池原と二郎
派手な歯型を残して、二郎は池原にりんご飴を返した。
橙色の空の下、人波に飲まれアスファルトを歩き続ける高校生男子二人。
左手には屋台が連なっていて、右手の河川敷にはぽつりぽつりと人が座っている。
池原はりんご飴を睨む。
自分で買ったりんご飴のはずだ。ツルツルテカテカのハイクオリティなやつ。
口を付ける前に隣の二郎に取り上げられて、百円ぶんくらいは食われたように思う。
「うん、微妙」
二郎は口直しするように二郎自身が買ったブルーハワイのかき氷を口に含んだ。
「味がしねえ」
りんご飴の味が強すぎて、かき氷の味を感じられなかったらしい。
池原は大きく溜息を吐いた。
そんな池原の様子に気づいたかは怪しいが、二郎はかき氷を差し出した。
「シロップかかってるとこ食えよ」
池原はりんご飴を二郎に預け、かき氷を食べる。
ブルーハワイが何を再現した味なのかは今年も相変わらずわからないが、甘くて冷たくて美味しかった。
今日の最高気温は三十三度。
そろそろ午後七時になるが、充分すぎるほど蒸し暑いので、かき氷の冷たさが身体に染み渡る。
高校生活最後の夏祭りの幕開けだ。
池原は二郎にかき氷を返し、りんご飴を受け取った。
癖っ毛の二郎は黒い浴衣を着ている。
浴衣の両の胸元や背にも家紋が入っているし、二郎自身の意思というより、家の事情で浴衣を着せられているのかもしれない。
池原は詳しく知らないが、二郎の家はこの町の名家らしい。
「最後の花火なんだから噛み締めろよ」
池原は念を押した。
二郎は東京の大学を志望していて、来年には地元を出て一人暮らしをしているはずだ。
「おう」
二郎は聞き流すように溶けたかき氷をストローで啜った。
「東京行くときはお前ん家泊まるからよろしくな」
「そんなスペースあるかわからんけど」
二郎の返事は素っ気なく、代わりにかき氷のカップをひっくり返して残りを飲み干す方に躍起になっていた。
池原はまた溜息を吐くと、頭を掻いて空に目を向けた。
深い紫に染まる空は刻一刻と黒い夜へと変化している。
花火好きな池原は、密かに胸が高鳴るのだった。