ペンダントと放浪の賢者
「驚かせてすまない。お嬢さん。そのペンダントはどこで手に入れたのか教えてもらえないだろうか」
優しい低い声でゆっくりと話しかけられて、驚いて胸元を見る。
そこにあるのは、あの地上での取り引きの際のフレディって人から貰った螺鈿細工のペンダント。
何となく、高いものだと聞いてそのまま身につけているけど、実を言うとあんまり気に入っていない。
何故なのかと考えてもよく分からないけど、何だかあまり良い感じがしないのよね。
だけどせっかく貰った、しかも高級品らしいのでなんとなくそのまま身につけている。
「もしかして、これですか?」
黙って頷かれて、少し考える。
「これはこの前地上に取り引きのために降りた時に、ちょっと地上の人とトラブルがあって、後からその人から貰ったんです」
「トラブル?」
「ええ、実害はなかったんですけど、掴みかかられそうになって。それで、後から驚かせたお詫びだって言って人伝に頂きました」
「……そうと知らず、地上の妄執の依代を翼を持つ者に寄越したのか。何と愚かな事を」
ごく小さな、だけど強い口調でそう呟かれて、驚いて目を見開く。
「え? 今、何て?」
「何でもない。お嬢さん、取り引きをお願いしたい。そのペンダントとこれを交換してもらえないだろうか」
そう言って取り出したそれは、私のそれよりも一回り以上大きな同じ螺鈿細工の、細い革紐がついたペンダントトップ。少し古い物のようだけど、艶のあるそれは逆に古い事が値打ちになっているように感じられた。
「ええと……」
突然の申し出にどう反応したら良いのか分からずに戸惑っていると、そっと誰かに肩を叩かれた。
「パム!」
側に来てくれたパムの腕を縋るようにして掴む。
「あのねルリ、彼の名前はタルカム。ご覧の通り野良の一人だけれど、放浪の賢者と呼ばれている信頼出来る人よ。大丈夫。取り引きは個人の権利だから、貴女が良いと思うなら取り引きに応じても良いし、嫌なら断ってもいいのよ」
パムの言葉に頷きつつも、私の持っているペンダントと差し出されたそれを見比べる。
「だけど、私のペンダントとあれだと、どう見てもあっちの方が価値があるわ」
どう考えても公平な取引とは言い難いと思う。彼が明らかに損をするだろう。
「俺が持ちかけた取り引きだよ。それでも良いと思ったからお願いしている」
静かな声でそう言われて、困ってしまう。
「本当に良いんですか?」
黙って頷くタルカムさんは、私から視線を離さない。
「……分かりました。どうぞ」
そう言ってチェーンごと外して渡すと、受け取ったタルカムさんは黙ってペンダントトップをチェーンから外した。
「このチェーンは良いもののようだからお返しするよ。俺はこれだけあればいい」
そう言って、大きい螺鈿細工のペンダントトップと一緒に外したチェーンを返してくれた。
「良いんですか? ああ、あの! それならこれもどうぞ!」
受け取りながらもなんだか申し訳なくなって、以前浮島で確保した大きな水石を慌てて一つ取り出して渡した。
「良いのか?」
「だって、あまりにも私ばかりが得している気がして本気で申し訳無いです。受け取ってもらわないと私の気が済まないです」
コクコクと頷きながらそう言うと、タルカムさんはにこりと笑った。
グレイさんと同じで、笑うととても優しい顔になる。
「では、遠慮なくいただこう。ありがとう。良い取り引きをさせて貰ったよ。感謝する」
にこりと笑ってそう言うと、一瞬で水石も収納して立ち上がった。
側に立たれると、存在感が半端ない。
多分、身長はグレイさんよりもまだ大きいだろう。私なんか側にいたら本当に子供みたい。
「良き風が、常に貴女の翼に吹きますように」
右手を差し出したタルカムさんが、私の頭上でそう呟きながら不思議な仕草をして、すぐに手を引いた。
「では、失礼するよ」
軽く一礼して少し後ろに下がってから後ろを向く。
「ああ、待ってください!」
狩猟組の男性が一人、大きな包みを抱えて飛んで来てタルカムさんのすぐ側に舞い降りる。
「これをお持ちください。貴方が来てくださらなかったら間違いなく死人が出ていたでしょう。こんなものではお礼にもなりませんが、どうか!」
差し出された包みを見たタルカムさんが笑顔になる。
「ああ、これは有り難い。良いのか?」
「はい、まだまだたくさんありますので、どうか遠慮なくお持ちください」
「感謝する」
受け取ったそれをまた一瞬で収納したタルカムさんは、今度こそその大きな翼を広げてそのまま飛んで行ってしまった。
「何を渡したんですか?」
側に立ったまま一緒に見送っていた狩猟組の男性にそう尋ねる。確か名前はベックさん。大きなオオワシの翼を持っている。
「ワイバーンの肉だよ。先ほども言ったが彼が手を貸してくれなければ、本当に死人が多数出ていただろう。偶然とはいえ、彼が近くにいてくれて助かったよ」
大きなため息と共にそう言い、そっと私の肩を叩いた。
「どうやら、彼と良い取り引きをしたようだね」
「どう考えても、私がすっごく得をした気がするんでするんですけど……」
手にした艶のあるペンダントトップを見つめる。
「彼がいいと言ったのなら、何か理由があるのだろうさ。いいじゃないか。気にせず貰っておけ」
笑ってそう言われてしまい、小さなため息を吐いた私はチェーンだけになったネックレスを改めて身に付けて服の中に入れた。それから、軽く結んでいた革紐を解いて首にかける。後ろ側で長さの調節が出来るように結んでくれていたので、少し短めにしてみた。
「あら、さっきのよりもそっちの色の方がよく似合ってるわよ」
笑ったパムの言葉に、同じ事を思っていた私も苦笑いしつつ頷いたのだった。
「ねえ、そんな事よりグレイさんの怪我の具合って大丈夫なんですか? 翼は? それに胸にも怪我をしてましたよね」
思い出したら心配で堪らなくなった。
「ああ、もう手当ては終わったわよ。多分寝てると思うけど、心配なら顔見に行ってやりなさい」
笑顔でそう言われて、頷いた私は大急ぎで施療院へ走って行った。
走りながら無意識に背中の翼が開いて今にも羽ばたきそうになっていたのに、その時の私は全く気がついていなかったのだった。




