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憧れと現実

 小さな頃から、自分でも不思議なくらいに『空』に憧れていた。

 大空に翼を広げて飛ぶ鳥を見上げて、自分もあんな風に飛んでみたいとずっとずっと心の底から願っていた。



 絶対に飛べるはずだという何の根拠もない自信に後押しされて、一大決心をして公園のジャングルジムの一番上から両手を広げて思いっきり飛んだのは、小学校一年生のよく晴れた夏の日の事。

 今でもはっきりと覚えているのは、真っ青な空に一瞬だけふわりと浮いた体と誰かの泣き声、そしてものすごく痛かった右足のことだけ……。

 人間はどんなに頑張ったって空を飛べないのだと身をもって思い知らされたその日、私は右足大腿骨を骨折して救急車で救急病院に搬送されて、初めての夏休みの間中入院する羽目になったのだった。





 大人になった今、やっぱり空に憧れつつも会社に就職して事務員として日々真面目に働いている。

 お金を貯めて体験してみたのは、バンジージャンプとパラセーリングとパラグライダー、それからハングライダー、そしてスカイダイビング。

 会社の同僚からは、どれも普通の女性のする趣味じゃないって言って笑われたりもしたけど別に気にしない。だって、やっぱりどうしても空を飛んでみたかったんだもの。

 第一、普通って何よ。あなたの普通を私に押し付けないで。



 ちなみにパラグライダーとハングライダー、それからスカイダイビングはもちろん一人ではなくて、タンデムと呼ばれるプロの人と一緒に飛んでもらう安全優先タイプ。

 確かに楽しかったし面白かったけど、二回やろうとは思えなかった。

 だって、どれもガチガチに安全ベルトを締められほぼ身動きのできない状態で自由なんて全く無し。

 特にタンデムで飛んでもらうタイプはそうで、そりゃあ安全面を考えれば当然なのかもしれないけど、逆に自分はやっぱり飛べないんだってことを思い知らされた気がして悲しくなってしまったから。




 空に関する事以外では、小さな頃から歌う事が大好きだった。

 子供の頃には学校の先生の推薦をもらって住んでいた市の運営する少年少女合唱団に入っていたし、同じく中学高校とコーラス部に所属していた。

 でも団体行動がどうにも苦手で、歌うことの楽しさが半減した時期もあったわね。

 会社に入ってからも、飲み会の二次会でカラオケに行けば、なぜか私にリクエストする人が続出してほぼオンステージ状態になってた、な〜んて事もしょっちゅうだったわ。

 まあ、私も楽しんでたからいいんだけどね。

 おかげで、演歌からポップス、アニソンからジャズまでレパートリーは相当な曲数になり、大抵のリクエストに即座に応えられるくらいには学習したわよ。






 その日、決算前で何日も続いた残業の嵐がようやく終わって、久々に定時を少し過ぎたくらいで会社を出ることが出来た私は、駅前のショッピングモールが開いているのを見てなんだか嬉しくなった。

「ううん、シャッターが開いてる〜! まだ店が開いてる〜〜!」

 このところ帰る時間に営業しているのは、深夜営業のファミレスとコンビニくらいしかない生活をしていたので、特に欲しいものがあるわけじゃないけど自然と足はそっちへ向かっていた。

 ぶらぶらとウインドウショッピングを楽しみながら各階を見て周り、お気に入りの雑貨屋さんで小鳥の柄の可愛いマグカップを見つけて衝動買い。

 それから本屋さんで、欲しかったイラストレーターさんの画集を発売日から三日遅れで無事にゲット出来た。

 そのあと、デリに寄って夕食用のおかずを買ってから電車に乗るために駅へ向かった。



「あれ、どうしてこんなに人がいっぱいなの?」

 到着した駅の改札は、ホームに入れない人で埋め尽くされていた。

「爆破予告があったらしいぞ」

「こんな時間に迷惑な」

「念の為に駅構内だけじゃなくて路線内の安全確認もするらしいから、再開の見通しは立ってないらしいぞ」

「地下鉄に振り替えするんだって」

 同じように立ち止まっている人達からそんな声が漏れ聞こえて、私は諦めのため息を吐いた。

「ああ、まっすぐ帰ればよかった。せっかく珍しく早く帰れたのにいたずら電話で電車が止まるなんて、ついてないなあ」

 デリには保冷剤を入れてもらってるから、まだしばらくは大丈夫だろう。

 早く帰るのを早々に諦めた私は、少し離れた地下道を通った先にある大型の本屋さんで時間潰しをすることにした。

 人混みから離れて改札からすぐの場所にある、地下鉄乗り場にも繋がっているその地下道の階段へ向かう。

 同じことを考えたのだろう、一部の人達が動いて地下道へ移動を始める。幸い私は先頭集団の中に入る事が出来たわ。よしよし。



 その時、誰もいない階段の踊り場に紙袋がポツンと放置されているのが目に入った。



「誰よ。こんなところに置きっぱなしにして」

 うす汚れた紙袋は嫌な感じがしたのであえて触らず少し離れて通り過ぎようとしたその時、突然目の前が真っ赤になり、なぜか浮き上がった私の体は、残りの下りの階段を全部すっ飛ばして地下道の床に叩きつけられた。

 身体中に走る痛みと耳鳴り、そして直後に聞こえた誰かの悲鳴と何かが崩れる大きな音。

 紙袋が爆発したのだと気付くのと、意識が遠くなるのはほぼ同時だった。

「これってまずいんじゃ……」

 だけど身動きさえできずに意識が遠くなる。



 その時、誰かが私の手を握って助け起こしてくれた。

 咄嗟にその手を痺れる手で握り返し、途切れそうになる意識の中で何とか口を開いた。

「お願い……」

 その誰かに私は助けて、と言おうとした。

 しかしそこで私の意識は完全に途切れ、もう何も分からなくなってしまった。

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