紫織と槇
途方にくれてても仕方がない。
紫織はとりあえず屋台が並ぶ川沿いの道を歩いた。
どうしたものかとキョロキョロ辺りを見回していると、河川敷にずらりと座って花火が上がるのを待機している人々の中に、クラスメイトの顔を見つけた。
如何にも真面目そうな四角い眼鏡に学ランを着たままの高校生が一人。
紫織は河川敷まで降りると、暇に任せて声を掛けた。
「槇じゃん。何やってんの?」
「あ、御代川。俺は花火を見に来た」
「うん、場所取りもバッチリだね」
「お前は? 花火を見るのか?」
「そのための夏祭りだからね」
「じゃあ、俺の前に座るか? 俺は始まって五分くらいで退くつもりだけど」
五分で退くというのは引っ掛かるが、既に河川敷はきっちり場所取りされていて、紫織が入り込めるとしたら槇の前くらいだ。
長身の槇なら紫織の真後ろでも花火は見えるだろう。
「お言葉に甘えて」
紫織が腰を下ろそうとすると、槇は二つ折りにしていたレジャーシートを広げてくれた。
「気が効くなあ。ありがとう」
紫織が座ったところで、周りの騒めきが大きくなった。
「七時半だ」
紫織も槇も顔を上げる。
まだわずかに明るさが残る夜空高くに、金色の花火が開いた。
「始まっちゃった」
紫織の頭に走り去っていくゆきの後ろ姿がちらつく。
「私、一緒に来たゆきに逃げられちゃってさあ」
後ろの槇に聞こえるよう大声で話す。
「逃げられた?」
「用事があったとか何とか」
大きい花火が上がって、ちょうど消えた頃に小さな花火が上がった。
「用事って何なの。訳わかんない」
紫織はむすっと頬を膨らませた。
槇が花火の合間に声を掛けてくる。
「御代川、腹減ってない?」
「減ってるけど?」
「屋台回らない? 役目は終わったから」
「役目?」
振り向くと、槇が左を指差した。
ゆきがそちらを向くと、大学生らしき女性がこちらへ向かってきている。
「よしよしでかした。これ賃金ね」
女性は槇に五百円玉を手渡した。
「姉貴の場所取りしてたんだ」
「花火見るために来てたんじゃなかったの?」
「そうだけど、この場所は姉貴の。俺は立ってても見えるから」
「たしかに」
槇の長身なら、人混みの中でもばっちり花火が見えるだろう。
対する槇のお姉さんは顔立ちは槇そっくりだが、身長はせいぜい槇の肩くらいしかない。
「あ、どうも。弟がお世話になっております」
「いえいえこちらこそ」
「どうする、御代川?ここで花火見ててもいいけど」
「行く。回る。やけ食いする」
紫織は勢いよく立ち上がると、槇よりも先に屋台の方へと歩いて行った。