空と 浮き島
「ええ〜〜〜! 何よこれ!」
振り返って見つめる先にあったそれはまるで私の声が聞こえたかのようにゆっくりと動いてその翼を大きく広げた。
「うわあ、なんか変な感じ……」
翼が動くときに感じた不思議な未知の感覚に軽く身震いをする。
「なんかこう……肩甲骨がぐりぐり動いてるみたいな感じね」
苦笑いしてそう呟き、落ち着かせるように何度か深呼吸をしてから、改めて自分の背中に生えているそれを動かして広げてみる。
思いっきり開くと両手を広げた幅よりも遥かに大きなその翼。
全く未知の不思議な感覚だけれど、私はこの翼の動かし方を知っている。
不意に気付いたその事実に、私は声も出せずに驚いていた。
私のその翼は、全体に桜の花みたいなごく薄いピンク色をしている。翼の先に並んだ大きな風切羽は全て真っ白で、翼の所々には濃い赤と白と黄色の羽が点在している。
「綺麗……」
存在を確認するかのように、その大きな翼に手を伸ばして触れてみる。
「触れるし感覚がある……って事は、夢じゃない。何故なのかは全く分からないけど……私の背中に本物の翼がある……」
子供の頃から焦がれ続けた翼が、今、自分の背にある。
試しにゆっくりと羽ばたいてみると、思った通りに翼を動かす事が出来て自然と笑みがこぼれる。
「もしかして……飛べたりする?」
そう呟いて、試しに一度だけ思いっきり羽ばたいてみると、一瞬ふわりと浮いた自分に歓声を上げる。
「今、今浮かんだ! ええ、これって飾りじゃなくて本当に飛べたりするの……?」
まだ半信半疑の私は、その時になってようやく周りを見回す余裕が出てきた。
しかし、その直後に目に飛び込んできた周囲の光景に私は絶句する事になったのだった。
だって、見えたそれは私の常識では絶対にありえない光景だったんだもの。
まず最初に見えたのは、私の頭上に張り出した木の枝越しに見える真っ青な空。
真夏の空よりももっと青みの強いそれは、私の記憶にあるかぎり初めて見る空の色だ。真っ白な雲が浮かんでいる事で、空の異様なまでの青さは一層際立って見えた。
それに、見えている雲の位置が手が届きそうなくらいに近いように感じる。
そして最大の驚きは、その空のあちこちに大小様々な岩の塊と思しきものが浮かんでいた事。
「あれって岩、いや、島……かな? 島が空に浮かんでるの?……あり得ないけど落ちる様子は無いわね。ええ、あれってどうやって安定してるのよ?」
そのあまりにも非現実的な光景に、逆に冷静になることが出来た。
ここから見えるその浮き島らしきものは大きさも形も様々で、カケラみたいなサイズから、相当大きいであろうと簡単に予想出来るような巨大なものもあった。
形は明らかに岩の塊って感じのゴツゴツした丸っぽいものもあれば、やや分厚い円盤状のお皿みたいな形のものや綺麗な逆三角形の円錐状になった形のものもある。しかもある程度以上の大きさの浮き島は、どれも上側部分は平らになっているように見える。
またその中のいくつかからは、明らかに水らしきものが滝のようになって上部の地面の縁からあふれ出していた。しかし、その滝は流れ落ちている間に上空の強い風に吹かれたのだろう、途中で途切れて空中に霧散して消えて無くなっていた。
「あれだけ大量の水が流れても途切れる様子がないって事は、浮き島から絶え間なく水が湧き出てるってことよね。ええ? 水源はどうなってるのかしらね」
小さく呟いて、ふと今自分が立っている足元の地面を見て考える。
それからもう一度周りを見回し、浮き島が消えていない事を確認する。
「ううん、消えてないって事は、本当に夢じゃあ無さそうね」
そう呟いてため息を吐く。
もう一度確認するみたいに周囲を見回して気が付いたが、ここから見える範囲の何処にも地平線が無い。そして視野が異様に上下に広い。
「って事は。やっぱり……ここも浮き島なのかしらねえ?」
そう呟きながら、恐る恐る前に進んで苔の生えた場所の端まで行ってみる。
「うわあ、どれだけ高いのよ……」
途切れた地面の先から見えた光景は、予想以上の絶景だった。
遥か下に広がる霞んでいるが濃い青の大地のように見えるのは、おそらく地面では無くて海なのだろう。
だけど比較対象になるものが無くてそこまでの距離感が全く掴めず、今いる位置がどれくらいの高さなのかが見当もつかない。
「ううん、頭上に雲があるって事は……せいぜい地上から数キロくらいのはずだけど……いやいや、それでも凄いわよ。そんな所に岩の塊が浮いてるなんて!」
小さくそうつぶやいて身震いをする。
もしも今立っている地面がいきなり地上に落下したら……。
不意にそんな事を考えて恐ろしくなった。
「ダメダメ、そんな不吉な事考えちゃダメ」
自分に言い聞かせるように声に出してそう呟くと、私は顔を上げて気を取り直して大きく翼を広げた。そして大きな声で宣言した。
「よし、飛んでみよう」
だけど、さすがにここからいきなりダイブするような真似は、いくらなんでも無謀だって事くらい私でも分かる。万一飛べなかったら、その瞬間に色々終わる。
「って事は、まずは地面がある場所で練習してみるべきね」
振り返って背後にあった森の大きな木々を見上げる。
こんもりと盛り上がっている森の真ん中辺りにある木は特に大きくて、多分、五階建てのビルくらいは余裕でありそうな高さだ。
「さっきの苔のあった辺りなら、もしも落ちても岩場に落ちるよりはダメージが少なそうね。よおし、まずはここでやってみよう。それで上手く飛べたら、あの大きな木まで飛んでみよう」
なんだかワクワクしながらそう言うと、苔の群生地へ戻り、上に木の枝が無い場所に立って頭上を見上げた。
そこには、まるで私の名前そのままのような瑠璃色の空が広がっている。
「よし、瑠璃。今度こそ貴女は飛べる。絶対に飛べる!」
勇気を奮い起こすように大きな声でそう言い、無意識に畳んでいた翼を改めて大きく広げて羽ばたかせる。
「行け〜〜〜!」
勇気を奮い起こすかのように大声でそう叫んで、私は足元の地面を蹴って思いっきり高く真上に飛び上がった。




