解放への金庫
オルクの計画についてのは話しは数時間に及んだ。
労働の疲れと、冷たい床の感触がライアンを睡眠への欲望に駆り立てるが、そんな眠りの欲望を必死に抑えながら計画の一部始終を頭に詰め込もうとする。
なにせこの計画が成功するか否かで自分達の未来がまるで変わるのだ。一時の欲望に負けて台無しにするなどあってはならない。
まずは手に入れた銀貨を使い、逃走した後に野垂れ死ぬことがないように買い求める物資だ。
必要な物資については ─北方でも活動できる衣装一式、靴や頭巾や荷物入れなど。 ─最小限の日常用品、蝋燭や火口箱、小さい鍋など。 ─食料品、パン、干し魚や肉、塩。
そして懐に隠せる護身用の小刀。
少々心もとない物資だが、ライアンが想像してた身体1つの逃走劇よりは十二分にマシだろう。
本来なら北方に向かう旅人などは万全の装備で行くのだろうが、重すぎる荷物が原因で捕らえられるなど、なんの為の物資なのかわからなくなる。必要最小限だ。
奴隷の姿でも、金さえあれば面倒な質問もなく取引ができる、西街道の裏にある闇市ならここにある物資も購入することができるはずだろう。
「そう言えばこの物資を隠せそうな場所はあったのかい?」
必要な物資の説明を終えたオルクが、少し不安そうに語る。
奴隷は主人に与えられた物しか保持する事は許されない。財産などもっての他だ。
ここにある物資が見つかろうものなら、取り上げられ、拷問されたのちに出所を話すしかなくなる。
必要な物資が揃っても、それを隠しとおせる場所が重要になるのだ。
「言われたように見つけてあるよ。というかずっと俺が使ってる場所なんだが」
「ずっと使ってる場所?」
「あぁ。中央市場から牢にくる途中にある、数年前に火事があった一角があるんだが。幽霊がでるなんて噂話があって誰も近づかないし、取り壊しもされず放置されたままなんだ。その1つに地下室がある場所があってな、そこなら隠せるさ」
「よくそんな場所見つけたね…」
オルクの呆気にとられたような雰囲気を気にもせず、ライアンはふふんと、自慢気に鼻で笑った。
「幽霊がいるなら見たいしな。仕事終わりに探索しているときに偶然見つけた場所なんだ。そこに今まで拾ったものを隠してるんだが、未だに見つかってないぜ」
「君のそんな探求心溢れる所は良いところだよね。たまに危なっかしいけど」
皮肉めいた言葉でもあったが、そんなライアンの気になれば取り敢えず調べるという好奇心をオルクは気に入っていた。
ライアンも気分を良くして、だろ。と笑う。
二十歳を越えた青年が十数才の少年に褒められるというのもおかしな光景なのだろうが。
「取り敢えずこれで隠せる場所も大丈夫だね。取引はライアンの言っていた闇市で何回かに分けてやること。闇市だからって油断しないようにね。お金も預けるけど見つからないように、見つかると最悪殺されるから」
さらっと恐ろしい言葉を変わりのない表情でオルクは話すが、慣れた様子で
「了解しましたよ。オルク先生」
とライアンは返した。
これまでの講義や数年の付き合いで、オルクが邪悪な意味をその言葉に込めていない事はよくわかっている。ただ事実を淡々と言っているだけなのだから。
「僕は今話した計画の根回しを行うよ。ライアンには普段の労働もあるし、負担が多くなるけど、すまない」
「気にしないでくれオルク。元は俺が言い出したことじゃないか。それに自由の為ならなんだってできるしな」
「そうだね、気にしないでおくよ。じゃあそろそろ寝ようか。さすがに明日に響きそうだし」
おいおい!とライアンは声をあげそうになったが、ここは静まりかえった奴隷牢だ。すぐに口を閉じる。
まったくオルクのこういう所は、自分の命の危険があっても変わらないな。まあその冷静な性格も先生の長所か。
静かに自分の寝床へと移動していくオルクを見ながらライアンは含み笑いをした。
さて忙しくなる。
いつも以上に動かないといけない。そしていつも以上に慎重に、賢く。
ライアンはオルクから託された銀貨入りの小袋を握りしめた。
自由になる。
故郷と家族を奪われた。そのすべてを奪った略奪者達の、奴隷として生きる生活を終わらせるのだ。
自由になり、自分の尊厳とそして一族の名誉を取り戻す。
胸がドクドクと高鳴りを上げるのがわかった。冷たい床で冷やされていた身体もいつしか暑く、指先でさえ熱をもっている。
血が未来を渇望しているのだと理解できた。
「自由になるんだ…!」
抑えきれない感情をライアンは言葉にだす。
先程まで残っていた眠気などは姿を消していたが、それでも眠らないと明日からのすべてに支障をきたす。
湧きだつ感情を殺しながら、ライアンは瞼をグッと瞑った。
必要な物資。そして年端もいかない少年が考えたとも思えない計画。
すべてを噛み合わせないといけないのだから。
眠りへと落ちながら、オルクの語った計画をライアンは思いだし、その場面を脳裏に浮かべてやるべき事を想像していたのだった。