氷室とワイバーンの肉
「預かってるお肉を返しますけど、どこに置かせてもらったらよろしいですか?」
倉庫に駆け込んだ私を、何人かの倉庫組の人達が笑顔で振り返る。
「ああ、おかえり。悪いんだけどルリが持ってる分は向こうの倉庫の氷室に持っていってくれるかい。そっちは今日は使わないからね」
私に気付いたパムが、そう言って少し離れた所にある別棟の大きな倉庫を指差す。
「了解です。じゃあ先に渡して来ますね」
「ああ、よろしく。それから今夜は庭で皆で肉を焼くからね。そりゃあとろけるくらいに美味しいから楽しみにしてるといいよ」
「はい、グレイさんからもそう聞きました。お腹空いてるんですっごく楽しみです」
笑顔で答えると、あちこちから笑い声と共に絶対美味しいからしっかり腹を減らしておけと言われた。
「はあい、じゃあ楽しみにしてます!」
手を上げて笑ってくれた皆に手を振り返して、私は言われた奥にある別棟の倉庫へ行くために、大きく地面を蹴って飛び立った。
この氷室とは、文字通り壁面を氷で埋め尽くされた冷蔵庫状態の部屋で、肉や野菜の保存場所として使われている。はっきり言って物凄く寒い。
何でもこの氷はここの建物だけが作れるもので、これも巨人の遺跡の産物なんだそうだ。動力にはジェムモンスターから採れるジェムを使っているんだって。そりゃあグレイさん達が定期的に狩りに出ていくわけね。
ちなみに、中にいると時折なんとなくモーターっぽい音が聞こえているのだけど、私程度の科学知識では、残念ながらここの機械の構造を全くかけらも理解出来ませんでした。
「おう、ご苦労さん。じゃあ。ここに出してくれるか!」
ノックしてから氷室の扉を開くと、広い真ん中部分に大きな机が並べられていて、エプロンをして大きな包丁を持った大柄な人達が一斉に振り返った。
大丈夫って分かってるけど、これはちょっと怖いって。
この大きな机はいつもは無いから、きっと肉を切ったりするための作業台として用意したのだろう。
「ええと、すごく沢山あるんですけど、全部出して良いですか?」
さすがにお肉を地面に直起きするわけにはいかないので、ちょっと悩んでそう尋ねた。
どう見ても、この机には乗り切らない量だものね。
「ええ、そんなにあるのか?」
「はい、いつもよりもかなり多いって言ってましたよ」
「じゃあ、幾つかここに出してもらって、残りはあっちの棚に置いてもらっていいか」
「了解です。じゃあ大きめのを出しますね」
そう言って、預かってる肉の塊を、ゆっくりと取り出して机の上に出す。うっかり持ち上げたら腕が折れそうなレベルの重さだからね。
綺麗な薄ピンク色の肉の塊を取り出すと、全員から歓声が上がった。
「おお、こりゃ素晴らしい。もしかして、他もこんな感じか??」
「そうですね。あとは、これとか。これとか」
最初に出したのは綺麗なサシが入ったお肉で、サーロインっぽいから多分一番良い部分。次に出したのはいわゆるテール肉、それからもも肉の巨大な塊も取り出して置いた。
いきなり一人が笑い出し、つられて全員が笑い出す。
「いやあ、最高の眺めだな。もう毎回ルリちゃんには肉運びの為だけに行ってもらいたいよ。いやあ最高だ」
そう言ってもも肉をぺしぺしと叩く。
ちなみに私が肉を取り出した途端に、氷室の中はとってもスパイシーな香りに満たされてます。
「それにしても、生肉なのにこのスパイシーな香りはどういう訳なんですか?」
言われた棚に残りの肉の塊を取り出しながらそう尋ねると、切り分けた肉をお皿に並べていたこの中では小柄なセシルさんが振り返った。
「地上に見学に降りたのなら、捌く前の落ちてるワイバーンを見ただろう?」
「はい、すっごく大きくてびっくりしました」
「そう。すごくデカいし、性格は凶暴そのもの。非常に危険なモンスターだ」
そう話ながらも手は動いていて、大きなテール肉を幾つもの塊に切り分けている。
「ジェムモンスターとは違うんですね」
「そりゃあ違うよ。ワイバーンは血肉を備えた生き物だから、ジェムを核にして生まれるジェムモンスターとは、そもそも成り立ちからして全く違う生き物だよ」
その辺りの違いはまだ私には実感としては感じられない。でもまあ、違うんだって事だけはなんとなく分かったけどね。
「ワイバーンは肉食で、主に野生動物を襲ってそれを食べている。場合によっては俺達翼人だって奴らの餌認識されて、襲われる事があるほどに危険なモンスターだ」
その話もかなり詳しく聞いているので素直に頷く。
「他にはジェムモンスターも喰らう。もちろんジェムごとな。それ以外に何故かある種の薬草やハーブを好んで食べるんだ。この肉の香りはそのせいだって言われてるな」
ハーブを食べたから体臭にその香りが付く事は無いと思うんだけど、確かにそう考えたくなるくらいに、本当に良い香り。
「まあ、なんであれ美味いんだから良いじゃないか。これを体を張って狩ってくれる狩猟組に感謝だな。俺だったら、あんなのに出くわしたら怖くてちびっちまうよ」
態とらしくそう言って震える振りをするセシルさんを見て、私も震える振りをする。
「いや、冗談抜きで寒くなって来たわ。ちょっと一度出ても良いですか」
指先は、いつの間にか氷みたいに冷え切ってる。
「ああ、悪かったな。そりゃあその薄着だったら寒いよな」
慌てたようにセシルさんがそう言って、扉を指差す。
「良いから一度出てくれ。肉が無くなったらまた呼ぶから、今度は厚着をして来てくれるか」
「そうですね。次はマントを羽織ってから来ますね!」
剥き出しになった腕をさすりながらそう言って笑い、ひとまず外へ逃げる。
氷点下ってわけじゃあないんだろうけど、薄着で入ると本当に寒いんだって。
「はあ、あったかい」
いつもは暑いくらいなんだけど、冷え切った今の体には心地良い。
まだ冷たい手を擦り合わせながら大きく深呼吸をした私は、目に入って来た光景に歓声を上げた。
そこには、いつの間にかバーベキューパーティーの会場が設置されていたんだもの。
「ルリ〜〜! こっちこっち!」
満面の笑みで手を振るチムニーの呼びかけに私も笑顔で手を振り返して、そのままチムニー達のところへ駆け寄って行ったのだった。




