銀に群がる骸骨
蝋燭の灯りは消され、奴隷牢は暗闇に包まれていた。獣脂蝋燭特有の鼻にまとわりつく香りだけが余韻を残している。
先ほどまでの喧騒もなくなり、他の奴隷達もすっかり眠りに落ちているようだ。
2人はボロボロの毛布の下で誰にも聞こえないよう、声の音量に気をつけて会話を始める。
「オルク、お前まさか貞操を…!」
「さすがに怒るよ?」
冗談のつもりだったが予想以上にオルクは冷たい声色になる。第一声からさすがにはしたなかったか。いやまず彼がこういった冗談に本気で怒るのをつい忘れていた。
「いや冗談だ。すまない」
しかし9割が冗談ならば、残りの1割は今言った疑念があったのは確かに事実だったが、さすがにそれは心の中に閉まっておいた。
ライアンは小さく咳払いをして、でだと前置きをし
「本当の所はどうやったんだ?銀貨なんて市民でもそうそう手にいれれるものじゃないはずだろ」
待ってましたと言わんばかりにオルクは話しだす。
「僕たちの主人が街にある領主直轄の倉庫の一部を任されている事は君も知っているよね」
ライアンはその言葉に軽く頷く。
「ここからは知らないと思うけど、主人は倉庫に蓄えられている作物の加工品の一部を商人に横流ししているのさ。勿論領主にわからないように、足のつかない商品ばかりをね」
つまりそれって、とライアンが言おうとするとオルクがすぐに次の言葉を続ける。
「つまり明るみになれば大罪は免れない、自分の立場を使った横領をしているのさ」
自分達の主人がろくでもない人間だとは思っていたが、さすがにそこまで私利私欲の為に行動する人物だとは思わなかった。
仮にも街での特権を認められている貴族の1人なのだから、なんというか領主や帝国には忠義みたいな物があるかと考えていたが、どうやら馬鹿げた発想だったらしい。
ライアンは呆れはてた。
「まあ俺達の主人がどうしようもない人間だってのは改めて理解したが、それとその銀貨がどう繋がるんだ。それにその横流しの件もよく知っていたな」
「横流しの件を知ったのはもう随分前かな。僕は彼のお気に入りみたいだからね。邸宅での仕事で倉庫に蓄えられてる商品の税の管理やら、その書類の作成なんかをしているんだ」
そんなものをなぜ奴隷に、とライアンは言いかけたが、目の前にいるのは間違いなく神童だ。オルクにやらせれば並の人間が3人いてもその要領のよさには及ばないだろう。私利私欲の貴族はやはり欲には勝てないのかも知れない。
「で、植物油の一部で納められていた税金の額と実際に倉庫内にある実物の量で計算が合わない事がよくあってね。よくよく調べたらその油を主人が意図的に回収している事がわかったんだ。まあ僕にとってはどうでもよかったんだけどね、利用できるなとは思ったよ」
話しの流れが危うい方向に流れていることは、さすがのライアンでも薄々気付きだした。
「簡単に言えば銀貨を手に入れたのはこの横領で発生している利益の一部かな。横領した物資を商人と直接取引している使用人の1人がいてね。まあ彼もその横領金から更に自分の懐に銀貨を抜いていたんだけども」
「おいおい、オルク先生。つまりその使用人を…」
「そうだね。脅したのかな?ただそれを指摘しただけでここまで銀貨をくれるとも思わなかったけれども」
暗闇ではっきりとは見えないが、オルクはいつものような優しい表情でこれを語っているんだろうか。
この天使のような少年は何時からこんな策略を張り巡らすようになったんだろう。奴隷とは人の心も変えるのかと、ライアンは心底この身分に嫌気がさした。
だが今の話しを聞いてるとどこか綻びのようなものを感じた。
待て待て、つまりオルクの命が危ない状況になっているんではないのか。使用人が主人にそれを洩らす可能性は少ないが、使用人にオルクが消される可能性も十分ある。
「頭の悪い俺でもわかるんだか、かなり危ない橋を渡っているよな」
「どのみち逃走するんだから危ない橋を渡るのは同じさ。それより必要な物は手に入れないとその橋も渡れないよ」
確かに1週間というのも時間を考えれば、ライアンの脳裏をよぎった行動に使用人がでるのも考えにくい。
それよりも今は逃走に必要な物質を手に入れれる資金があるのだ。
今さらだが、もうあとにも退けなくなった。
「さてじゃ逃走に必要な物質と、包囲された街からの逃走計画を話していくね」
横領や銀貨の話しでもうすでにパンクしそうになっていたが、そうだった本番はこれからなのだ。
ライアンは深く深呼吸をし、冷たい空気で自分の頭を冷やす。
「あぁ頼む」