矢笛の知らせと飛べない私
「み……みんな、無事……?」
巨大な影があまりにも近くを通過して行ったため、本気で誰か攫われたんじゃないかと怖くなった私は、消えそうな声でそれでも必死になってとにかくそう尋ねた。
「た、多分……大丈夫、だと、思う……」
腕の中で、私に抱きつくみたいにして一緒に倒れていたチムニーが、小さな声で答えてくれる。
だけど、その声もうわずって震えていていつもの元気さは影も形もない。
「皆無事か! おい、点呼取ってくれ!」
カーク君の叫ぶ声と同時にチムタム達年長組が子供達の点呼を取り始める声が聞こえて、私は震える腕をなんとか地面についてチムニーを抱えたまま体を起こした。
「よかった……全員、います……」
私が飛べていた頃、いつもパンの実を木の上部から採取するのを手伝ってくれていたバッシュ君が、泣きそうな声でそう言ってその場に座り込む。
ようやく我に返った子供達があちこちで泣き始め、私はチムニーを離して近くの子に駆け寄ろうとした。
「待って……」
だけど、泣きそうな声でチムニーがしがみついてくる。
振り返った私は、小さなため息を吐いて縋りつく小さな腕を叩いた。
「また助けてもらったね。ありがとうね。格好良かったよ」
震える小さな体を抱きしめてやり、何度も頭を撫でてやる。
「あ、当たり前じゃんか! 俺は、俺は年少組のリーダーなんだからさ!」
震えて涙目になりながらも、胸を張ってそう叫ぶ。どうやら、チムニーの中では私も年少組の一員になってるみたい。
「うん、頼りにしてるね。リーダー」
笑顔でそう言うと、わかりやすく真っ赤になったチムニーはすごく可愛かった。
何とか復活したチムニーと一緒に、とりあえずチムタムのところへ向かう。
「ルリ、翼は大丈夫だった? 誰かさんに押し倒されて、まともに背中から転んでたみたいだけど?」
苦笑いしながらそう言われて、軽く背中の翼を動かして見せる。
「まあ、確かにちょっと痛かったけど、別にどこも傷めたりしていないわよ」
「それならいいけど」
そう言いながら、チムニーの頭をぐりぐりと撫でる。
「よく反応出来たね。偉かったよ」
「えへへ……」
チムタムに褒められて、チムニーは嬉しそうに笑っている。
何のかんの言ってもこの二人は仲がいい。一人っ子だった私には、こんな風に喧嘩しつつも仲良くする兄弟や姉妹って憧れだったのよね。グレイさんとリッティもとっても仲良いし。まあ本人達は全力で否定してたけどね。
ぼんやりとそんな事を考えていると、ようやく泣き止んだ子供達が何故か私の周りに集まって来る。
不安そうに手を繋ぐ子供達を見て困っていると、年長組の子達が何人か駆け寄ってきた。
「ごめんね。とりあえずルリを集合場所にさせてもらったの。悪いけど今日の採取は中止して帰るわ。子供達がすっかり怯えちゃったからね」
不安そうにくっつきあってる子供達を見て、私も納得して小さく頷いた。
「そうね、私もそれが良いと思うわ。ええと、ちょっと質問なんだけど、ワイバーンに遭遇するなんて事も、ジェムモンスターに遭遇するみたいに日常的にあったりするわけ?」
「まさか! ワイバーンなんて遠くを飛んでいるのを見ただけでも大騒ぎになるのに!」
必死になって首を振る年長組の子達の横では、チムニーも同じように必死になって首を振っていた。
「じゃあさっきのって……」
「あれは恐らくだけど群れから離れた雄が一匹で流離う、はぐれもの、だと思う。本来テリトリー意識が強いワイバーンは、別の浮き島下部にある営巣地からほとんど離れる事は無いんだ。最近ではグレイさん達狩猟組が定期的に間引いて数を管理してくれているから、こんなところまで出て来る事なんて、もうほとんどなくなってるのに」
横から聞こえた声に振り返ると、真顔のカース君とキース君が並んでいた。
こんな時なのに、真顔だとさらに見分けがつかないなあ、なんて馬鹿な事を頭の中でぼんやりと考えてしまう。
「とにかく戻ろう」
「狩猟組に大きさや見た時の状況も報告しないと」
「そうね、じゃあ戻りましょう。さあみんな、ちょっと早いけど帰るわよ〜」
出来るだけ明るくいつものようにそう言った時、突然大きな音が辺り中に響き渡ってまた飛び上がった。
「ねえ、今のは何の音?」
咄嗟にその場にしゃがみこんでそう叫び、私は側にいた子供達に覆い被さるようにして頭を押さえた。子供達も悲鳴をあげて頭を抱えてしゃがんでいる。
今のはさっきのワイバーンの鳴き声とは違う、甲高い笛みたいな音だったわ。
「ああ、大丈夫だよ。狩猟組のスティが矢笛を打ってくれたんだ。あれは緊急連絡用の音が出る矢で、空に向かって放つんだ。そうすれば先端に取り付けた笛が鳴るんだよ。相当遠くに居ても聞こえるから、今みたいな緊急時の連絡に使ってるんだよ」
キース君の答えに安堵する。なるほど、携帯も無線も無いこの世界にも遠距離間の連絡手段があったわけね。
チムニーはチムタムと手を繋いでもらっていたので、私はポポちゃんとライムちゃんの二人と手を繋いで、足早にチムタム達の後を追いかけてとにかくホームへ戻るために歩き出した。
「私もあんな近くでワイバーンを見たのは初めてよ。正直言ってチムニーを見直したわ。私はあれの真正面にいたルリさんに気が付いたけど、声も出せなかったし全然動けなかったもの」
採取場所を離れてしばらく無言で歩いていると、チムタムが小さな声でそう呟いてため息を吐いた。
「私なんて、そもそもワイバーンに気がついてすらいなかったわ。チムニーはすごい。頼りになるリーダーだもんね」
笑ってそう言うと、手を繋いでいたポポちゃんとライムちゃんまで一緒になってチムニーは凄いと言い出し、照れて真っ赤になるチムニーを見てチムタムと声をあげて笑い合った。
皆、不安で堪らないのを誤魔化すようにいつもよりも大きな声をあげて笑っていた。
その時、またあの甲高い矢笛の音が響いて思わず立ち止まる。
「ねえ、今の音って遠かったけど……」
全員が立ち止まって不安げに上空を見上げている。
「おい! 今のって下から聞こえたよな!」
「しかも低音の矢笛だったよな!」
一気に顔色を変えたカーク君とキース君の言葉に全員が振り返る。
その時、再びさらに低い矢笛の音が複数聞こえた。
「まずい! 怪我人が複数出てる! おい、みんな走って!」
「急いで戻るぞ! 今日は血止め草も採取してるんだから!」
今日の私達は球根掘りがメインだったけど、小さな子達はいつものように血止め草や化膿止めに使える薬草もたくさん集めてくれている。
年長組の子達が何人か、血止め草を集めてありったけ袋に詰め込んで抱えたまま先に飛んで帰って行った。
「ああ、こんな時に私は飛べないなんて……」
私なら、集めたお薬を全部持ってすぐに帰れたのに。
もしも何か必要なものがあっても、すぐに届けてあげられたのに。
立派な翼がありながら飛べない自分の不甲斐なさに涙が出そうになったが、歯を食いしばって顔を上げた。
「帰ろう!」
自分に言い聞かせるように大きな声でそう叫んで、一番小柄なライムちゃんを右手で抱き上げ、左手はポポちゃんと繋いだまま、ほとんど駆け足と言っていいくらいの速さで、とにかく私達も子供達と一緒に大急ぎでホームへ向かったのだった。




