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袖スリ遭うも多生の縁

作者: たなか

 昨日から既にやばい事態に巻き込まれてはいたのは分かっていた。仕事が終わり、一日の成果を確かめていると、財布やブレスレットの中に紛れてドクロマークの付いた小瓶が収穫物の中に紛れていた。



 ヤバイ品物であるのは明らかだったが、下手に手放して足がついてもマズイし、どんな強力な劇毒だか分からない以上、適当に処分することもできない。そう考えてとりあえず放っておいたのだが……。



「はあ……」



 テーブルの上に置いてある書類を眺めて、何度目だか分からない、深い溜息をつく。まさか今度は王子の暗殺計画書までスってしまうとは。一体どうしたものか。万が一、この二つを所持しているところを見つかれば、暗殺未遂で捕まって処刑されてしまうだろう。



 かと言って、このまま放っておけば、この国の王子が殺されてしまうかもしれない。俺は犯罪者ではあるが、人の命が奪われることを知って平気でいられるほどの外道に堕ちてはいないつもりだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 俺の父も、祖父も、曾祖父も、代々スリを生業としていた。この体に流れる血がそうさせるのか、生まれた環境によるものなのかは分からないが、物心ついたときには教えられたわけでもないのに俺も人のポケットに手を忍ばせるようになっていた。



 犯罪者のくせに生意気だと思われるかもしれないが、俺にだって自分に課したルールがある。一つ、金持ちからしか盗まない。一つ、余った金は貧乏人に分け与える。一つ、誰かを傷つけたり殺したりはしない。



 このまま見過ごすのは掟を破ることになると判断した俺は、真夜中になるまで待ち、王族が暮らしているという宮殿に向かった。計画書の中に石をくるんで丸め、塀の外から放り込もうとしたその時、手首を横からがしりと掴まれた。



「あなた様をずっとお探ししておりました!」



 細腕からは想像もつかない万力のような力で、一向に俺の手首を掴んだまま離そうとしない一人の女。何故だか目をキラキラと輝かせている。



「私の名前はイザベラと申します。昨日、一昨日のあなた様のスリの手際、実にお見事でした! 昔から袖振り合うも多生の縁と申しますし、これはきっと運命ですよ! まあ、昨日は、わざとあなたに追跡魔法陣を仕込んだ計画書をスって頂いたのですけれど」



 『スって頂いた』なんておかしな敬語は初めて耳にした。最初のスリに気付いて見逃したうえ、意図して俺に計画書をスらせたなんて、一体どういう神経しているんだ。



「……俺の名は、アランだ……本当に、あんたがあの薬と計画書の持ち主なのか?……一国の王子にあんな物騒なことを企むなんて、テロリストや革命家の類には見えないが……」



「ふふ。そんな大それた野望は持っていませんよ。そもそも、確かに彼は王子ですが、世継ぎというわけではありませんし。この国の王は世襲ではなく、国民の投票により決められるのです。あんなポンコツに国を治められる訳がありません」



「それならどうして王子を標的に選んだんだ?」



「随分前から婚約者候補として彼に目を付けられていたのです。どうせ、公爵家の財産狙いだったのでしょう。取り巻きに命じて私に無理やり婚姻届けにサインさせようとしたことさえあったのですよ。まあ、返り討ちにしてやりましたのですけれど」



 ポキポキと拳を鳴らしているイザベラ。武闘派の公爵令嬢なんて存在するのだろうか。



「ですから、あのクソ王子を社会的に抹殺してやろうと思ったのです」



「……社会的に?」



「ええ。ちゃんと計画に書いてあったでしょう? 卒業パーティーの場で、密かに飲み物に盛った超強力下剤の効果が現れ、情けなく粗相してしまったら、もう二度とあんな大きな顔なんて出来なくなるでしょうからね」



 てっきり毒薬とばかり思い込んでいたが、ただの下剤だったとは。『汚い花火で王子を抹殺する』というのがそういうことだとは思わなかった。どちらにしろ恐ろしい計画であるのは確かだが。



「それで……計画を知った俺を、一体どうするつもりだ?」



「どうすると言われましても……」



 頬を染めるイザベラ。どうしてそういう反応になるんだ。



「もし濡れ衣を着せられたくないのでしたら、私の夫になってくださいませんか? そうすれば王子が醜態を晒す必要もなくなりますし……」



「はあ?」



「私は昔から、ちょっとアブない香りのする男性に惹かれる質なのです……小さい頃から箱入り娘として過保護に育てられてきた反動なのかもしれません」



「自分で言うのもなんだが、香りどころか俺はれっきとした犯罪者だぞ」



「それでもあんな最低の人間を、リスクも顧みずに救おうとなさったではありませんか」



「……王子の人となりについては知らなかったし、主義に反したからというだけで……」



「大丈夫です! 私がきっと、アラン様にぴったりの道を見つけて差し上げますわ! 私達二人がここで出会ったことには必ず意味があるのですよ!」



 どこまでも強引で無茶苦茶な女だと思ったが、同時にひょっとしたら彼女の言う通り、この人に顔向けできない生き方から抜け出すチャンスなのかもしれないと、かすかに希望を抱いていたのは事実だった。



 日陰者の俺に、生まれて初めて好意を向けてくれた相手に絆されたなんていう単純な理由では断じてなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 まさか、また再び生まれた国へ帰ってくることになるとは。それも、隣に妻を連れて。



「ここがアラン様の生まれ育った国なのですね! この土地で記念すべき初めての共同作業 兼 初仕事を行えるなんて、感激です!」



「……あまり大きな声を出さないほうが良いんじゃないか?」



「大丈夫ですよ! 表向きは、あくまでもただの新婚旅行なのですから!」



 そう、表向きは。ただ、俺達の本当の任務は、諜報活動だ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 イザベラは、娘を溺愛している父親へ、どこの馬の骨か分からないスリ師を結婚相手として紹介するために、俺の架空の経歴と身分を華麗な手際で捏造した。まさか天敵である衛兵を演じることになるとは思わなかったが、幸い奴等との付き合いは長いので意外にも上手く立ち回ることが出来た。



 最初は敵意を剥き出しにしていたカフォゴ公爵だったが、暴漢に襲われていたところを間一髪助け出したという臨場感溢れる作り話を、愛娘に所々涙を交えつつ何度も聞かされて、渋々二人の結婚に納得してくれた。



 それからしばらくして、例の王子が女性に乱暴を働こうとして捕まったらしい。人伝に聞いた話では、イザベラが結婚するという噂を耳にして自暴自棄になったうえでの犯行らしく、俺の責任でもある気がして複雑だった。ひょっとしたら頭以外は悪い奴ではなかったのかもしれない。



 息子が犯罪者になってしまった以上、責任を取るために王は退位し、代わりに国民に選ばれ即位したのがカフォゴ公爵だった。国王になった父に頼み込み、イザベラは王国に諜報機関を設立させた。無論、俺の就職先候補として。公爵も、危険な任務であわよくば俺が命を落としてくれるのではないかと思ったのかもしれない。



 彼女の案を聞いた時には耳を疑ったが、実際俺の技術を合法的に活かす最善の手段であるのも事実だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「公爵にも、ただの新婚旅行と伝えているんだろう?」



「ええ、本当のことをお父様にお伝えしたら、きっとショック死してしまわれますもの。でも、ご心配はいりませんよ! 過保護なお父様のおかげでありとあらゆる護身術だけでなく、毒物や薬物、銃器の扱いに至るまで習得しておりますから! こっそり屋敷を抜け出すための隠密術に変装術も完璧です!」



 抑圧された好奇心と危険に対抗するための知識が、結果的に娘をとんでもない方向に導いてしまったことを公爵は知らないし、きっとそのままでいるのが幸せなのだろう。



「君の心配はしないが、誤って要人の首の骨を折ったりしないでくれよ。折角カタギに戻れたのに、妻が犯罪者になったら堪らない」



「ふふ。結局、私の身を案じて下さっているのですね。でも大丈夫です。あなたのルールは、もう私のルールでもあるのですから」



 ついうっかり口を滑らせて俺の流儀のことを漏らしてしまったのだが、イザベラはすっかりそれを気に入ってしまったらしい。



「でも、新しい掟も忘れないで下さいね」



「ああ、どこへ行くにも二人は一緒だ」



 そう呟いて、俺達は手を握り、目の前の標的に向かってゆっくりと歩き出した。

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[良い点] 汚い花火がホントに汚い花火で笑ったwww 実行されなくてよかった、いやホントに。 公爵、過保護の方向性がある意味正しくてとんでも娘に育ってるwww
[良い点] 『汚い花火で王子を抹殺する』…ってイザベラ様なに書いてるんですか!!って噴きました。 武闘派イザベラ様、新鮮です。 タイトルを拝見して、あれ?「袖すりあう」は誤用じゃなかったっけ…と思っ…
[気になる点] カフォゴ公爵は、カフォゴ1世とかに、なったのか? それにしても、過保護な割に、娘に、かなり危険なことさせてるような……。 [一言] おお、なんだか、アラン&イザベラ、スパイ映画の主人…
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