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木の家

気がつけば男が三人、路地に転がっていた。

いずれも鳩尾を抑えながら必死に呼吸し、酸素を取り入れている。


「――え?」


俺はただ呆然とすることしか出来ない。

頭に少女の声が響いて以降の記憶がまるでない。


なぜ俺は窮地を脱し、生きているのか。


「こっち!」

「え?」


呆ける俺の手を少女が引く。


「憲兵が来ます、逃げましょう!」

「あ、ああ」


町を縫うようにして少女と走る。


薄暗い路地にはぽつぽつと明かりの点いた建物がある。

明かり一つない真っ暗な大通りとは異なる生活があるようだ。


少女の案内で町の深部に入っていく。

十五分程度走ると、少女は一軒の粗末な建物の前で足を止め、


「ここです」


と言って扉を開ける。


中に入ると、そこは木でいっぱいだった。

どことなく懐かしい、おがくずの匂いが充満している。

ラックには未加工の木が積まれていて、壁には手垢のついた古い弓や杖が吊るされている。


部屋の中央の大きな作業机の前に、亜人の男が座していた。

亜人の男はこちらを見るとすぐに作業の手を止め、


「リベラ、こんな夜中に一体どこに行っていたんだ」


と声を荒げる。


「ごめんなさいお父さん、修理が終わった商品を届けに行っていたの」


少女は名前をリベラというらしい。

で、この木工所らしき場所の主がリベラの父親であるようだ。


「ん、そっちは……客か?」

「うん、お客さんだよ」

「血まみれの客とは物騒だな」


男は俺の荒れた服装を見咎める。


「……すいません、薄汚くて」

「リベラ、正直に答えるんだ。……何かトラブルに巻き込まれたな?」


リベラは何とか誤魔化せないか考えているようだった。

父親に余計な心配はかけたくない、という優しさが垣間見える。

だがそれは無駄な努力だと諦め、口を割った。


「……ごめんなさい。お客さんの所に向かう途中、男の人達に囲まれて。それで、この人に助けてもらったの」

「リベラ、お前は亜人の中でも特に美しい。男の目を惹かずにはいられない。いつもしつこく注意したはずだぞ、夜道を一人で歩くような危険は冒すなと」


そう、この男が言ったとおり、亜人は基本的に美しい。

スタイルや顔の造形が理想的なのだ。

もちろん個人差はあるにせよ、皆一様に健康的で、肉体に活力が満ちている印象があるのだ。


その中でもリベラは――たった今明るい場所で顔を見たばかりなのだが――群を抜いて美しい。


同じ人間かと疑いたくなるような高い位置に腰があって、豊かに膨らんだ尻からすらっとした脚が伸びている。

ネコ科の動物を思わせる下半身は、いかにも瞬発力が高そうだ。


胸は歳不相応に豊かに膨らんでいて女性らしい。腕は脚同様に長い。

頭には亜人らしく、獣の耳が生えている。俺の印象ではその耳もネコのものに近い。

顔にもネコらしさがあって、目は切れ長の吊り目だ。だが不思議とキツい印象はなく、親しみを感じさせる。


そしてこれが彼女の最大の特徴と言えるだろう。


リベラはオッドアイだ。

漆黒の右目に黄金の左目。


この目を見て魅了されないものなどいないだろう、と思わせる魅力をリベラは備えていた。


「客人、リベラが世話になったようだ。是非休んでいってくれ」

「あ……はい。ありがとうございます」


見惚れる俺に釘を刺すように、男が言う。

俺は心底ほっとする。


ようやく人心地つけそうだ。

なんせこの世界に来てからこっち、飲まず食わずで町を彷徨っていたのだ。

おまけに生まれて初めての殺し合いまで経験している。


これで疲れない方がどうかしている。

喉も乾いたし、腹も減っている。


……頼めば、食事くらい恵んでくれるかもしれない。


ようやく少し安心すると、俺はそのまま倒れた。

鼻におがくずが入った感触を最後に、目の前は真っ暗になった。

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