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目覚めと現状確認

『……を願う?』

 遠くから聞こえる不思議な声に、気分良くうたた寝していた私は眉をしかめた。

「何よ? 聞こえない……」

 半寝ぼけのままそう呟く。



『汝、何を願う?』

 今度ははっきりと聞こえた。

「願い?……そんなの、ずっと前から決まってるわ……」

 はっきりしない意識の中で、それでも子供の頃から唯一の絶対に変わらない願いを思う。



『我に告げよ』



 夢の中で会話するって不思議な感じ。

 しかもあれってちょっと神様っぽい有り難そうな声だけど、誰の声だろう? あんな声の人、知り合いにいたかなあ……。

 ぼんやりとそんな事を考えながら寝返りを打とうとしたけれど出来なかった。

 何故か体が全く動かなかったのだ。



『我に汝の願いを告げよ』



 またあの声が聞こえる。

 なんだかイラっとした私は、半分寝ぼけたまま大きな声で叫んだ。

「私は、自由に空を飛びたいの! 鳥のように、思い切り翼を広げて、自分の意思で空を飛びたいのよ! ずっとずっと、子供の頃からそれだけを願ってたわ!」



『理解した』

『その願い聞き届けようぞ』

『本来の其方がいるべき筈であった世界でその願いを存分に叶えるが良い』



「本来の、私がいるべき筈の世界って……何よ?」

 妙にイラついた気持ちのまま、思ったままを口にする。だけどまだあまりにも眠くて目が全然開かない。



『言葉通りだよ』

『我らが吾子よ』

『次元の裂け目に落ちてしまった其方を探して』

『我らは並行世界の中を長い間必死になって探し回った』

『ようやく見つけた我らの吾子よ』

()の地でのこれからが良きものとなるよう願って』

『我らより心ばかりの贈り物を授けようぞ』



 最初に聞いたあの声に続き、また別の何人もの人達の声が聞こえた。

 どの声も何故だかとても懐かしく感じられる。ずっと聞いていたくなるくらいに、どれも不思議と優しい声だった。



『我は失われし翼を再び授けようぞ』

 最初の声の人が、ゆっくりとそう言う。



『ならば我は安全に過ごせるように警戒の本能を』

『ならば我は言語の知識を』

『ならば我は歌う為の良き声を』

『ならば我は荷を背負わずに飛べるよう納めの技を』

『飛ぶのであれば遠見の力も必要であろう』

『ならば良き目を贈ろう』

 次々に違う声がそう言い、最後に揃って拍手をする。



『あるべき世界へと戻り行く我らの吾子に幸いあれ』

『健やかなる身体と』

『良き声と』

『愛しき魂に幸いあれ』

『良き出会いがあるよう祝福を贈ろう』

『祝福を贈ろうぞ』

『祝福を贈ろうぞ』




 次々に聞こえた懐かしくも優しい声がだんだん遠くなり、何か言おうとしたその時、またしても私の意識はそこでぷっつりと途切れて真っ暗になってしまったのだった。






 風の音がする。

 それから木々のざわめく音。

 甲高い小鳥の囀る賑やかな可愛らしい声もあちこちから聞こえる。

 ぼんやりとした意識の中で周囲の音を聞きながら、柔らかな何かの上に横になったまま、私は思っていた。



 良い声……。

 もっと聞いていたい……。



 そこでまだ少しぼんやりとしたまま放心していた私は、それからしばらくしてようやく目を開く事が出来た。



「綺麗。だけど……これって本物の苔かしら?」

 まず最初に目に飛び込んできた緑の絨毯を見て呟く。

 私がうつ伏せの状態で横になっていた場所は、どうやら綺麗な濃い緑色をしたフカフカの苔の群生地らしく、そっと触れてみるとまるで洗い立ての毛布みたいな柔らかい手触りに思わず笑顔がこぼれる。

 そしてそのあまりにもリアルな手触りに、これが夢じゃないと気が付いて慌てて手をついて起き上がる。



「私、確か……会社帰りに駅前のショッピングモールで買い物をして、電車がいたずら電話で動かないからって、時間潰しに本屋さんに行こうとしたのよね……ええと、それからどうしたっけ?」

 その後の記憶はまるで霧がかかったみたいにはっきりとしない。

 だけどどう考えても自分がこんな場所にいる理由が全く分からなくて、戸惑う事しか出来ない。

 パニックになりそうな自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をしてから周りを見渡すと、どうやら森の端に広がる苔の群生地みたいになった場所に、私は転がっていたんだって事だけは理解出来た。だけどやっぱりここが何処なのかが分からない。

 何しろ私の頭上に枝を広げて日陰を作ってくれている木は見上げるほどに大きいし、他にも何本もの木々が見えたからこれは多分森なのでしょう。

 それらの木の根元は、足を踏み入れるのを躊躇(ためら)うくらいの鬱蒼とした茂みに埋め尽くされている。



 だけどやっぱり今いるここが何処なのかも、私がここにいる理由もさっぱりわからない。



「本当に、ここ何処なのよ。私の移動範囲にこんな大きな木や森がある場所なんて無いと思うんだけどなあ?」

 駅から少し歩いたところにある大きな公園だって、こんなに大きな木は無かったと思う。

 戸惑いつつ見上げた巨大な木の枝には、うちわみたいな形をした手のひらよりも遥かに大きな緑色の葉がびっしりとついている。

「何の木だろう。葉っぱも初めて見る形ね」

 地面に落ちていたその葉っぱを一枚拾って眺めてみる。

「ううん、残念だけど私の知識ではこれが何の木なのかはさっぱりだわ」

 小さくため息を吐いてゆっくりと立ち上がってみる。

 その時になって更に幾つかの異変に気がついた。



 まず、着ている服が記憶にあるのと違っていた。



 今着ている服は白のワンピースみたいな感じで、膝下くらいまでのスカート部分は少し広がったフレアスカートみたいなデザインになっている。そして何故か足には同じく白のレギンスみたいなのを履いてて、履いてる靴はどう見てもサンダルっぽい。

「ええ、待って! どうして背中が開いてるの!」

 首を動かしてみて先ほどから感じる違和感の理由がわかった。

 私の着ているそのワンピースは、首の後ろ側で紐を結ぶようになっているのだけれど、背中側が腰の辺りまで全開になっていて肩もむき出し。要するに下半身と身体の前側部分だけを隠すようになっているデザインなのだ。これって横から見たら、冗談抜きでささやかな胸が丸見えになるんじゃない? ってレベル。

「これって、これって某ネットで話題になってた童貞を殺すセーターって言ってた、アレのデザインそのままじゃない!」

 自分の服装に気がついてそう叫んだ時、もう一つの違和感に気づいた



「ええ〜〜〜!何よこれ!」



 振り返って叫んだ私が見つめていたのは、間違いなく私の背中から生えている、一対の大きな翼だった。

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