走る
黒い浴衣を足に絡ませながら、ゆきは走った。
下駄じゃなくてサンダルだけど、それでも走りづらい。
息が上がる。巾着袋とゆきから貰ったヨーヨーが揺れる。
巾着袋からどうにかスマホを取り出し、二郎にLINEして、人波を掻き分け走り続ける。
当然、人々の視線が集まる。
幸せなハレの日に混じるイレギュラーな私。表情ははっきり見えずとも、驚いてるのはゆきにもわかった。
※※
どんどん人が減っていく。道沿いに屋台が無くなった。
眩しい光は消えてしまって、夜の暗がりが蒸し暑さに染みる。
全身から汗が噴き出してくるのを、ぬぐう余裕も無かった。
ゆきの背後でドン、ドンという花火の音が聞こえ始めた。音が響き渡る。
その音が、嫌に心臓に響く。大輪の副産物に過ぎない爆音は、うるさいだけだった。
屋台から離れ、民家も無くなった暗い道には、たまにディープにいちゃつくカップルがたむろしている以外、人気は無かった。
右手には川、左手には林。
そんな道を走り続けて、ようやくたどり着いた石の階段を上って、林へと入っていく。
木々がさわさわと音を立て揺れている。
鬱蒼とした林は、何か出てきそうで怖かった。
実際、何かが出てくることを覚悟していた。
幽霊に気をつけろと紫織が言っていたからだ。
紫織自身は信じていなくても、ゆきはその夢を信じる。
だが、何事も無く目的地、神社に着いた。
鳥居を潜る。
闇の中、道の両端に並ぶ灯篭の仄かな明かりが、心を少し落ち着かせてくれた。
ゆきは奥まで歩くと、安堵して深く息を吸った。
その瞬間、何者かに耳元にふっと息を吹きかけられた。
同時に、膝から崩れ落ちていた。
忍び寄る影に気づかなかったことを悔いる間もなく、ゆきの意識は薄れていった。