決意と悪酔い
「もしも帰れる手段があったとしても、私は帰らないわ。私は、ここが良い」
もう一度、チムニーを見つめてはっきりと声に出して断言する。
それは、半分は言葉にする事で自分自身に言い聞かせるという意味もあった。
そして改めて口に出した事で、何かが自分の中ですとんと収まるべきところに収まったような不思議な気持ちになった
そう。それは私自身が、ここで生きていくんだって大切な覚悟を自覚した瞬間でもあった。
「よかった〜! ルリは何処にも行かないって〜〜!」
私の腕に縋るみたいにしがみついたチムニーが、笑ってそう叫んではまたポロポロと涙をこぼした。
「泣くのか笑うのか、どっちかにしなさ〜〜い!」
密かに感動していたのを誤魔化すように大きな声でそう言って、チムニーのぷくぷくのほっぺを両手で掴んで揉んだり引っ張ったりしてやる。
「ううん、相変わらず良い伸び具合ねえ」
赤ちゃんみたいな柔らかな頬の感触を楽しんでいると、横からチムタム達の吹き出す音が聞こえた。
「チムニー、もっと頑張らないと完全に子供扱いよ」
「まあ、実際まだまだ産毛の生えた子供なんだけどなあ」
何故か席を移動してきて私のすぐ隣に来ていたワルターさんが、もうおかしくて堪らないと言わんばかりの笑顔でそう言ってチムニーの頭を手を伸ばして突っつく。
その隣では、苦笑いしたグレイさんも、チムニーの翼をからかうみたいに軽く引っ張っては突っついている。
「だって、俺はルリが大好きなんだから、いなくなるなんて絶対に嫌だったんだもん」
顔を真っ赤にしつつも、自分を見て笑っているワルターさんに向かって雄々しく宣言する。
「そうよね。我が弟ながら偉いわ〜〜よく言った!」
チムタムが笑いながらそう言って、新しい串焼き肉をチムニーの目の前に差し出す。
「ほら、あげるから食べなさい」
「いいの! やった〜〜!」
まだ赤い目をしつつも目を輝かせて貰った串焼き肉に齧り付く姿は、さっきまでの凛々しさは何処へ行ったのか、もうすっかり年相応のやんちゃな男の子の顔になってる。
「ううん、これがギャップ萌えっていうのかしらね。でも年齢的にさすがにアウトよね」
何かのドラマで聞いた言葉を不意に思い出して小さく呟き、私も残っていた味付き肉の最後の一切れを口に入れた。
何故だか分からないけど、隣に座ったワルターさんとグレイさんが頭を抱えて机に突っ伏していたわ。
結局、チムニーの俺のお嫁さん宣言はそのまま有耶無耶になってしまい、カーク君とキース君は友達の所へ揃って移動していったので、私の席にはチムタムとチムニーとパム、それからワルターさんとグレイさんだけが残っていた。
私以外は、まだ追加の肉を取ってきては嬉々として平らげている。
「はあ、ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいだしもう飲めません」
もう動けないくらいにお腹いっぱいになった私は、彼らに聞こえるように大きな声でそう言って手を合わせた。
だけどその後もまだ、私のグラスに隙あらばお酒を注ごうとするワルターさんと、同じく隙あらば空になったお皿に追加の肉を乗せようとするチムタムとの攻防戦を繰り広げながら、彼の隣に座ったグレイさんの横顔を私は密かに覗き見していた。
さっきの、チムニーの凛々しい俺のお嫁さん宣言の時、彼は完全に冗談だと思って面白がるみたいに笑っていた。
別に、私達の間に何かある訳じゃあないんだからそれで良いんだろうけれど、私は先程から自分でも何故だかよく分からない何だかモヤモヤした感情に覆い尽くされていて、私の機嫌は降下の一途を辿っていたのだった。
「ちょっと、眠くなって来たので、先に休ませてもらいますね」
これ以上ここにいたら、酔った勢いで誰かに絡んでしまいそうだったので、大きなため息を吐いた私は、少し大きめの声でそう言って立ち上がった。
「ええと、明日の予定って、どうなってるんですか?」
そういえば、まだ預かった肉の大半を持ったままだ。
時間経過は無いみたいなのでそのまま預かっていても問題無いんだけど、明日も採集に行くのなら出来ればあの大量のお肉は出しておきたい。
「ああ、明日は交易品の荷物の整理と仕分けをするから採集には行かないよ。ルリは午前中は氷室の連中と一緒に、預かってる肉の整理と仕分けをお願いしてもいいかな。氷室へ行く時は厚着して上着を羽織って行くんだよ」
「分かりました。さっき帰ってきてすぐに、肉を渡しにそのままこの格好で氷室の中へ入ったら指先まで冷え切るくらいに寒かったです」
苦笑いする私の言葉に、パムも笑って頷いていた。
「分かるわ。ついそのまま入っちゃうんだよね。ちょっと何かを取ってすぐ出るくらいならそれでも良いんだけど、ある程度の時間を中で過ごすってわかっているのなら、それなりの装備で行かないとね」
「じゃあ、おやすみなさい」
もう一度ため息を吐いた私は、出来るだけいつも通りに座っている彼らにもそう言って手を振り、そのまま自分の部屋のある建物へ走っていった。
何故か、飛ぶ気分じゃなかった。
ようやく見慣れた建物の中へ駆け込む。
一人になった途端に、不意に目の前が滲んで私は両手で顔を覆った。
何故泣く? 自分で自分の感情が分からない。
きっとこの訳の分からない感情は酔っ払っているせいだ。
全部お酒のせいにした私は、大きく息を吸って見上げた自分の部屋へ向かって大きく羽ばたいて飛びあがった。
だけど、何故かコントロールが上手くいかない。
「ええ、ちょっと待って!」
いつもなら何も考えずに軽々と部屋まで飛べるのに、ふらふらと飛び上がった私の体はいつもの半分くらいまで上がったところで急に失速して、そしてそのまま……墜落した。
「危ない!」
誰かの叫ぶ声と同時に、羽ばたく音とものすごい衝撃。呆然とする私の体は、誰かがしっかりと抱えてくれていた。
「ちょっと、大丈夫? どこか怪我してない?」
慌てたようにそう言って私の顔を覗き込むリッティの顔を見た途端に私の涙腺は崩壊して、気がついた時には私は彼女に抱きついたまま号泣していたのだった。
ええ、きっと全部お酒のせいよ。




