戦闘、崩壊
敵を睨む。
一人は昏倒。
もう二人は健在。臨戦態勢だ。
暗くてよく見えないが、二人とも背中に大型の武器を担いでいるようだ。
さらに睨む。
大の男二人を相手にして勝ち目などないと知りながら。
「何だ、この無職……俺達が《戦闘職》だって知って喧嘩売ってんのか?」
「いや、油断はするな。あるいは《暗殺者》ということもあり得る」
「そうか。なら、この場合は正当な自衛に当たるな?」
「十中八九な。なんせ《弓術士》が一人ヤラれてる」
二人は何やら納得すると獰猛な笑みを浮かべ、それぞれ武器を手にした。
一人は背丈ほどもありそうな大剣、もう一人は禍々しい形状の杖。
どちらもただごとではない殺気を放っている。
「――いくぜ、無職くん」
大剣の男が呟き、大剣を大上段に振りかぶる。
瞬間、焼けた鉄鍋に落とした水滴が如く、俺は爆ぜる。
大剣の男との距離は一瞬で縮まる。
ここは売春、殺人、窃盗あらゆる凶行を歓迎する、犯罪にうってつけの人気のない路地。
左右は建物の外壁で囲まれ、十分狭い。
当然、バカでかい大剣を振り回す広さなどない。
となれば大剣の男に取れる行動は一つ。
ただ一つの空いたスペース、つまるは頭上に剣を掲げることのみ。
「――だろうなッ!」
俺は本日二個目の鼻を砕きながら吠えた。
「てめえ、本気で死にてえらしいなッ!!」
怒声を放つ杖の男に向かい走る。
男は杖を両手で握りしめ、呪文のようなものを唱え始める。
『雷の精霊よ――』
脳内に直接声が響く。
これはまずい。
俺の知らない、この世界でしかなし得ない技が今、繰り出されようとしている。
右足で地面を蹴飛ばし加速する。
加速を殺すことなく、そのままタックルに持ち込んでアレを止める――!
という目論見はあっけなく崩れた。
「させるかよ、クソ無職が」
最初に倒した男が、いつの間にか左足にしがみついていた。
『正せ、彼の者を――』
俺は一度加速した体を制御出来ず、倒れ込む。
『――《放電》』
頭の中に声が響いた瞬間、全身の毛が逆立つ。
プラスチックの下敷きで髪の毛を逆立てて遊んだ時のように。
暗い路地が青白く光り、
「がッ……」
雷に包まれる。
クールビズスタイルのスーツが焼ける。皮膚も焼ける。
筋肉が水を失った魚みたいにみっともなくはしゃぐ。
悲鳴も苦悶も許されない、圧倒的に不自由な雷の世界だった。
「何だ、牽制のつもりだったが……一発で死んだのか?」
杖の男が心底面倒くさそうに呟く。
「おいおい、いくら正当な自衛でも、殺しちまったら大分めんどくせーぞ?」
大剣の男が同調する。
俺は路地を汚すゴミの一つになってゆく。
かろうじて意識はある。
が、視界の左下のステータスを見ると、
HP 0 / 15
と表示されていた。
妙に死を納得させられた。
もう終わってもいいと思えた。
死んだ母親のことを思い出す。
アル中の父親から逃げ出し、女手一つで俺を育ててくれた母。
バイトを三つ掛け持ちして大学まで行かせてくれた母。
病気で死ぬその日まで、俺が前に進み続ける理由そのものだった母。
その母が、今では目の前にいる。
俺は語りかける。
もう、そっちに行ってもいいか?
「だめ」
頭の中で、亜人の少女が応えた。
「だめ」
俺を強く引き止めている。
天に召されゆく俺を、地上から強く惹いている。
「――絶対、死んじゃ、ダメ!!」
少女の叫びが脳内に響いた。
叫びは質量を持って何度も何度も頭蓋骨にぶつかって、ブロック崩しみたく跳ね返って、脳味噌をぶつかったところから崩していく。
崩れていく。
人でなくなる。
とけて、
きもちいい。
やがて、
のうみそ
の
さい
ご
が
こわれた。