パンと寝床
「こっちこっち」
「こっちこっち」
次に小鳥達が連れてきてくれたのは、先ほどよりも遥かに大きく高さが3メートル以上はありそうな広葉樹の木がまばらに何本も植っている草原だった。
「へえ、ここにも実が成ってるわね」
見上げたそこには、直径15センチくらいは余裕である大きな玉状の茶色の実が幾つもぶら下がっていた。でも、中には白っぽい実もある。
「多分だけど、白っぽいのは未成熟で茶色が熟れてるっぽい。よし、あの茶色のを食べてみよう」
だけど残念ながら、さっきと違って木が大きいので手を伸ばしても手が届かない。
「大丈夫よ。今の私には翼があるんだもの」
嬉しくなってそう呟き、息を軽く吸って地面を蹴って真上に向かって勢いよく上昇する。
「だけど、これを取るのは至難の業かも〜〜!」
目の前をあっという間に通り過ぎてしまった茶色の実。
そう叫んで慌ててゆっくりと羽ばたきを止めて、翼を大きく広げて少し下降する。
しかし、目的の木の実がある位置で上手く止まれない。無駄に羽ばたいては上がったり下がったりを繰り返す。
「ホバリングはもっと無理〜〜!」
安定しない高さにそう叫んで、張り出した木の枝を手を伸ばして掴む。
なんとか一瞬だけどホールド出来たので、必死にもう片方の手を伸ばして近くにあった茶色の実を掴んだ。
「よし! 取れた!」
ちょっと硬かったけれど、落ちながら引っ張ったらそのまま千切れたので、とりあえず一つ確保出来た。
「ええと、これはどんな味がするんだろう?」
掴んだそれは、表面はゴツゴツとしていて硬く、あちこちひび割れている。
少し考えて両手で持って半分に割れないか試してみた。
「おお、簡単に割れた。へえ、案外中は柔らかいのね」
硬い皮が音を立てて割れると、中はふわふわで簡単に二つに割る事が出来た。
「ええ、何この香り。焼きたてのパンみたい」
突然感じた、よく知る香りに目を見開く。
半分ずつに割れた断面は、フランスパンみたいに大小の穴がボコボコに空いてる。
「フランスパンみたいね。じゃあまさかとは思うけど、皮も食べられるの?」
硬い表皮を少しだけ剥がして齧ってみる。
モグモグモグ……。
「うん、間違いなくこれはパン。しかも私の大好きなフランスパン風。これで中身がもっちりだったら最高なんだけどなあ」
今度は中身だけを少し千切って口に入れてみる。
「ああ美味しい。ちょっと塩味まで効いてて、これはまさしくフランスパンよ!」
感激のあまりそう叫んで、その後は夢中になって残りを平らげた。
「じゃあもしかして、あの白いのって……」
深呼吸をしてから、もう一度飛び上がる。今度はさっきよりも上手く、数回上下しただけで目的の白っぽいのを掴む事が出来た。
「予想通り。これはホワイトフランスっぽい!」
食べてみて嬉しくなる。
これは中も外も柔らかなホワイトフランス。硬いパンが苦手な人でも食べられる、あのパンとこの白い実はほぼ同じだった。
「ふう、二つ食べたらお腹いっぱいになったわ。本当にありがとうね」
木の枝に留まってパンの実を食べる私を見ていた鳥達が、また羽ばたいて一斉に飛び上がる。
「こっちこっち」
「こっちこっち」
まだどこかへ連れて行ってくれるみたい。
大きく翼を広げて青い小鳥達の後を追った。
しばらく大きな森と幾つかの泉の上空を飛んで、到着した場所には巨大な祠のような石造りの建物があった。
「ええ、これってどうみても人工建築だよね! 誰かいるの〜〜!」
そう叫んで祠に駆け寄り中を覗き込む。
入口らしき場所に扉は無く、幅は1メートルほどで3メートル近くの高さがある。
「これは……駄目だわ」
目に飛び込んできたのは、ガランとした何もない大きな広い部屋だけ。
どうやら建物がそのまま一つの部屋になっているらしく、入口は今いる一箇所だけ。
見上げればはるかに高い天井と、上部に開けられたいくつかの窓らしき空間。
ピカピカに磨かれた石の床には不自然なほどに傷の一つも無い。
部屋の隅に枯れ葉や小枝が散らかるだけで、家具の一つも見当たらない何もない部屋は、期待した、誰かが住んでいる様子は皆無だった。
「だけど、これは間違いなく人工の建築物よね。ねえ、ここは誰かが管理してたりするの?」
扉と向かい合う高い位置に開いた、窓のような箇所にさっきの青い小鳥達が並んで留まっている。
ぎゅうぎゅう詰めにくっついて並んでいるその光景は、無条件に可愛らしい。
「ここははるか昔の、@@@……のいた跡」
「今は私達の巣がある場所」
「え? 何のいた跡だって?」
「###……のいた跡」
残念だけど、何度聞いても肝心の部分の発音が聞き取れない。
「その何とかって人達は今どこにいるの?」
その謎の存在がなんであれ、これだけのものを作れるのなら少なくとも知的生命体のはず。
会えるなら、なんとかして会いたい。
「彼らははるか昔に去って行ってしまった」
「以来ここは打ち捨てられたまま」
「けれど安全」
「安全安全」
得意気な鳥達の言葉に、何も無い広い部屋を見回す。
「ここは、安全なの?」
すると、一羽の青い鳥が私のところに飛んで来て肩に留まった。
「日が暮れると森にはジェムモンスターが現れる」
「だから森にいてはいけない」
「危険危険」
「水場も危険」
「奴らの集まる場所になる」
「だから夜はここにいて」
「ここにいれば安全安全」
「安全安全」
何でもない事のように言われて目を見開く。
「ええと、ジェムモンスターって……何?」
思いっきり嫌な予感がしてそう尋ねる。
「ジェムモンスターはジェムモンスターだよ?」
「危険危険」
「だからここにいて」
次々に飛んできた青い小鳥達が、口々にそう言って私の髪や袖を引っ張る。
「そうなのね、ありがとう。じゃあ、とりあえず今夜はここで過ごさせてもらうわ」
気付けば、そろそろ外は薄暗くなり始めている。
もしもこの子達に出会えていなかったらどうなっていたかを考えて、背筋が寒くなった。
「でも、ここにそのまま寝るのはちょっと体が痛くなりそう……」
ツルツルの石の床を見て少し考えて、外に出て落ち葉を集めて急いで戻って来た。
建物の外には、最初に見たうちわみたいな大きな葉っぱが沢山落ちていたのだ。
「無理矢理だけど、何も無しで寝るよりはマシよね」
そう呟いて部屋の隅に落ち葉を何度か運んで敷き詰め、即席の落ち葉のベッドを作る。
「まあ、何もないよりはマシよね。どれどれ」
自分の仕事に満足して頷くと、落ち葉のベッドに寝転がってみる。
意外に柔らかなクッションと、ミントみたいな爽やかな香りに思わず笑みがこぼれて深呼吸をする。
「自分で作って言うのもなんだけど、これ最高かも……ふああ、疲れた……」
小さく呟いて目を閉じると、もう、襲ってくる眠気に抗う事は出来なかった。
「おやおやお疲れ?」
「お疲れお疲れ」
「おやすみおやすみ」
「おやすみだね〜」
周りに集まって来た青い小鳥達が、楽しそうに笑いさざめいていたのだけど、もうその時の私は完全に眠りの中に囚われて応える事も出来ずにいたのだった。




