池原とゆき
二郎と知り合ったのは、中二で同じクラスになったときだった。しかし、そのときは別に仲が良いわけでもなかった。
本当に話すようになったのは高校に進学してからだ。高一で再び同じクラスになったのがきっかけだった。
入学当初、数えるほどしか知り合いのいない状況だったので、心細さから自然と話すようになった。すると、意外と馬が合い、気づけば夏祭りに三年連続で二人で来るまでになっていた。
ゆきは次郎の従姉妹だ。中学は池原と同じだったが、高校は違う。でもって、池原はゆきと仲が特別良いわけではない。
そして今、池原は、林の中の神社に二郎の従姉妹であるゆきと二人、取り残されていた。
「ゆき、立てる?」
池原が手を貸そうとするが、ゆきは断って自分で立ち上がった。
「ありがとう。でも、危ないから池原は祭りに戻って」
「ええ……」
灯篭に照らされたゆきの顔は、暗がりの中でもわかるほど血の気が引いていた。
いったい何が危ないのか、状況は飲み込めないままだったが、こんなゆきを置いて祭りに戻る訳にはいかない。
「二郎もどっか行ったし、俺一人なんだよ。一人で屋台回るの寂しいじゃん」
「あー、そっか」
「そうだよ」
「じゃあ誰も境内に入らないように鳥居のあたりで見張ってて」
そう命じてゆきは社の方に向かったが、ふと振り返った。
「ねえ池原、一緒に祭りに来た相棒に突然、一人で屋台回っといてって言われて走り去られたら、どうする?」
「追いかける」
池原には非常に身に覚えのある話だった。
「うん。追いかけても追いつけないときは?」
「じゃあ、呆然とする」
「うん」
「で、フラフラして、他の知り合い探す……。でも、ちょっと経ったらそいつに連絡するかな……」
「連絡する……」
ゆきは巾着袋からスマホを取り出した。
「本当だ」
ゆきは心配そうに画面を見つめていた。
「どうした? 御代川?」
「うん」
「御代川と二人で祭りに来てたのか?」
ゆきは頷いた。
御代川紫織は池原、ゆき、二郎と同じ中学だった。そして高校はゆきと同じ。
先ほど巫女と呼ばれていたが、そんな話は一度も聞いたことがない。
「二郎は御代川のとこに向かったの?」
「うん」
「じゃあ大丈夫だろ」
「うん、大丈夫。二郎が向かったんだから。紫織は絶対大丈夫」
ゆきは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
池原は事情が飲み込めないままだったが、今は深入りする気は無かった。それどころじゃなさそうだということは察している。
「今から結界張るから、池原、境内から出ないようにしてね」
結界というのも意味がわからないが、言われた通り一歩後ろに下がった。
そして、ゆきは唄を歌い始めた。聞きたことのない言語の歌詞だ。
背後から聞こえるゆきの不思議な唄に耳を澄ませながら、池原は木々に隠れて半分だけ見える遠くの花火を眺めていた。
事情は後で、二郎にじっくり訊くことにしよう。