青い鳥達と木の実
「あれあれ? 人の子がいるよ」
「だけどおかしいね。人の子の気配なのに翼があるよ?」
「ほんとうだね」
「ほんとうだね」
「へんなの」
「へんなの」
突然背後から聞こえたその可愛らしい声に、水を飲んでいた私は文字通り飛び上がった。
その瞬間、周りにいた小鳥達が私の突然の動きに驚いて一斉に飛び立つ。
「だ、誰?」
慌てて辺りを見回したけれども、見える範囲には人影はない。
「……あの、誰かいますか?」
しばしの沈黙の後、恐る恐る周囲に向かってそう話しかける。
しかし、どこからも答えは無い。
「あの! 誰かいますか?」
今度はもう少し声を大きくして叫んでみる。
しかし、どこからも答えは無い。
またしばらく黙って反応を待ったけど、残念ながら反応ゼロ。
大きなため息を吐いた私はゆっくりと立ち上がった。
「あの、もしかしてここは誰かが所有する水場だったの?」
全く反応は無いが、誰かが聞いてくれているかもしれないという一縷の望みにすがって、私は必死になって喋り続けた。
「あの、私は瑠璃って言います。山下瑠璃です!」
一応、自分から名乗ってみたけどやっぱり反応は無し!
「あの、どうしてか全く分からないけど、突然この世界に来たみたいなの。しかも背中に翼があるのよ。もちろん今まで翼なんて無かったのよ。だけど飛んでみたら飛べたの。ええと、さっきまでいた場所は何も無い森の外れで、それで水を求めてなんとか飛んでここまで来たの。勝手に飲んだりしてごめんなさい!」
一気にそこまで喋って反応を待つ。
だけどやっぱり、相変わらずの無反応。
だんだん腹が立ってきた。
「ねえ、何処にいるのよ! 返事くらいしてくれてもいいじゃない! それとも、こんな小娘が怖いの?」
あえて煽るような言い方をしてみたがそれでもやっぱり無反応。
「どうして返事してくれないのよ……お願いだから、答えてよ……」
一方的に話し続けていて急に悲しくなってきた。
訳がわからない今の状況に、自分の感情を上手くコントロール出来ない。
だって、目が覚めたら全く知らない未知の世界で、何故かはわからないけど自分の背中から大きな翼が生えてて、しかもその翼は飾りなんかでは無く実際に飛ぶ事が出来て、でもそのおかげで何とか水のある場所まで飛んで来れた。
水が飲めて安堵したのも束の間、今度は声は聞こえど全く姿が見えない誰か。
途方に暮れて泣き出しそうになるのを必死で我慢していると、いきなり声が聞こえた。
「目の前にいるのに見えてないの?」
「へんなの」
「へんなの」
「でも翼があるからやっぱり仲間なのかなあ?」
「どうかな?」
「どうかな?」
さっき聞こえた、まるで子供みたいな可愛らしい声。
目を見開いて、必死になって目の前を見る。
「……小鳥?」
少し離れた場所にあった低木の茂みには、何羽もの綺麗な青い色の鳥が留まって私を見ていた。
「まさか、あなた達なの?」
まさかとは思うが、先程の『目の前にいるのに見えていない』という言葉から察するに、どう考えてもあの声はこの小鳥達の声という事になる。
「やっと見えたね」
「見えた見えた」
「じゃあやっぱり仲間なのかなあ?」
「どうだろうね?」
「どうだろうね?」
楽しそうに賑やかに囀るようにして喋っている青い鳥達を呆然と見つめる。
大きさはスズメくらい。真っ黒な小さな尖った嘴とスズメよりも長めの尾羽。
「へえ、可愛い。ねえ、さっきの声はあなた達なの?」
内心では驚きつつ、できるだけ平静を装って聞いてみる。
「そうだよ」
「そうだよ」
嬉しそうに答える鳥達を見て決心した。
この際言葉が通じるんだから、何でも良いから聞いてみよう。
「あの、私お腹が空いてるのよ。ここには何か食べられるものってある?」
答えが返ってくるとはあまり期待していないが、当面の一番の重要案件を聞いてみる。
だって、水を飲んで思ったんだもの。私、めっちゃお腹が空いてる。
「こっちこっち」
「こっちこっち」
いきなり羽ばたくと、小鳥達は軽々と舞い上がった。
「ああ、待って!」
慌てて追いかけて走り出す。
しかし、走っていてすぐに我に返った。
「違うわ。ここは飛んで追いかけるべきところよね」
茂みの向こう側へ飛んでいってしまった小鳥達を追いかけて、私はもう一度翼を広げて地面を力一杯蹴った。
「こっちこっち」
「こっちこっち」
パタパタと羽音を立てて飛んでいく青い鳥を追いかけて、私も茂みの上をバサバサとやや蛇行しながら飛んで行く。
すると、すぐに目的地らしい場所に到着した。
先程の泉から少し離れた奥まった場所にあったのは、直径3センチくらいの赤くて丸い実をつけた低木の茂み。
艶々とした赤い実はいかにも熟して食べ頃ですって言ってるみたいに見えた。
「何となく見かけはブルーベリーっぽいけど、色が違うわね」
そっと手を伸ばすと、茂みの中から先程の綺麗な青い鳥がぴょこんと顔を出した。
その鳥は逃げる様子もなく私の手を突き、それから赤い実を突っついた。
「食べてみろって事ね」
勇気を出して、一粒ちぎって口に入れてみる。
「あ、甘い……」
噛んだ瞬間に、強い酸味を感じたが、中から溢れた果汁は砂糖みたいに甘い。だけど全然嫌な甘さでは無い。
口の中のそれを飲み込んで大きく息を吐いた私は、あとはもう夢中になって真っ赤な実をちぎっては口に入れた。
二十粒くらい食べたところで、さっきの青い鳥達がまた私の手を突っつく。
「ありがとうね。すっごく美味しい」
近寄ってきた小鳥に笑顔でそう話しかける。
「こっちこっち」
「こっちこっち」
また羽ばたいて、何処かへ行こうとしている。
「まだ何かあるの?」
不思議に思いつつも素直についていく。
今の私にとっては、あの小鳥達が教えてくれる情報が命綱みたいなものだもの。
今度は茂みを飛び越えて、その奥にあった小さな林のさらに向こう側へ出る。
この浮き島もかなりの広さがあるらしく、今の視界は全て森の木々と点在する草地で埋め尽くされいてる。
「こっちこっち」
「こっちこっち」
目の前を飛ぶ小さな小鳥達を追いかけて、私はゆっくりと羽ばたきながら次は何があるのかと密かに期待に胸を膨らませていた。




