涙と子守唄
「ちょっと、大丈夫? どこか怪我してない?」
しっかりと私を抱き抱えてくれたリッティが、慌てたようにそう言って私の顔を覗き込む。
「ふ、ふええ〜〜〜〜〜」
彼女に抱きついた私は、そのまままるで子供みたいに声を上げて泣き出した。
一度決壊した涙は止まらなくて、後から後から絶える事なくあふれてくる。
「ええ、ちょっと!」
焦りつつも私を放り出す事もせず、抱きかかえたままオロオロと周りを見回してるリッティ、優しい。こんな酔っ払い、その辺に転がしておいてくれても構わないのに。
「とにかく、部屋へ行くわよ」
小さなため息を吐いて私を抱いたまま軽々と羽ばたいたリッティは、遥か頭上にある部屋までひとっ飛びで飛んで行ってくれた。
「……ルリ、あなた、もしかして酔ってる?」
お酒の匂いに気付いたリッティが、呆れたみたいに小さく笑って私の額を突っつく。
「酔ってなんか、ない、です! ちょっと、ちょっと飲ん、だ、だけ……」
顔の前で手を振る私を見て、大きなため息を吐くリッティ。
「嘘おっしゃい。もう、何かあったのかと思って本気で心配したのに」
苦笑いする彼女を見て、また涙があふれ出す私。
今の私はもう完全なる酔っ払い。だけど頭の中に妙に冷めた部分があってその冷静な私は呆れたみたいに酔っ払って泣いてる私を見つめていた。何だか不思議な酔い方。
「だってね、だってね、チムニーがお嫁さんだって、で、それでえっと……グレイさんと、ワルターさんがね……お嫁さんでえっと……お酒をね、お肉が美味しくって、ええと、ごちそうさまして……」
「分かった分かった。良い子だからもう今夜は休もうねえ。ほら、これで顔拭きなさい」
笑って絞った柔らかい布で顔を拭いてくれる。
これって完全に介護されてる……。
ようやく涙が止まった頃に、次に差し出してくれたのはマグカップに入った水。
「これって、水石の、水?」
「そうよ、美味しいでしょう?」
「うん、これ、美味しいよねえ……なのに、どうして、飲まないのかしら……ねえ」
「ええ? 誰が飲まないの?」
驚くリッティに、私は一気に飲み干して空になったマグカップを差し出す。
「こ〜んなに美味しいのに、飲まないなんて、馬鹿よ、ねえ……人に、迷惑、かけてさ……」
頭がぐらぐらする。
支えられずに、私は床に座ったまま仰向けに転がる。折り畳んだ翼が邪魔で以前みたいに仰向けになれない。
そのまま横向きに転がって、手元にあった柔らかい何かを掴んで引っ張る。
「誰だって……嫌な事の、ひとつや、ふたつや、みっつや、よっつくらい、あるわよ!」
「またずいぶんと多いわねえ」
「それなのに、無い物ねだりして、結局、自滅して、馬鹿よ! 本物の馬鹿よ!」
床に転がったまま、じたばたと暴れるみたいにしてそう叫んで、引き寄せた柔らかい何かにしがみついた。また涙があふれてくる。
「私は……今、自分がぁ……いる場、所、でぇ……頑張る、って……決めたのっ!」
「はいはい、分かったからもう寝なさいって」
笑って頭を撫でられる感覚があって、また柔らかい何かにしがみつく。
その時、耳元で優しい歌声が聞こえて来た。
初めて聞く歌だけど、不思議と懐かしくて優しいメロディ。優しい包み込むようなその歌声にうっとりと聞き惚れてしまう。
優しく背中の翼の間の所をそっと撫でられ、ぽんぽんと一定のリズムで叩かれる。
聞こえてくる歌声に惹かれて、目を閉じる私……。
「素敵、な、歌……私も、一緒に……歌う……」
もう一度優しく撫でられ、何故か体がゆっくりと揺らされてるんだけど、それがとても心地良い。
何か言おうとしたんだけれど、その辺りで私の記憶は完全に途切れて何も分からなくなってしまった。
「ううん……」
ぼんやりと戻ってきた意識の中で、不意に頭の中に響いた酷い頭痛に私は顔をしかめて呻き声を上げた。
口の中もカラカラ。
「頭痛い……うう、これってもしかしてもしかしなくても、二日酔いよね……」
右手でしがみついていたいつもの抱き枕から手を離して、右のこめかみの辺りを抑える。
しばらく目を閉じて酷い頭痛が治るのを待っていると、不意に頭上で誰かの笑う声がして飛び上がった。
「だ、誰!」
起き上がってそう叫んだつもりだったけど、残念ながら私の体は全く動いていなくて、情けない消えそうな細い声で誰だと言っただけで終わっていた。
「誰って言われてもねえ。強いて言えば今はあなたの抱き枕役よ」
笑って告げられた内容と、今度ははっきりと誰の声か分かって驚きに目を開く。
ぼんやりとピントの合わない目を何度か必死になって瞬き、ようやく見えるようになったところで今度は絶句する事になった。
だって、私は左向きに横になっていたんだけど、何故か向かい合わせに横になったリッティさんの右腕に完全にしがみついていて、更には彼女の豊かな胸元に半ば顔を突っ込むみたいにしていたんだもの。
当然目の前は、私とは違う豊かな胸。ああ、なんて柔らかいの……。
現実逃避しかけて、我に返って血の気が引く。
「ええと……」
上目遣いにリッティを見上げると、今度は遠慮なく吹き出した彼女の左手に思いっきり頭をくしゃくしゃにされた。
「ようやくのお目覚めね。本当にこの酔っ払いが!」
「も、申し訳ありませんでした〜〜〜〜!」
大笑いする彼女の予想通りの言葉に、私は横になったまま何とかそれだけを必死になって叫んだのだった。
ああ、駄目……大声出すと、頭に響くわ。




