二人と初老の男2
男に背を向け、階段を駆け上がる。
背後から黒いもやが追ってきて、あっという間に囲まれたが足は止めない。
もやに多少当たっても痛くも痒くも無かったので油断したのも束の間、そのもやに全身を包まれると身体が重くなり息も上がった。
走れなくなっても、階段を一段一段上り続ける。
背後には男がいて、頭上には花火が上がっているはずだ。
池原は振り返らない。前も後ろも真っ黒で、そもそも目も閉じていた。
もやに視界を奪われたのだ。
躓かないよう慎重に、石の階段の感触を確かめながら上がっていく。
目を閉じると、他の感覚が敏感になる。
花火の音と、蒸し暑さと、流れてく汗と、ゆきの体温。
夏の林の匂いが妙に強く感じられる。
男は、もや以外は池原たちに何もしてこない。
それが何故だかわからないが、これで敵は己の体力だけだ。
脚に力が入らず震えている。
一段一段、きつさが増していく。
このもや、体力を吸い取ってるんじゃなかろうか。
今にも座り込んでしまいそうだ。
だが、ここで止まればゆきはどうなる。
池原は、重りがついたような足を何とか上げた。
だが、そこに階段は無くて、池原はバランスを崩した。
後ろはまずいので何とか前に倒れこむ。
「ごめんゆき……」
何も見えないが、身体に石畳の感触がある。ゆきを下敷きにせずに済んだようだ。
どうやら、最上段へたどり着くことができたらしい。
「ほう、これは驚いた。ただの人間だが、根性はあるな」
下から聞こえてくる男の声に、池原の背筋が凍った。
今襲われたらどうしようもない。
あと少し、這って鳥居の下まで向かおうとしたが、もう池原には顔を上げる力も残っていなかったし、いつのまにか下半身の感覚が無くなっていた。
ただ体力が切れたというにはあまりにも大きな症状に、胸いっぱいの恐怖に襲われる。
池原の全身から冷や汗が噴き出した。
目の前は真っ暗で、音も遠くなっていく。下半身から徐々に感覚の喪失が上がってくると同時に、指先からも動かなくなっていく。
頭を死の一文字がよぎっていく。
そんな中、脇の下に腕を入れられて乱雑に身体を引きずられているような感覚があった。
ゆきの名前を呼びたかったが、もちろん声なんて出ない。
それを最後に、池原の意識は途切れた。