告白と涙
「じゃあもうそろそろ昼食の時間ね。このまま食堂へ行きましょうか」
施療院を出たところで気分を変えるみたいに明るい声でそう言われて、私も笑顔で頷く。
「そうね、ちょっとお腹空いたわ」
顔を見合わせて頷き合うと、そのままホームの建物の一階にある食堂へ歩いて向かった。
正直に言うと今の気分は最悪で、もしもリッティが側にいてくれなかったら一人で部屋に閉じこもってメソメソと泣いていただろう。
まあ今の私だと、そもそも自分の一人では部屋に戻れないんだけどね。
ちょっと自虐的な気分でそんな事を考えつつ、リッティと並んで食堂へ入っていく。
「ああ、ルリ〜〜! 朝はいなかったけど食べなかったの? 寝坊した〜〜?」
満面の笑みのチムニーが、食堂へ入った途端に私を見つけてものすごい勢いで駆け寄ってきて飛びつく。
「うん、ちょっと寝坊しちゃった」
誤魔化すように笑って答えながら、胸元に飛び込んできた小さな体を抱き止めてやる。
「あのね! ほら見て!」
私の腕から離れてくるりと回ったチムニーが自分の背中を私に向ける。
「ほら見て! 羽鞘が生えてきたんだ!」
そう言って、背中にある小さな翼を広げて見せてくれる。
まだ産毛だらけのとても小さな翼だけど、確かにそこに棒状の羽鞘がいくつも突き出すようにして生え始めていた。これが出てきたと言う事は、もうあっという間に産毛が抜けてすぐにしっかりとした羽が生えてくるだろう。
「うわあ、凄いじゃない」
思わず私も笑顔になってそう言い、チムニーの頭を撫でてやる。
「頑張って練習して早く飛べるようになる。すぐにルリの手を引いてあげるようになるから、一緒に飛ぼうね!」
無邪気なその言葉に頷こうとしたけれど、不意にあふれてきた涙に目の前が見えなくなる。
「ええ、どうしてルリが泣くんだよ! 俺、何かいけない事言ったか?」
慌てたチムニーの声がして、しゃがみ込んだ私の肩や背中を必死になって撫でてくれる。
「ち、違うの。ごめんね。ありがとうね」
なんとかそれだけを言って、チムニーを抱きしめる。
涙は止まらず、私はチムニーに縋り付くみたいにしてポロポロと涙をこぼした。
「なあリッティさん、ルリどうしちゃったんだ?」
チムニーの困ったような言葉に、リッティが小さなため息を吐く。
「ルリ、ほら立って。チムニーが困ってるわよ」
「うん、ごめんなさい」
何とか立ち上がると、食堂にいた全員から大注目を浴びている事に気づいて耳まで真っ赤になる。
「ルリ姉さん、大丈夫? どこか痛いの?」
何人かの小さな子供達が心配そうに駆け寄って来て、次々に私の手を取ってそう言ってくれる。
「ご、ごめんね……大丈夫、だから……」
止まらない涙を慌てて拭ってなんとか笑って見せる。
小さな子達は私がそう言って笑ったのを見て、安心したみたいに笑って手を振って席へ戻って行く。
そしてある程度の年齢以上の子達やパムをはじめとした大人達は、心配そうに私を見つつも今はそっとしておくことにしたみたいで、何事かと聞きに来られる事は無かった。
「それで、何があったんだよ?」
なんだか久しぶりのここでの食事を終えて水石の水を飲んでいると、隣に座ったチムニーが私を見上げて無邪気にそう尋ねてきた。
無言で慌てるリッティを見て首を傾げるチムニー。周りの子供達も興味津々で私を見ている。
小さなため息をついた私は、チムニーに向き直って笑った。笑ったつもりだった。
「あのね、私……飛べなくなっちゃったの……」
消えそうな声で、情けない告白をする。その瞬間にまた涙が頬をこぼれ落ちていった。
一瞬、食堂中が静まり返り、次の瞬間全員が一斉に叫んで立ち上がって私の元へ駆け寄って来た。
だけど全員が一斉に口を開いた為にものすごい音になったけど、何を言ってるのかさっぱり分からない。
また一瞬だけ食堂の中が静まり返り、その直後にまた全員同時に口を開いたものだから、やっぱり何を言ってるのかさっぱり聞こえなかった。
私の周りに集まって来た人達も何か叫んでるけど、全く言葉が聞こえない。
気が付けば、食堂中が大騒ぎになっていたわ。
「ちょっと落ち着きなさい! 全員着席〜〜!」
その時、私の近くで一人だけ座っていたパムがゆっくりと立ち上がり、大きな手で一度だけ手を打ち鳴らして大声を上げた。
全員が口をつぐんでパムを見上げ、申し訳なさそうに謝ってそれぞれの席へ戻ってくれた。
全員が席についたのを確認してから、パムが口を開いた。
「ねえ、ルリ。今の話は本当なの? 飛べなくなったって……怪我でもした?」
口を開きかけたリッティの膝を手で叩いて、私は頷いてパムを見上げた。
「怪我をしたわけではないんだけど、今朝起きたら……怖くてどうしても飛べなかったんです。実は昨日、ちょっとお酒を飲ませて貰って酔っ払って、部屋に帰る時に飛び損なって落ちかけたんです。その時は酔ってるせいだと思ってました。それが、今朝起きてみたら……」
「飛べなかった?」
無言で頷く私の肩を、リッティが心配そうに撫でてくれる。
「たまたま落ち掛けた彼女を私が見つけて、なんとか確保したので怪我はしてないわ。だけど、今朝彼女は部屋から出られなかった。それで私が確保してとにかく下に降りたんです。氷室で肉の引き渡しの時にも、棚に飛び上がろうとして失敗して背中から落ち掛けてたわ。それで、念の為施療院へ連れて行ったの」
「それでどうだったの?」
食堂中が、息を潜めて二人の会話を聞いてる。
「ミルキー先生に診て貰った。少なくとも外傷は無くて、おそらく心の問題だろうって」
「あらら、それは大変。じゃあしばらく無理は禁物ね」
ざわめく食堂を見回して、パムは平然とそう言ってくれた。
過剰な心配をせずに、軽く流してくれる気遣いに今は感謝しかない。
「それで、ほら。彼女はここへ来た時には何故か飛べていたから基礎の訓練をやってないでしょう? 先生は、気晴らしを兼ねて子供達と一緒に、基礎の訓練をやってみればって」
リッティの言葉に、パムは頷いて私を見た。
「ああ、確かにそれは良いかもしれないわね。どう? やってみる?」
「ルリ、一緒にやろうよ! どっちが早く飛べるか競走しようよ!」
チムニーが、良い事思いついたと言わんばかりに目を輝かせて私の手を取る。
「迷惑じゃない?」
「全然! ルリと一緒に訓練出来るなら俺は嬉しい!」
「俺も一緒にする!」
「私もする〜〜!」
チムニーの言葉に続いて、全部で六人の子供達が目を輝かせて集まって来た。
よく見ると、どの子の翼も羽鞘が生え始めている。
「うん、うん……よろしくね」
また泣きそうになりつつもなんとかそう言うと、何故かあちこちから拍手が聞こえて来た。
「ルリ姉さん凄い!」
「頑張ってね! 何か協力出来る事があれば、なんでもするから遠慮なく言ってね!」
「そうだよ。なんでも手伝うから泣かないで!」
カーク君やキース君、それからチムタムに口々にそう言われて、また泣き出してしまう。
突然飛べなくなって不安でいっぱいだけど、安心も出来た。
ここの人達は、どんな私でも受け入れてくれるって分かったから。
改めてここに来れて良かったと思いつつ、チムニーに抱きついて涙をこっそり拭った私だった。




