滞在許可と曲がった風切り羽
「とにかく、その子が何であれ一度は己の翼の元に保護したのだから、今から放り出すなど有り得ない。我らはそこまで非道ではない。だが保護した以上はお前達が責任を持って面倒を見ろ。それならここにいる事を許そう」
「ありがとうございます」
彼女に続き、グレイさんとワルターさんまでがそう言った年配の男性に頭を下げるのを見て、とにかく私もそれに倣った。
それを見て、感心したような呟きがあちこちから聞こえた。
「ふむ、その小柄な体では狩猟組に入るのは無理だな。しばらくは子供達と一緒に採集組で仕事をさせなさい。それならば、その小さな翼でも働けるだろう」
どうやら、ここにいる人達からすれば小柄で翼自体も小さい私は子供みたいに見えるみたいだ。
確かに隣に立つ女性でも多分余裕で180センチは超えてると思う。それに比べたら、160センチに3センチ足りない私は、確かに彼らからすれば子供みたいなものかもしれない。
「長老、感謝します。当面は私が責任を持って彼女を預かります」
私のそばにいたあの大柄な女性がそう言って改めて頭を下げる。
「うむ、確かに責任があるとはいえ、幾ら何でもグレイとワルターに成人女性の面倒を見させるのは無理があろう。ならばリッティ、其方に頼むとしよう」
長老と呼ばれた、先程の年配の男性がそう言うと、周りにいた人達も口々に同意するみたいに頷き合い、そこでようやく見物人達は解散となったみたい。
「さあ、とにかくこっちの部屋へいらっしゃい」
先程の女性に手を引かれて素直についていく。いつの間にか体の震えは止まっていた。
「はい、そこに座って」
連れて行かれた部屋は、やっぱり天井が異常なほどに高い部屋で、見上げると片側の壁の上部には切り窓が開いていて、少しだけ日が差し込んでいた。
手早く彼女がお湯を沸かしてお茶を用意してくれるのを、私は勧められた席に座ったまま呆然と見つめていた、
「カモミールのお茶よ、落ち着くと思うからまずはそれを飲んで。話はその後ね」
そう言って差し出されたのは、お茶の入った取っ手のついたマグカップ。知っているそれと変わらない日常に不意に安堵のため息がもれる。少なくとも、一般常識は私の知るそれと変わらないみたいだ。
小さな声でお礼を言って、そのマグカップを両手で持って飲んでみる。
暖かいハーブの香りのするお茶に溶かされるみたいに、カチカチになっていた私の体からゆっくりと力が抜けていく。そしてそれと同時にまた私の涙腺が緩む。
「美味しい、です……」
我ながら情けなく思いつつも、なんとかそれだけは言っておく。
だって、久し振りの温かいお茶に、私は自分でもおかしいくらいに安堵すると同時に、体が震えるくらいに感動していたんだから。
しばらくは会話もなく、黙ってお茶をいただく。
だけど、その沈黙は気まずいものではなくて、私を気遣ってくれてのものだと分かる。
向かい側に座って自分で入れたお茶を飲むその大柄な女性を、私は自分のお茶を飲みながらこっそり伺った。
「落ち着いたみたいね」
「はい、ありがとうございます」
半分くらいを飲んで一息ついたところで笑ってそう言われてしまい、今度は笑って返事が出来た。
「じゃあ改めて自己紹介するわね。私はリッティよ。あの、あなたを連れて来たグレイって乱暴者は私の弟なの。ねえ、あいつに何されたの? 良いから正直に言ってちょうだい」
「ええと……」
「だって、単に飛び込んで来たところを捕まえただけなら、そんなに羽がボサボサになるわけないじゃない」
真顔でそう言われてしまい、思わず私は自分の翼を振り返った。
そんな乱暴は……確かに、逃げようとして押さえつけられた時に、何だか酷く羽ばたいて抵抗したから、酷い事されたと言えばされたかもしれない。
無意識に羽を広げて確認する。
「うわあ、綺麗な羽の色ね。ほんとにこんな羽色は初めて見るわ」
「うわあ、何これ。酷い!」
彼女の声と、私の叫びが重なる。
だって、広げて見た私の翼は、あちこちの小さな羽がねじれたみたいになってひっくり返ってるし、風切り羽に至っては、数本が途中で折れたみたいになって曲がっていたのだ。
「その、曲がってしまった風切り羽は抜いた方が早く生え変わるわ。自分でするのが怖いなら、引いてあげるわよ」
真顔の彼女の言葉に思わず目を瞬く。
「引くって、引き抜くって事ね。そっか、風切り羽が曲がってしまったらもう飛べない?」
「ううん、その程度なら全く飛べなくなるわけじゃあないけど、飛ぶ力は確実に弱るし、ちょっとした方向転換や微調整がやりにくくなるわよ。特に飛ぶ事自体初心者のあなたには危険ね。それならすぐに生え変わるから、引いてしまって次を待つのが正解ね」
「ええと、自分でやってみます」
正直言って抜くのは怖いけど、飛べなくなるのは困る。
大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めて曲がった風切り羽の根本を掴む。
「真っ直ぐに引いてごらんなさい。痛いのは一瞬だから、一気にやる方がいいわよ」
「痛いんだ」
その言葉にちょっと泣きそうになりつつも、目を閉じて力一杯羽を引っ張った。
ブチッ!
本当にそんな音がしたと思う。
「痛い!」
思わず叫ぶくらいには痛かった。
例えて言うならば、髪の毛を数本まとめてひっこ抜かれたみたいな感じだろうか。
抜いた羽根の根元の部分が少し赤くなっているのを見てまたちょっと涙目になったけど、これは仕方がないわよね。でも、ちゃんと羽が自分の体と繋がってるんだって感じられて、ちょっと感動したのは内緒ね。
結局、左右で合計七本の折れたり曲がったりした風切り羽を引っこ抜き、そのあとはリッティさんが刷毛みたいなブラシを使って全体に整えてくれた。
文字通り羽繕いをしてもらっている間に、私はあの最初に目を覚ました苔の生えた場所から後の出来事をリッティさんに詳しく話したのだった。




