけ。それが誰によって、どんな風に用意されていたかなんて、考えもしなかった。

 料理をすれば、調理器具が汚れる。料理を盛れば、お皿が汚れる。

 それだって、洗う人間がいなければ、いつまでもシンクに置きっ放しのまま……。

 料理や洗い物だけじゃない。お風呂の支度(したく)に掃除(そうじ)、ゴミ出しに買い物……。“暮らす”って、そういう細々(こまごま)とした作業が、延々(えんえん)と発生し続けるってことだ。

 

 バイトを終えて、買い物をしながら帰って、慣れない家事をやっつけながら、授業の課題をひとつひとつ片付け、友達からのメッセージをチェックして……気づけばもう、日付が変わっている。

 時間って、こんなに、手のひらからすり抜(ぬ)けていくものだったっけ。気づけば消えて、残っていない。

 皆(みんな)、どうやってこの中で、趣味(しゅみ)の時間なんて作れているんだろう。

 

 上京してすぐの頃は、夜更(よふ)かしするのも楽しかった。

 実家だったら「いい加減(かげん)、もう寝なさい」って怒られるような時間を過ぎても、動画を観たり、マンガを読んだり、ゲームしたり……。

 後ろめたさを感じながらも、親の目にも何にも縛(しば)られない自由さを、楽しんでいた。

 だけど……睡眠を削(けず)ると、翌日に響く。

 授業の間、起きていられない。バイト中にボーッとして、ミスしそうになる。

 思えば私は高校を出るまで、日付が変わるまで夜更かししたことなんて、ほとんど無かった。

 慣れないことに急にチャレンジしても、身体(からだ)がついていかないんだ。

 

 一人暮らしで体調を崩(くず)せば、思いもよらないしんどさが待ち受けている。

 歩くのさえ辛(つら)くても、病院まで車で乗せていってもらえるわけでもないし、お粥(かゆ)や水枕を用意してもらえるわけでもない。

 そもそも、まだ地理もよく分からない街で、どこに何科の病院があるのかすら、よく分からない。

 独りきりの部屋で吐き気や痛みと戦っていると、妙な不安に襲(おそ)われたりもする。

 ひょっとしたら、このまま死んでしまうんじゃないか……。誰にも気づかれないまま、いつの間にか息を引き取ってるんじゃないか……なんて。

 体調が戻れば「私、どれだけ弱気になってたんだろう」なんて、笑い話にできるけど……身体が弱っている時は、ネガティブなことばかり、頭をぐるぐるする。

 

 思えば私は、一人暮らしの“良い面”にしか目が行ってなかったのかも知れない。

 大変なこともあるとは分かっていたけど、何となく、そこは軽く見ていた。

 頑張(がんば)れば、何とかなる。苦労してでも可能性に挑(いど)めば、キラキラした何かが手に入る――そんな風(ふう)に思っていた。

 

 だけど私の今の現実は、時間に追われ、お金のやりくりに苛(さいな)まれ、心も身体も疲(つか)れきっている。

 だけど、私はもう、この道を選んでしまった。

 親にも既(すで)に高いお金を払わせてしまった。だから、大学卒業までの四年間は、何とか走りきるしかない。

 ……走りきった先にあるものが、まだこれっぽっちも見えていなかったとしても。

 

 高校時代は、少しでも良い大学に入ることが目標だった。

 学部ですら、偏差値と受験科目とフワッとしたイメージだけで、何となく決めた。

 大学から先のことは、合格してから考えればいい、入学してから決めればいい……そんな曖昧(あいまい)な人生設計で動いていた。

 だけど……大学も、もう一年が終わろうという今もまだ、私には就(つ)きたい仕事も何も見えていない。

 この先、就活のカリキュラムが始まり、周りが就職へ向け動き出しても、私はずっと立ち止まったままなんじゃないかと、恐くなる。

 

 そもそも私には、就活でアピールできるようなことが何も無い。

 他人に語れるような、キラキラした青春や情熱が、何も無い。

 サークルやクラブは、お金がかかるし、バイトの時間もなくなりそうだから、できなかった。

 そのバイトだって、責任あるポジションに就いているわけでも、他人に褒(ほ)められるような働きをしているわけでもない。

 やり甲斐(がい)すらも無く、いつも「早く終わらないかな」と時計をチラチラ見ながら、頭の中で時給を計算している。

 ただお金のために働いて、そのお金を家賃や食費や光熱費や……私が“生きるため”に消費する。

 時々、たまらなく空(むな)しくなる。

 ……特に、私とはまるで違う“キラキラした青春を生きる人”に出逢ってしまった時などは……。

 

 私のバイト先に、夏の短期で入ってきた人で、海外を歩き回るのが好きなバックパッカーがいた。

 詰(つ)め込(こ)めるだけバイトのシフトを入れて、お金が貯(た)まったらリュックひとつで行きたい国へ飛んで行く――本当にそんな人がいるんだ、と驚(おどろ)きながら、旅の話を聞いていた。

 

 特に印象深かったのは、オーストラリアで見たという、素晴らしく美しい星空の話。

 国土のわりに人口の少ないオーストラリアは、星の密度からして“違う”のだそうだ。

 あまりにたくさん、白いものが空を埋(う)め尽(つ)くしているから、最初はそれが星だということにさえ気づかなかった――と、彼は言った。

 どこまでも広がる平原には、夜空を遮(さえぎ)るものがほとんど無く、まるで宇宙の中に落っこちてしまったような感じがした、と。

「あれを見ると、人生観が変わる。もう都会の夜景なんて、チャチな模造品(イミテーション)にしか見えなくなったよ」

 笑いながら語られるそれを、私は遠い世界の御伽話(おとぎばなし)のように聞いた。

 きっと私とは一生縁(えん)の無い世界の話。夢の中の物語のように……。

 

 私に無いものを持っていて、密(ひそ)かに憧(あこが)れていた彼は、お金が貯まったらあっさり辞(や)めていなくなった。

 その憧れが“別の何か”に変わる暇(ひま)も無いうちに……。

 あのまま、もっと一緒にいたら、好きになったりしてたのかな……なんて、そんな感傷的(かんしょうてき)な想いと共に、時々ふと彼のことを思い出す。

 

 世の中には、びっくりするくらい自由に、やりたいことをやって生きている人もいる。

 なのに……私はなんて不自由に、狭苦(せまくる)しい世界で生きてるんだろう。

 働いていないわけでもないのに……。

 お金って、この世の中の、どこをどう巡(めぐ)ってるんだろう。私の手元には、いつも少しの額しか残されていない。

 いつも預金(よきん)の残高を気にしてキリキリして、着たい服も買えないし、食べたいものも我慢(がまん)する。

 唯一のゼイタクと言えば、たまにストレス発散のために、百均で買い物することくらいだ。

 何の役にも立たない、ただ可愛いだけの置物や、実用性より見た目重視の小物を、ひとつふたつ買って、ベッドサイドに並(なら)べる。

 親に見られたら「またそんなガラクタ買って」なんて言われるんだろうな。

 だけど、独りきりのワンルームが、あまりに殺風景(さっぷうけい)でがらんとしてるのは寂(さび)しいから、つい無駄(むだ)な彩(いろど)りを添(そ)えたくなる。

 

 ラメ入りのキラキラした水が零(こぼ)れる水時計に、やたらゴテゴテ飾(かざ)りが付いているわりに、ほとんど物が入らない小物入れ……。

 私のストレスと無駄遣(むだづか)いの産物(さんぶつ)たち……。

 無くても全く困らない“ガラクタ”だけど、それがあるだけで、そこが“ただ寝に帰るだけの部屋”じゃなく、“私の部屋”になる。ほんの少し、居心地(いごこち)が良くなる。

 ムダだけど、ムダじゃない。私の心をほんのり救ってくれるガラクタたち……。

 上京して数ヶ月が過ぎて……私が手に入れられたものと言えば、そんなちっぽけなモノたちばかりだ。

 

 年の瀬が近づき、薄(うす)っぺらなジャケットでは肌寒い季節になってきた。

 バイトの時給は変わらなくても、冬物は値段が高くなるから、また着る物に悩み始めている。

 駅からアパートへ続く道を、猫背になって歩きながら、ふと、またあの人のことを思い出す。

 

 彼は今頃、どこにいるのだろう。

 私が思いもしないような遠い国で、想像もつかない絶景を眺(なが)めているのだろうか……。

 

 彼のことを思い出すたび、胸がほんのり切なくなる。

 だけど、それが淡い恋なのか、自由な人生への憧(あこが)れなのか、ちっぽけな自分の人生に対する空(むな)しさなのか、区別がつかない。

 

 モヤモヤした想いを抱(かか)えながら、いつもの街角を曲(ま)がって……一瞬、呼吸を忘れて立ち尽(つ)くした。

 商店街の小さな通りに、いつの間にかイルミネーションが飾り付けられていた。

 まるで光の天井(てんじょう)でもできたかのように、道の上、頭上(ずじょう)高くにLEDのランプが張りめぐらされている。

 見上げると、まるで星空のイミテーションだ。

 暗い夜空を背に輝く、無数の白銀の星たち……。

 思わずぼーっと見惚(みと)れた直後、彼の言葉が脳裏(のうり)を過(よぎ)った。

『都会の夜景なんて、チャチな模造品(イミテーション)にしか見えなくなったよ』……。

 

 ほんの一瞬、恥(は)ずかしさに唇を噛(か)みしめ、うつむきかけて……だけどやっぱり、その灯(あか)りの美しさを無視できずに、再び顔を上げる。

 ……私は、本物(・・)の星空を知らない。

 地元の夜ですら、星は数えるほどしか見えない。

 だから、こんな模造品(イミテーション)の、ニセモノの星にだって感動してしまう。

 本物(・・)を知る人には、呆(あき)れられてしまうのかも知れない。

 だけど、これが私の生きる世界だ。

 

 ちっぽけな私は、ちっぽけなモノにも感動する。

 こんな狭苦(せまくる)しい世界の、殺伐(さつばつ)とした日々の中でも、時々こんな風に、思いがけず心動かされることがある。

 もっと上質(・・)なものを知る人たちには笑われてしまうかも知れない、ささやかな景色(けしき)や出来事(できごと)……。

 だけど、そんなものでも、一瞬、私の心を救ってくれる。ほんの一時(いっとき)、憂鬱(ゆううつ)な気持ちを忘れさせてくれる。

 ……むしろ、本物を知らない、ちっぽけな私だからこそ、今ここで、この景色に感動できたのかも知れない。

 

 東京に来たら得(え)られると思っていた、キラキラした青春は、未(いま)だ私の手の中に無い。

 だけど、それでも頑張(がんば)って生きてる。

 キラキラ輝く日々じゃなくても……時々、こんな風に、ささやかな何かに感動しながら、一日一日を生きてる。

 

 今日見たこのニセモノの星たちは、「一生忘れない」というほどの思い出にはならないだろう。

 だけど、いつか似たようなイルミネーションを見た時、ふと思い出したりするのかも知れない。

 今の私の、この言葉にならない感動や感傷(かんしょう)と共に……。

 

 ……そんなことを、ぼんやりと考えながら、イルミネーションの下、家路(いえじ)を辿(たど)った。

 パステルカラーの愛すべきガラクタたちに囲まれた、私のちっぽけな“お城”へと……。

Copyright(C) 2021 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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