グレイさんの過去と私の怒り
「ど、どうしてそんな事になるのよ!」
咄嗟に立ち上がり、もう一度たまらずに声を上げた私をリッティは泣きそうな顔で見上げた。
「ルリは……ルリはあいつを信じてくれるの?」
今にも泣き出しそうなその言葉に、咄嗟に彼女の手を取って握った私は何度も何度も大きく頷いた。
「もちろん信じるわ。そんなの当然よ! 少しでもグレイさんの事を知っていたら、そんな事絶対にしないってすぐに分かるもの」
ここは大きな声で言いかけて我に返り、慌ててリッティに顔を寄せて早口の小声でそう伝える。
「うん……ありがとう、ありがとうね……」
私の手に額を当てて泣きそうな声でそう言ったリッティは、しばらく黙ったあとに大きなため息を吐いて顔を上げた。
「私も全く同じ思いだったわ。だけどあいつは、口汚く罵るあの男を前に泣きそうな顔をしつつもその場での言い訳は一言も……何も言わなかったわ。それで後から、彼女がそう言うのなら、きっとそうなんだろうさ。って、私に吐き捨てるみたいにしてそう言っただけ」
絶句する私を見て、リッティはもう一度ため息を吐いた。
「間違いなく嘘よ。だって、その後の続いたあの男の言葉を聞けば、あいつらの目的が何だったのかすぐに分かったから、私は嘘だって確信が持てたの」
嫌そうなその言葉に、私は嫌な予感がして顔をしかめた。
「そいつら……何が目的だったの?」
恐る恐るの私の質問に、また大きなため息を吐いたリッティは、私にもたれかかってきた。
「以前少し話したと思うけど、私達の母さんは、私達を産んでからすぐに亡くなってしまってね。私とグレイは父さんの姉である伯母さんに育てられたの」
その話は聞いた覚えがあったので、頷きかけて止まる。
「ええと、その前にちょっと質問というか……確認させてもらってもいい?」
右手を挙げた私の言葉に、顔を上げたリッティが不思議そうに首を傾げる。
「私達を産んでからすぐに、って事は……もしかして、リッティとグレイさんって双子?」
「ええ、そうよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「ええ〜〜! 双子でこんなに大きさに違いが出るの?」
筋骨隆々で見上げるほどに大きなグレイさんと、確かに女性としては大柄ではあるけれども、どう考えてもグレイさんよりも遥かに小さなリッティ。
私とリッティは、しばし無言で顔を見合わせて、それから同時に吹き出した。
「まあ、あれと双子だって言ったら、大抵はルリみたいな反応になるわね。このコロニーの人達は、私とあいつが双子だって事を全員知っているから、ルリも知っているとばかり思っていたわ」
「今初めて聞きました!」
笑った私の言葉に、もう一回顔を見合わせて揃って吹き出した私達だったわ。
「それでね。その怒鳴り込んできた男がこう言ったの。お前らの持つ権利を俺達に譲るなら、今回の事は無かった事にしてやる。って」
「……ものすごく嫌な予感がするけど、何の権利を持っていたの?」
一転してとても嫌そうなリッティの言葉に、私も思いっきり嫌そうに顔をしかめながら尋ねる。
言いたくないかのように少しの間黙っていたリッティは、顔を上げて私を見た。
「ここのコロニーでは、農地はすべて共同で世話をして収穫物はコロニー全体で分けてる。知ってるわよね?」
「ええ、私もたまにだけど畑の雑草取りのお手伝いくらいはしているからね」
「そうらしいわね。採取がお休みの日になると、いつもルリが手伝いに来てくれるんだって畑担当の子達は喜んでいたわよ」
「だって、お休みの日って言っても何もする事がないし。畑のお世話なんて前の世界では全然した事がなかったから、やってみたかったの」
笑って肩をすくめる私の言葉に、リッティも笑っていた。
「せっかくのお休みなんだからゆっくりしていればいいのに。ああ、ごめんなさい。話が逸れたわね。ええと、以前私達がいた鷹族のコロニーでは、こことは違っていて個人が開墾した畑は、収穫物の半分をコロニーに納めれば残りの半分は個人の所有物とする権利が認められていたの。それを使ってコロニー内の個人間で取引をしたり、定期的に人のいる浮き島のコロニーを巡回して来てくれる商人達と直接の取引をしたり出来たのよね」
「へえ、ここまで商人さんが来てくれるの? 私はまだ一度も見た事がないわ」
初めて聞く話に、思わずそう呟く。
「個人の行商の人は定期的にコロニーへ来ているけど、基本的にコロニーの代表の人が相手をするから私達はあまり関わらないわね。何か欲しいものがあれば、パムに言っておけば商人が来たら教えてくれるわよ。確かルリは、水石をたくさん持っているって言っていたわよね。水石があればなんでも好きな物と交換してもらえるわよ」
「そうなのね。じゃあ楽しみにしておくわ」
浮き島を巡る商人の人達だなんて、異世界ならではよね。どんな物があるのかちょっと楽しみかも。
「もう少ししたら、私達はキャラバンって呼んでいる最大手の商人の団体が来るから、その時は私達も買い物したりするわよ。じゃあ教えてあげるからルリも水石を使って商談してみるといいわ」
にっこり笑ってそう言われて、割と本気で気が遠くなったわ。
そもそもこの浮き島の世界ではお金が存在しないので、取引は全て物々交換で成り立っている。
まあ、コロニー内ではどこかの班に所属して働いていれば、衣食住全てが支給されるので個人で買い物なんてする必要はないんだけどね。
なので個人的に何か欲しい場合は、以前子供達が昆虫採集や押し花作りをしていたみたいに、何らかの物を作ってコロニーの所有物と交換してもらうか、私があのタルカムさんとペンダントの交換をしたみたいに個人間でやり取りする他はない。
とはいえ定価でしか買い物した事がない私が、プロの商人達と物々交換の商談をする? そんなの思いっきりカモにされる未来しか見えないわよ……。
「あはは、絶対言い負かされそう」
苦笑いしてそう言う私を見て、リッティは笑ってからまたため息を吐いた。
「話を戻すわね。私の父さんの、父さんと母さん。つまり祖父母がすごく働き者だったらしくてね。当時の鷹族のコロニーに隣接していた深い森を切り開いて、二人でかなりの土地を開墾したんだって。その場所に元々あった切り株にベリーの木を接木したり、それ以外にも幾つか実のなる果樹を森から切ってきては植えて大きな果樹園を作ったの。おかげでたくさんの果実が定期的に収穫出来て、私達はまあそれなりに贅沢もさせてもらったわ」
当時を思い出していたのだろう、笑うリッティは何か遠くを見るような目をしていた。
だけど大型重機なんて無い全てが自力のこの世界では、森の開墾どころか木を切ったり草を刈るだけでも相当な重労働だろう。リッティの祖父母のご苦労を考えて、心の底から尊敬したわ。
そこまで考えて、さっきの話を思い出して絶句する。
「待って。つまりその男が言った権利を譲れって話は……」
無言で頷くリッティを見て、他人事なのに一瞬目の前が真っ赤になるくらいの怒りを覚えて、自分でも驚いたわ。
「要するに、要するにそれって完全に最初からそれが目当てだったって事よね! 何それ! 有り得ない!」
咄嗟に立ち上がって叫んでから慌てて口を押さえて座る。
「あいつの為に怒ってくれてありがとうね」
また、泣きそうな顔になるリッティを見て、なんだか堪らなくなって彼女に抱きついた私だったわ。




