失敗と再挑戦
「行け〜〜〜!」
勇気を奮い起こすかのように大声でそう叫んだ私は、地面を思いっきり蹴って真上に向かって高く飛び上がった。
それにタイミングを合わせて翼を大きく羽ばたかせる。
「うわあ! 本当に飛んだ!」
飛べれば良いと思った。
だからこそやってみた。
だけど、まさか本当に自分の体が浮くなんて!
バサバサと、ややぎこちない動きで大きく羽ばたく私は、もがくようにしながらもどんどん真上に向かって上昇していく。
気が付けば、五階建てのビルくらいの高さがあった、あの森で一番高い木と同じくらいの高さにまで私は上昇していた。
「すごい、本当に飛んでる……」
感動に震えつつそう呟いた後、迂闊に足の下を見てしまった私は震え上がった。
さっきまで立っていた苔の群生地が、まるで緑色の雫みたいに小さく見える。
そして、この浮き島が相当大きいらしい事も分かった。
森の向こう側に、一瞬だけど石造りの建物のような人工物が見えた気がして、慌ててそっちへ向かおうとする。
「きゃあ!」
しかし、真正面から吹き付ける強い風に煽られて空中で体勢を崩した私は、まるできりもみ状態で墜落する飛行機みたいに勢いよくその場から弾き飛ばされた。
「ヤダヤダヤダ! ちょっと待って〜〜!」
咄嗟にそう叫んで大きく翼を開いて体を真っ直ぐにする。
無意識の行動だったが、それで何とかきりもみ状態からは脱出する事が出来た。
大きく弧を描くようにして滑空した私は、さっきの苔の群生地があった場所から少し離れた草地に半分墜落するみたいに着地した。
そのまま勢い余ってごろごろと草地を転がったあと、少し窪んだ箇所に収まるみたいにして何とか止まる事が出来た。
打ちつけた全身がズキズキと痛むが、骨が折れたりどこかから出血したりしてる様子がなくて心底安堵すると同時に、落っこちたここが岩場じゃなかった事に心の底から感謝したわ。
「はあはあはあ……良かった……何とか生きて地面に戻れた……」
息は早く全身に鳥肌が立っていて、体は本能的な恐怖心からかぶるぶると震えている。
ゆっくりと体を横向きにして、手足を丸めてまるで赤ん坊のように小さくなる。まだ震える手で自分の体を抱きしめるみたいにしながら、私は自分が本当にここで生きているんだって事を実感していた。
震えが止まって息が整うまで、私は草地に転がったままひたすらじっとしていた。
どれくらいの時間が経っただろう。
ようやく息が整い震えが治った私は、何度か大きく深呼吸をしてから手をついて起き上がった。
「森の向こう側には、何か建築物らしきものがあったけど、一瞬でよく分からなかった。単なる四角い岩の可能性も捨てきれない。そして上空からは風の影響で森の向こう側へは行けない。うん、そこまでは分かった。って事は……どうすれば良いんだろう」
不安気にそう呟いて改めて周りを見回す。
どうやらここは、浮き島の外周部分の文字通り端っこで、三日月型みたいに平地になっている部分のようだ。
三日月の内側部分が全部森なので、地上から何処かへ歩いて行くのは絶望的だ。
その上、森の上空を飛んで向こう側へ行けないと分かった以上、私の選択肢は非常に少なくなってしまった。
まず、誰かが助けに来てくれるまで、大人しくここで待つという選択肢。
だけどこれは他に人が大勢いて、私がここにいるのを相手が知っている事が大前提なので、即座に却下する。
そもそも、この世界に他に人がいるのかどうかさえ定かでは無いのに、食べ物も飲み物も無いこんな場所でじっとしていたら、いずれ飢えて力尽きてしまうだろう。
となると、もう今の私に出来る行動は一つしか無い。
「何とか勇気を出してもう一度飛んで、他の浮き島へ行ってみるしか無いわよね」
ため息と共にそう呟いて周囲を見渡す。
どれくらい遠いのか分からない地上へ向かうよりは、例えばあの滝が流れる浮き島を目指す方が現実的だろう。
あの水が飲めるかどうかは賭けだが、何もないここにいるよりはマシだ。
「だけど、かなり遠そうだけど……飛べるかなあ」
さっきの墜落しかけた時の恐怖を思い出してまた体が震える。
「しっかりしろ! 夢にまでみた翼があって本当に飛べるのに、今度は怖いって言ってただうずくまって泣くの? そんな情けないのは絶対に嫌! 今度こそ、絶対に上手く飛んでみせるわ!」
勇気を奮い起こすように、自分に言い聞かせるように声に出してそう言った私は、まだ震えている足を叱咤して無理矢理立ち上がった。
「出来る。絶対に出来る。私は飛べる」
目を閉じて胸に手を当てて、何度も何度も自分自身にそう言い聞かせる。
そして顔を上げて目を見開いた私は大きく息を吸った。
「いきます!」
どこかのアニメの主人公よろしくそう叫んだ私は、さっきと同じように地面を力一杯蹴って飛び上がった。
そのまま大きく羽ばたいて、今度は横に飛んでみる。
そう、島から飛び出してね。
予想以上に高く飛ぶ事が出来た。
しかも、島のすぐ側には大きな上昇気流があったらしく、私はその上昇気流に運ばれてさっきの浮き島を離れて一気に遥か上空まで舞い上がった。
「ええ〜〜! ちょっといきなり飛び過ぎよ〜〜!」
しかし、上昇気流に運ばれる私の体は、速度を落とす事なくどんどん上昇する。
もうあの滝のある浮き島は目の前に迫っていた。
「よし、今だ!」
風を大きく受けられるように開いていた翼を少し斜めにして上昇気流から一気に抜け出す。
そのまま目の前に迫った滝のある浮き島へ向かって私は必死で羽ばたいた。
「あと、もう、す、こ、し〜〜〜!」
急に無くなった上昇気流。それどころかこの辺りは無風状態。
もう必死になって羽ばたき、なんとか島の端っこに引っ掛かるみたいにして着地する事が出来た。
這うみたいにして、少しでも外周部分から離れる。
「来れた。水のある、浮き島、まで、一気に飛んで来れたわ!」
今更ながらに襲ってきた恐怖に震えながらも、半笑いになってそう呟く。
体は壊れたおもちゃみたいにガタガタと震えているし、またしても全身鳥肌状態だけど、とにかく水のある場所に飛んで来る事が出来た。
またしばらくその場に転がったまま、私は落ち着くのを待った。
しばらくして震えが治った事を確認してから体を起こして周囲を見回す。
「よし、泉発見!」
草むらの向こうに見えた水の煌めきにそう叫んだ私は、立ち上がってその泉に向かって走り出した。
「ああ、水が、水がある!」
泉の周囲は真っ白な砂で埋め尽くされていて、直径10メートルくらいは余裕でありそうな大きな泉では、砂地のそこかしこからコポコポと音を立てて綺麗な水がこんこんと湧き出していた。
「綺麗。これならきっと飲めるわよね……」
水を見た瞬間に感じた、気が狂いそうなくらいの喉の渇きに我慢出来ず、私はその水が湧いているあたりに両手を突っ込んだ。
「冷たい! 気持ち良い!」
笑顔でそう叫び、両手で水をすくってみる。
そのまま顔を突っ込むみたいにして、私は貪るみたいにしてその水を飲んだ。
「美味しい。冷たくて、甘くて……信じられないくらいに美味しいよお……」
あまりの美味しさに感動しつつ、私は安堵のあまり半泣きになりながら夢中になって泉の水を飲み続けていたのだった。
そんな私の周囲にいつの間にか何羽もの小さな鳥達が集まってきている事に、水を飲む事に夢中になっていた私は全く気付いていないのだった。