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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ウスバカゲロウ

作者: POИY

初めて短編小説を書いてみました。

 不思議と涙は流れなかった。僕の顔を撫でたのは、君の血だけだ。君はこうなることを分かっていたんだろ? どうして僕にコレを与えた? どうして僕を陥れた? 僕は彼に問い続けたが、彼は口を開かない。そりゃそうだ、なんせ彼は死んでいるのだから。


 僕はウスバカゲロウだ。近付いてくる獲物を喰らって生きる。


 君も、そうだったんだろう?




 真夏の太陽が教室に差し込み、僕の肌はじんわりと汗ばんでいく。前から2番目3番目あたりにかたまっているクラスメイト達は、まるで光合成する植物のように元気で、授業中に騒ぎ出しては先生に怒られるのを繰り返していた。それを眺めているうちに、ノートに汗が垂れて書いたばかりの文字が滲んでいた。


「えー、アリといえば、みなさん『アリジゴク』って知っているか?」


 今は理科の授業中。でも生物ではなく化学のほうだ。今は身の回りの物質について習っていて砂糖の話をしていたはずだけど、なぜか砂糖→アリ→アリジゴクと甚だしい論理の飛躍が起こっているようだ。うちの理科の先生はいつもこんなかんじだ。


「せんせー、アリジゴクってなんですか?」


 僕の斜め後ろの女子が聞いた。先生は待ってましたとばかりに、専門分野外の話を始める。


「アリジゴクってのは面白い食事の仕方をとっていて、地面にすり鉢状の穴を掘って、その中心に顔を出すんだ。するとその穴にアリが落ちてくる。アリジゴクの掘った穴は、1度落ちると2度と抜け出せない。こうして多くのアリを捕食していくからアリジゴクって呼ばれるんだけど、これは幼虫のときの姿で、本名は『ウスバカゲロウ』って言うらしいんだ」


 その時、さっきまで騒いでいたクラスメイトがいきなり話に首を突っ込んできた。


「じゃあ、こいつはウスバカゲロウだな。ウスのろでバカゲたやロウだから略してウスバカゲロウ」


 そいつは僕を指さして言った。即座に周りの奴らが便乗してくる。


「それいいな。ウスバカゲロウ、ぴったりじゃん」


 教室が笑いに包まれる。当然僕は笑っていられるわけがない。アイツらはいつも何かにつけて僕をバカにしたがる。そりゃそうだ。僕はいじめられているんだから。




 昼休みに入って間もない頃、教室で本を読んでいる僕の頭にいきなり牛乳がかけられた。慣れた独特の臭みが髪の毛から発せられる。僕は目の前にいるクラスメイトに怖気付いた。


「はは、ウスバカゲロウくんは牛乳がお好きみたいだねえ」


 クラスの陽キャ達のリーダー恵村(えむら)。コイツを中心とする陽キャグルの間では、最近僕をいじめるのが流行っているらしい。アイツらにとって、僕は目障りなんだと。


 コイツにいじめられていると恐怖を感じる。でもどうにかできるものではない。耐えるしかないんだ。


 そんな地獄のような日々が一転したのは、ある1月の晴れた日のことだった。




   *  *  *




「君がウスバカゲロウ君かい? 俺もウスバカゲロウだよー」


「はい?」


 すれ違い様に声をかけられてどうしたのかと思えばこれだ。コイツの言っている意味が僕にはどうしても理解できない。恵村の友達だろうか。そうだとしても、僕のあだ名が既に知らないところまで広まっているのには正直驚いたが、コイツまで自分はウスバカゲロウだと言う。


「えっと……とりあえず、君は誰?」


「だーかーらー、薄羽(うすば) 蜉蝣(かげろう)だっていってるでしょー!」


「本名……?」


 なんとも語呂合わせ感が否めない名前だ。コイツの両親は何を意図してこんな名前をつけたのだろう?


「で、君は僕に何の用?」


「あー、とりあえずこっちにおいでよー!」


 蜉蝣は僕の手を取って走り出した。彼の足が地面に触れる度にショートボブの髪の毛が揺れる。僕はその光景に釘付けになっていたらしく、流れに身を任せているうちに路地裏に辿り着いた。


「ここ、俺の秘密基地なんだー」


 路地裏に無造作に建てられた段ボールの家。見た感じ人がやっとこさ2人入れるほどの広さだ。彼は入口を塞いでいた板を取り外して中に入った。「君も入ってー」と手招きされたので僕も(かが)んで基地の中に入る。


 中は思った通り狭かった。茶色の壁にはパズルの完成絵がたくさん立てかけられている。他にもクロスワードの雑誌や、知恵の輪などがたくさん置かれていた。案外頭が良さそうなコレクションだ。


「ほら、これあげるー」


 そう言って蜉蝣は僕に何かを渡した。僕はそれが何かを認識した瞬間に、ビックリしてそれを手放してしまった。アスファルトに金属がぶつかる音が基地内に響いた。


「……! これ、ナイフじゃないか!?」


「君、恵村くんにいじめられてるんだろー?」


 やっぱりコイツ、恵村の友達か。にしてもなぜ、僕にナイフを?


「これをどう使うかは、君にしか分からないよー。俺も恵村くんのことあまり好きじゃないからね、でも君はどうなんだろうねー」


 僕がアイツのことをどう思っているか……? そりゃもちろん、ただの僕をいじめるクソ野郎で……


 あれ? 僕、アイツのこと『クソ野郎』だなんて思ったこと、前にあったっけ?


「じゃ、僕はそろそろ帰らなきゃいけないから、またねー」


 結局僕に深い疑問を残したまま、彼は先に基地を出ていってしまった。僕はそのナイフを拾い上げ、基地から出て確認してみる。傾き始めた日の光を反射して、ほのかに赤く輝いている。


「ぶえっくしょん!!」


 路地裏の外から人のくしゃみが聞こえてきたのに驚いて、僕は咄嗟にナイフをポケットに突っ込んでしまった。不思議と恐怖は感じなかった。


「お、そこにいるのはウスバカゲロウじゃないか」


 声の主は恵村だった。見つかってしまった僕は身構えてしまう。


 ……あれ? 僕はすぐ異変に気付いた。近付いてくる恵村に、『憎悪』を抱いているのを感じたのだ。何かこう、僕をいじめてくることに対しての怒り。憎しみ。僕をいじめたコイツを許さない。


 僕はポケットからナイフを取り出していた。震える両手で離さないようしっかり握って、刃先を恵村に向ける。


「あれ、そのナイフ……」


「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 僕はそれを恵村の腹に思いっきり突き刺した。彼が「ウグッ」とうめき声をあげた後、僕はナイフを抜いた。恵村はその場に倒れ込んだ。地面が赤黒く染まっていく。


 それを見た途端、我に帰り、顔が真っ青になった。急に不安になって、涙が溢れ出てくる。返り血と混ざり合って、奇妙な半透明の液体が頬を撫でる。どうしよう、僕は人を殺してしまったんだ。でもコイツは僕をいじめてきたわけで、僕は……


「……お、お前がいじめてきたのが悪いんだ……」


 震える声でそう自分に言い聞かせた。慌てて僕はナイフを捨てて、路地裏から逃げ出した。これは、悪い夢なんだ。僕は、何も悪いことはしていない。ずっとそう思っていた。




   *  *  *




「なんで……なんであるんだよ……」


 朝起きた時に尻の方に違和感を感じたと思ったら、ポケットにあの時のナイフが入っていた。どうする。これは捨て去るべきか……

 でも、これを使えば、僕に迫ってくる憎いヤツらを返り討ちにできる……




「おい、どこ見て歩いてんだよてめぇ」


 登校中に運悪くチンピラにぶつかってしまった。早くこの場を去りたいけど、相手は怒ってるらしく逃げることが出来ない。


「何か言えよオラァ!!」


 胸ぐらを掴まれた。決めた。僕はポケットからナイフを取り出し、チンピラの心臓をぶっ刺した。僕の服を掴んでいた手が離れ、彼は倒れる。何故だかナイフは血に染まらない。しかも公然と人が死んだのに、誰も僕やチンピラを気に留める人はいなかった。このナイフの効果なのだろうか、でも僕は気にすることは無かった。




 その後も僕は、

 僕の宿題を破り捨てた山澤(やまざわ)を刺し、

 掃除時間にわざと濡れたモップを顔にくっ付けてきた高橋(たかはし)を刺し、

 授業中に小馬鹿にしてきた小倉(おぐら)を刺した。

 僕をいじめてくるヤツらを、片っ端から

 刺して、

 刺して、

 刺しまくった。

 ナイフを持つ手もいつからか震えることは無くなっていた。




   *  *  *




 ある2月の放課後。僕は今、体育館裏で夕焼けを眺めている。


 今日はバレンタインデーだったらしく、教室内は期待に満ち溢れた男子と、チョコを隠し持っているだろう女子で常時賑わっていた。当然僕は1つもチョコを貰っていない。というかそもそもバレンタインデーに興味がなかったのだ。そんなことより、僕を狙ってくるヤツらのことの方が気になっていた。


 しかし、さすがに刺しすぎたらしく、もう僕に近付いてくるいじめっ子はほぼ全滅していた。つまらない時間だけが過ぎていく。ナイフがポケットに入ったままだと無性にもどかしい。僕は耐えられなくなってナイフを取り出した。


「ねぇ……」


「うわっ!!」


 突然後ろから声をかけられ、ビックリして反射的にソイツを刺してしまった。その人――――クラスの女子の高田さんは、手に持っていた箱を落としてしまい、「ゴプッ」と血を吐き出して倒れた。


 僕はその箱が気になって拾い上げ、中身を確認する。


 入っていたのは手作りのチョコだった。しかも蓋を確認するとどうやら僕宛てらしかった。つまり本命だ。


「……っ?」


 急に胸が苦しくなった。相変わらず血の色に染まらないナイフがなぜか怖くなる。今までこんなことなかったはずなのに。彼女は僕のことを好きだったんだ。でも僕はその明るい未来を自分の手で捻り潰してしまったんだ。


 僕はこんなことを。


 どうして。


 …………


 ……どうして?


 そんなもの、決まってるじゃないか。


 彼女が僕を驚かせたから悪いんだ。


 僕は何も――――


「もうそろそろやめたほうがいいよ」


 聞いたことのある声がした。振り向くと、蜉蝣が立っていた。


「……ナイフを渡したのは君だろ? どうしてそんなこと言えるんだ」


「確かにナイフを渡したのは俺だ」


 1ヶ月前の時のあの能天気な口調はどこかへ行ってしまったようだ。彼は酷く真面目だった。


「君が最初に刺し殺した恵村、実は生粋のナイフマニアだったんだよ」


「……え?」


「アイツはナイフには目がない。君はあの時ナイフを見せるだけで、恵村と復縁するきっかけを作れた。なのに君はそれで彼を殺してしまった。どうやら君は選択を間違えてしまったようだね」


 なんだコイツ? 僕を試していた? 僕は選択を間違えた? 

意味がわからない。僕が耐えてきた苦しみを知らない奴が、勝手に僕を陥れるなよ。許せない。許せない許せない許せない殺す殺す殺す……!


「……ふざけやがってえええぇぇぇっ!!」


 僕はナイフを拾って、蜉蝣に向かって跳んだ。彼は動かない。僕は彼の左胸を思いっきり、


 突き刺した。


「……っへへ」


 彼は倒れていなかった。自分の左胸を掴み、赤く染まった手を眺めた後、顔を上げてこちらを見た。


「僕は本当に悲しいよ」


 彼は立ちきれなくなって膝をついた。それでもこちらへの鋭い視線は絶えなかった。


「君は……本当にウスバカゲロウだったんだね」


 彼は死んだ。


 不思議と涙は流れなかった。僕の顔を撫でたのは、君の血だけだ。君はこうなることを分かっていたんだろ? どうして僕にコレを与えた? どうして僕を陥れた? 僕は彼に問い続けたが、彼は口を開かない。そりゃそうだ、なんせ彼は死んでいるのだから。


 僕はウスバカゲロウだ。近付いてくる獲物を喰らって生きる。


 君も、そうだったんだろう? 


「……僕を、喰らおうとしたんだろう?」






 ――――40年後――――


 俺の前には毎日人がやってくる。ヤク中だったOL、妻へのDVをやめなかった男性、強盗殺人事件の犯人など、来る人はみな十人十色だ。俺はそいつらの過去を見て、行くべき場所を決める仕事をしている。


 ある日、俺の元にやって来たのは、中学の頃から大量殺人を繰り返したにも関わらず、一切罪に問われなかった異色の男性だ。なんでも人を殺すことにさえ興味をなくし、自分で首を吊ったという。


「君……どこかで見たことあるな」


「僕を?」


 俺の常時発せられている剣幕に怯えたその顔を見て確信した。目は死んでいるが元々の素振りは変わらないみたいだな。俺は40年前に「最大の過ち」を犯してしまったことを思い出した。まあ過去の話だから今突き詰める必要は無い。それよりも今俺には、コイツに言うべきことがある。


 俺は息を吸って、目の前の男性に言った。




「君がウスバカゲロウ君かい? 俺も、ウスバカゲロウだよ」

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