逃げる
左手にはチョコバナナ、右手には箸巻き、膝の上には焼きそば。
紫織は槇を連れて屋台を渡り歩き、今は橋で花火を見ながらやけ食いしているところだった。
「屋台の食べ物って割高だけど、それに見合うだけの価値はあるよね!」
槇は穏やかに笑いながら頷き、たい焼きを齧った。
空には眩い花火たちが次から次へと咲いていく。
しかし、しばらくすると、おかしなことに気づいた。
花火の明るさが足りなくなってきたのだ。
紫織は目を擦った。
そして、目を凝らすと、黒いもやが視界を覆っていることに気づいた。
最初は虫かと思ったが、そうでもない。
「あれ? 何これ」
紫織が空から視線を下げると、いつの間にか目の前に初老の男がいて、不自然で不気味な笑顔でこちらをじっと見ていた。
紫織が度肝を抜かれていると、初老の男は手を伸ばしてきた。
槇が間に割って入り、紫織を庇ってくれた。
しかし、男は槇の肩を掴んでどかそうとする。
言うまでもなく、異常だ。
槇は男を突き飛ばすと、紫織に向かって、花火に負けない大声で叫んだ。
「走って!」
男の行動の理由もわからないまま、槇に言われるがままに走った。
周囲の観客の半分は花火に夢中、半分は紫織たちの様子を不思議そうに見つめている。
「あいつ何!?」
「俺も知らんな」
槇も紫織の後ろを追い掛けて来る。
大本は紫織の速度に合わせてくれてるようだ。
ただでさえとろいのに、浴衣と下駄のせいでよろけてしまう。
そのたびに槇は名前を呼んだり大丈夫かと声を掛けたりしてくれた。
足元をよく見て慎重に走っていたが、背筋にひんやりとしたものを感じて、顔を上げた。
目の前に、口元を歪ませた例の初老の男が立っていた。