諦めと飛べない翼
「はい、それじゃあ今日も元気に始めましょうか」
「はあい! お願いしま〜す!」
笑顔のターシャさんの言葉に、いつもの子供達の元気な返事が返る。
「はい、一緒に〜〜! 大きく広げて〜ゆっくり畳む。いっちに〜〜い、いっちに〜〜〜い」
今日もターシャさんの掛け声に合わせて、延々と翼を開いたり閉じたりする地味な練習が繰り返される。
元気一杯で、だけど真剣そのものの子供達に対して私はどうにもやる気が出ない。
それでも日々の訓練は真面目に続けているし、何となくだけど羽ばたく力や動きも以前よりも上手に、そして強くなったような気がするから訓練している事自体は無駄じゃあないと思う。いや思いたい。
実はこっそり試しに飛んでみようとした事は一度や二度じゃないんだけど、やっぱり私の体はまるで根っこが生えてしまったみたいに地面から離れようとしてくれなくて、その度に一人絶望感に打ちひしがれていた。
それに正直に白状すると、私は飛べるようになる事をもう半ば以上諦めていた。
その日も、午前中はいつものように子供達と一緒に翼を広げたり畳んだり伸ばしたりする訓練を行い、それが終わると施療院へグレイさんのお見舞いへ向かった。
朝食の後チムニー達と一緒に羽ばたき訓練、グレイさんのお見舞いに行ってから、昼食の後は子供達と一緒に近場での採取。
お休みの日の午後からは部屋で休んでいる事が多いけど、グレイさんが入院してから、何となくこれが私の最近の日課のコースになっている。
施療院への道をとぼとぼと歩きながら、こっそりと小さなため息を吐く。
「どうして飛べないんだろうなあ。何が悪いんだろう」
後ろを向いて、すっかり飾りになった自分の翼を見る。
試しに軽く動かしてみると、パタパタと思い通りに動かす事が出来る。
だけど、それだけ。あんなに軽々と飛べていた事が、今ではもう夢だったのかと思えるくらい。
もう一度、いろんな感情のこもったため息を吐いた私は、顔を上げて背筋を伸ばしてから施療院の扉をくぐった。
「こんにちは」
グレイさんの部屋の前でそう声をかけてから中に入る。
部屋に扉は無く、入ってすぐのところに衝立が立ててあって中が見えないようになっているので、そこから顔を覗かせると、その日はグレイさんの他に二人の先客がいた。
「ああ、お邪魔しました」
ベッドサイドに置かれた椅子に座っているのは二人とも知らない男性だったので慌てて下がろうとしたんだけど、こっちを見たグレイさんが笑顔で手招きしてくれたので一礼して中に入る。
そこで気が付いた。
二人のうち、手前側に座っている男性の背にある翼が片方しか無い事に。
正確には翼の中程の関節の上あたりですっぱりと断ち切られていて、明らかに左右の翼の大きさがアンバランスなのだ。
断面部分は伸びた羽で隠されていて見えないけれど、あれではもう飛ぶことは絶対に出来ないだろう。
そしてもう一人の男性も、明らかに片方の翼が不自然に畳まれずに少し歪んだ状態になっている。
「ああ、噂は何度も聞いてるけどお会いするのは初めてだね。はじめまして、まれびとのお嬢さん。スティーブだよ。ご覧の通り元狩猟組だ。今は施療院で医者の助手をやってる」
立ち上がった片翼の男性が、笑って右手を差し出してくれる。
「はじめまして。まれびとのお嬢さん。サイモンだよ。俺も元狩猟組で、同じく医者の助手をやってる」
続いて、もう一人の男性も立ち上がって笑顔で名乗ってくれた。
「初めまして。ルリです」
差し出された大きな手を順番に握り返す。
グレイさんと同じで、二人とも硬いタコが出来た分厚い手をしていた。
「それじゃあ、俺達は戻るよ」
「リハビリ頑張ってな。だけど無理はするなよ」
「ああ、久しぶりに会えて俺も嬉しかったよ。まだ当分入院らしいから、また来てくれよな」
二人が振り返ってそう言い、笑って応えるグレイさんに揃って手を挙げるとそのまま部屋を出て行ってしまった。
「あの……もしかして、お邪魔しちゃったみたいですね」
久しぶりの再会のお邪魔をしたみたいで何だか申し訳なくてそう言うと、苦笑いしたグレイさんはベッドに座ったまま首を振った。
「いや、もう戻るところだったから気にしないで」
その言葉に小さく頷いて、今更だけどグレイさんの服装がいつもと違っている事に気が付いた。
今までは、翼を固定するために幅の広い大きな布で体をぐるぐる巻きにされていたのだけれど、それが無くなっていて、柔らかなゆったりとした背中の開いたシャツを着ている。
背中の翼がいつものように綺麗に畳まれているのを見て、思わず背中を覗き込む。
「ああ、固定していた包帯が解けたんですね。よかった。じゃあ、もう大丈夫なんですか?」
あのぐるぐる巻きは見ていて本当に辛そうだったので、何だか私まで嬉しくなった。
「ああ、今朝ようやく解いてもらったんだ。それで午前中いっぱいずっとリハビリのエルマー先生が彼らと一緒に来てくれてマッサージを受けていたんだ。それで、久し振りだからって言って、先生が戻った後、残ってくれた彼らと少し話をしていたんだよ」
「元、狩猟組っておっしゃってましたね……あの、翼……」
無言で頷くグレイさんを見て、私も小さく頷く。
そして今更ながらに気が付いて怖くなった。
今回は大丈夫だったけど、いつグレイさんだって彼らと同じようになるのか分からないって事に。
「ちょっと外に出ようか。久しぶりに外の空気を吸いたい」
そう言ってベッドから降りたグレイさんが、腕を伸ばして大きく伸びをする。
「一応安静にするように言われていたはずだけど、もう外に出ていいんですか?」
「うん、今朝許可を貰ったよ。まあ、まだこっちの怪我もあるから無茶は駄目だけどな。だけど少しぐらいは外に出ても良いってさ」
その答えに笑って、靴を履いたグレイさんと一緒に施療院の裏庭側へ並んで歩いて行った。
私の少し前を歩くグレイさんの背中の大きな翼を見て、私は不意に込み上げて来た安堵の涙を必死になって飲み込むのに苦労していたのだった。




