内緒の昔話
「それじゃあ戻るわ。グレイ、包帯が取れたからって無理しないのよ。大人しく休んでいなさい」
「そんな事、言われなくても分かってるよ。じゃあまたな」
満面の笑みでグレイさんの腕を叩いたリッティの言葉に、また拗ねたチムニーみたいになってるグレイさんがそっぽを向きながらそう言い返し、最後だけは私を見ながらいつものように笑ってそう言ってくれた。
「ええ、それじゃあ私も戻りますね。お邪魔しました」
空っぽになったカゴを手にしたリッティに腕を引っ張られて、笑顔でグレイさんに手を振った私は彼女と一緒にその場を後にした。
ワルターさんは、別の人のお見舞いにも行くんだと言ってグレイさんと一緒に施療院へ戻っていった。
何となく無言のまま、リッティと並んで歩く。
「それにしてもあいつのあんな顔、久しぶりに見たわ。ルリのおかげね。本当にありがとうね」
急にお礼を言われて、思わず立ち止まる。
「ええ、それは何に対するお礼なの?」
私は別に何もしていないと思う。だけど、真顔で私を見たリッティは目を閉じて首を振った。
「ちょっと話そうか。時間は大丈夫?」
顔を上げたリッティが、道沿いにあったさっきと同じようなベンチを指差しながらそう言って私を見る。
「ええ、構わないわ。今日は採取はお休みの日だから、午後からは特にする事もないし畑のお手伝いにでも行こうかと思っていたの」
今戻らないとお昼を食べ損なっちゃうだろうけど、手持ちにまだまだパンの実はあるから構わない。それに、さっき大きなドーナッツを食べたばかりだからそれほどお腹も空いていないしね。
笑顔で頷き合って並んでベンチに座る。
目の前には緑がいっぱいの林があって、小さな青い鳥が数羽楽しそうに囀りあっている。
「さっきの話なんだけどさ……」
座って一つため息を吐いたリッティが、そう言ってカゴを抱える。
「以前少し話したと思うんだけど、私とグレイは閉鎖的だった鷹族のコロニーから出て父さんと一緒にここへ来た。まあ、その父さんは、もうかなり前に亡くなったんだけどね」
お二人のお父さんにお目にかかった事がないのでもしかしてと思っていたら、やっぱり亡くなっていたのね。
小さく頷く私を見て、リッティがまたため息を吐く。
「それでね、その鷹族のコロニーを出る事になった直接の理由っていうのが……」
私がお悔やみの言葉を言うべきかと思って口を開こうとしたら、それより先にリッティが口を開いて早口にそう言って、途中で不意に口籠った。
「私から聞いたって、あいつに絶対に言わないでね。ルリを信じて話すんだから」
真顔でそう言われて、何だか分からないけれど私も真顔で頷く。
「分かった。誰にも話さないわ」
彼女が私を信じて何かを話してくれるというのなら、それに応えるのは当然の事。
居住まいを正す私を見て、ちょっと泣きそうな顔になったリッティは、またため息を吐いてから口を開いた。
「当時まだ十代だったグレイは、ある女性と、その……恋に落ちたの」
人の恋バナを聞くのは大好きだけど、これは私が聞いてもいいものなのだろうか?
若干不安になりつつ小さく頷く。
「相手はかなり年上の女性だった。だけど彼女も、グレイと一緒にいていつだって笑顔でとても楽しそうにしていた。それでまあ……要するに……」
俯いて、少し赤くなってまた言い淀むリッティを見て、何となく事情を察した。
「要するに……デキちゃった……?」
避妊具なんて無いだろうこの世界でもしも恋する男女がそういう仲になれば、デキちゃう可能性はかなり高いだろう。
私の言葉にリッティが思いっきり吹き出す。
「あれ、ごめんなさい。違ったみたいね」
素直に謝ったら、笑って腕にすがりつかれた。
「惜しい。その前段階。つまりその……男女の仲になっちゃった訳。意味は分かるわよね」
やや赤い顔のリッティを見て、周りを見回して誰もいないのを確認してから私も顔を寄せる。それで小さな声でいくつか確認して、一応そういう事をする場合は私の世界と変わらないのを確認して、二人揃って赤い顔をしながら揃って吹き出したわ。
「それでね、ある日、平静を装いつつも妙に浮かれていたあの子を見て、私はなんとなく事情を察知したわけ。あいつ、昔から隠し事するのが下手なのよね」
にっこり笑ったその言葉に、私も思わず笑っちゃったわ。
隠し事が下手なくらいに純粋な十代の頃のグレイさん。きっと可愛かっただろうな。
アイドルみたいな美少年系? いや、キリッとしたスポーツ系少年みたいな感じかしらね? それとも、ちょっとやんちゃなヤンキー風とか?
背ばかり伸びて筋肉が成長に追いついていない、十代の男の子特有の危うさと言うか可愛さというか……やだ、私は断じてショタではないけど、グレイさんの少年時代を想像したらちょっとときめいちゃうかも!
若干脱線しそうになる思考を、我に返って無理やり引き戻す。
「それでまあ、一応からかいつつも私も祝福したわけよ。あの時のあいつは、本当に幸せそうだったからさ」
優しい姉の顔を見せるリッティの言葉に、私も笑顔になる。
「でもね……その後、最悪の事態が起こったのよ……」
一転して、泣きそうな顔になったリッティの言葉に、私も真顔になる。
「何があったの?」
両手で顔を覆ったリッティはしばらく無言だったけど、大きなため息を吐いて顔を覆ったまま口を開いた。
「その日の夜に、一人の男性がその彼女と共に怒鳴り込んできたの。彼女がグレイに無理矢理乱暴されたって言ってね」
衝撃の告白に、目を見開いた私は言葉もなくリッティの腕を掴む事しか出来なかった。
「何よそれ! 恋人同士だったんでしょう?」
思わず大声でそう叫んでしまい、慌てて口を閉じて周りを見回す。
幸い、近くに人はいなかったみたいで静かな周りを見て安堵のため息を吐いた私は、掴んだままだったリッティの腕にすがった。
「どうしてそんな事になったの? 同意を得ていたんでしょう?」
「もちろん私はそう聞いていた。彼女の方が積極的だったってね。それなのに……」
拳を握るリッティの次の言葉に、私はもう一回悲鳴を上げる事になったのだった。




