逃げる2
あと数歩で橋を渡り終わるというところだったのに、いつ追い抜かれたのだろう。
しかも、初老の男は左手で、ゆきに買ってあげたヨーヨーを弾いていた。
「あんたそれ、ゆきの!」
紫織は目を見開いた。槇も驚いている。
「ああ。この匂いが儂をここまで導いてくれた。お前の匂いが染み込んでいるからな」
男はヨーヨーを大切そうに掴むと、鼻を付けて嗅いだ。
「気持ち悪っ!何なの?ストーカー?」
「ていうか、ヨーヨーから人の匂いなんかしないだろ」
初老の男は槇のするどくも何処かずれた指摘に、ケラケラと笑った。
「しないだろうな、お前たちには」
槇は後ずさった。
「訳わからん……」
それが心からの声だった。男は相変わらず笑っている。
しかし突然、男の姿がすっと消えた。そして、紫織の隣に現れた。
「逃げて!」
槇は叫ぶや否や、紫織を押しのけた。
慣れない下駄を履いていたこともあり、紫織はバランスを崩して尻餅をついた。
同時に、初老の男が槇の首を掴み、身体を持ち上げた。
槇の長い脚が空中を蹴っている。
紫織は立ち上がると、老人の腕を引っ張り、叩き、槇を助けようとした。が、老人は薄ら笑いを浮かべたままびくともしない。
槇は苦しそうに藻搔いていたが、だんだんと力が入らなくなっていき、呼吸の音も小さくなっていく。
「やめて……離せ……離せって……!」
紫織は無我夢中で老人を叩いたり殴ったり蹴ったりするが、老人には何の変化もない。
だが突然、目の前が眩んだと同時に、老人の手が槇の首を離した。
槇はうまく着地できず、崩れ落ちるように座り込んだ。
紫織は慌ててしゃがみこみ槇の顔を覗き込んだ。
「大丈夫!?」
大本は咳き込み肩で息をしながらも、紫織を安心させるように何度も頷いてみせた。
「大丈夫か?」
頭上から男の声がした。
薄紫色の石のペンダントがぶら下がっている。
顔を上げると、紫織より四歳年上くらいの金髪ピアスの男が覗き込んでいた。
槇が頷くと、男は槇に手を貸して立ち上がらせた。
黒い着物を着ているが、それが金髪ピアスと意外と噛み合っていて、不思議と人の良さそうな印象を受ける。
会ったことない人のはずなのだが、何処か見覚えのあるような顔だ。
「貴様……現れたか……!」
初老の男は忌々しそうに金髪を睨んだ。
右手の甲には大きな穴が開いていて、血の代わりにあの黒いもやが傷口から噴き出していた。
金髪が初老の手を攻撃したか何かして穴を開けて、それで槇が助かったということらしい。
金髪は初老の男と向き合うと、紫織たちを横目で見て声を掛けた。
「此処は俺が食い止める! だからお前たちは逃げろ!」
それを聞いて槇は回れ右をした。
「行こう、御代川」
槇にそう言われると、紫織も金髪に背を向けて、お礼を言った。
「ありがとうございます! でもそれ死亡フラグですよ!」
余計な一言を金髪の男は笑い飛ばす。
「言ってみたかっただけだから大丈夫!」
「それも死亡フラグ!」
槇と走り出していた紫織の嘆きに対し、金髪は明るく笑うだけだった。