整備工・バラッジ
結局、その夜はまともに寝ていなかった。
いや、眠れなかった。
戦闘中で中破したと言うなら止むを得ない事と割り切れただろう。しかし、何者かによる破壊工作の可能性が有るというのは深い怒りと喪失感、それと大きな疑問、遣る瀬なさが延々と巡り、俺を悶々とさせる。
愛用していた銀時計の針は既に6時を指していた。
各企業の整備工場、販売拠点の業務開始一時間前だ…
とにかく、マハトガを修復するか予備機の用意をするにしても、詳しい奴に話を付けたい…出来れば安上がりで。
「となると、アイツしか居ないか…」
と、思わず溜息をついてしまった。
アテが一人だけ居る。
腕も確かで、安上がり、極めて優秀な整備工が。
ここまでの好条件なら、溜息をつく理由が見つからないように聞こえるだろうが、かなり癖が強くて、このようなタイミングでなければ敢えて頼ろうとは思えない男だからだ。
俺は観念して、身仕度を済ませて安宿を後にすると、
30分程の道程を経て、その男の整備店に辿り着いた。
朝だろうが昼間だろうが煌々と光るネオンサイン、
少し錆の付き始めたガレージのシャッター、その隣に来客者用の入口がある。ガレージと受付兼事務所は後ろにあるドア一枚で隔たれている。
だが、この時間帯、この男は受付には居ない。
「《バラッジ》!おい!開いてるか?バラッジ!!」
とシャッターを叩いて男を呼ぶ。
暫くすると、シャッターを上げて、ゴーグルを頭の上に載せたドレッドヘアの男が暖簾を潜るように顔を出した。
男は俺を見るなり、
「ギャハハハ!!ウェイドじゃねぇか!相変わらずシケたツラしやがって!女にでもフられたか!?」
と開口一番、この軽口だ。バラッジの口は止まらない。
「珍しいじゃねぇか!てか、専属整備工に半年以上顔を出さねぇ放浪者なんてそう居やしねぇよ!どっかでくたばっちまったかと思ったぜ、ギャハハハ!」
この通りだ。
他の放浪者達がどう呼ぶかは知らないが、まるで弾幕の如く止まらない軽口やジョークとデカい笑い声。
だから弾幕野郎。俺はそう呼んでいる。
しかし、このままではバラッジが止まらないので、
「それとも何か?もしかして俺の事が恋しく…」
「あー!バラッジ!仕事だ!仕事を頼みに来た!」
3言目を言われる前に急いで止める。
Z.A.K.O.のマシンガンよりもコイツの口の回転速度の方が速いんじゃなかろうかと思った事は数知れない。
バラッジは眉を上げ、
「ああ?仕事?」と拍子抜けしたような返事を返した。
俺はバラッジに状況を説明する。
「すると何か?マハトガのコクピットをZ.A.K.O.に吹っ飛ばされたってか!?ギャハハハ!お前が神妙な顔してジョーク飛ばすやつだとは思わなかったぜ!」
俺は「バラッジ!」とこの男を制すると、漸くマトモに取り合う気になったのか、拳を鳴らして
「で、マハトガは今何処にある?」
と俺に訊ねた。
バラッジはガレージのシャッターを押し上げると、庫内からストレングス・ハート輸送用の車両を出し、そのまま俺を助手席に乗せると、エンジンを始動させ走り出した。
ろくな舗装はされていない道なので少し車内は揺れてはいたが、バラッジが車両にも改造を施していたのか、見た目以上に揺れが気にならない程度には快適だった。
「ふっ飛ばされたって…そのZ.A.K.O.をけしかけた奴に心当たりはねぇのかよ?」
とバラッジは訊ねた。
「…マハトガが爆破される前、ある男にZ.A.K.O.5機の撃破依頼を受けた。その時、戦ったZ.A.K.O.の1機が、マハトガに取り付いて自爆しようとしていた。」
「もう二度目だが、そりゃ有り得ねぇな。Z.A.K.O.に自爆機能なんてねぇ。直近の改修も、センサー類やFCS(火器管制システム)の見直しで留まってる。至ってスタンダードな機体のコンセプトを貫く機体ってのがZ.A.K.O.だ。」
「だが、確かに旧世代の量産機が積んでるような自爆コンポーネントの起動音を聞いたんだ!」
「別に疑う気はねぇよ。俺ァ、メカニックだ。機体に聞きゃ解る。それに、そこまでシリアスに言われちゃ、形はどうあれ「誰かに」爆破されたって解るさ。」
とバラッジはつまらなそうに返すと、
「で、その依頼主はどんなヤツだったんだ?そいつの自作自演とかそういうセンは無いのか?」と聞いた。
「茶色のコートを着た男で、壮年。30そこそこの歳に見受けられた。ユニス酒場を合流場所に指定してきて、報酬を受け取った時に、これも置いて帰った。」
そう答えると、チップが埋め込まれたクリスタルをバラッジに手渡した。
バラッジはそれを受け取ると、さっと目を通して、俺に返した。
「…どっかの機関で開発されたとかいう記憶媒体で、確か、プリズムリフレクティブメモリーって名前だった筈だ。特定のパターンのアプトレーザーリーダーでのみ読取りが可能な高度暗号化メモリで、裏社会じゃ、稀に連絡手段として使われるらしい。」
アプトレーザー…現在でも未だ研究が続く新物質、「アプター粒子(Upteu-Particle)」を応用したレーザー光の一種。旧大戦後期に創設されたいくつかの研究機関が兵器への転用も視野に注力していた研究対象の一つだ。実際、実戦レベルの兵器転用は旧大戦中で成功を収めていたらしいが、大戦後、その技術が明るみに出る事はなく、現在ではアプター粒子を用いた兵器は都市伝説上の存在と化している。
こうして15分程の道程を超え、中破したマハトガを格納している共有ハンガーへ辿り着いた。共有ハンガーの操作コンソールは新しいモノに交換されていた。
車両から降りたバラッジはコンソールを操作し、マハトガが格納された共有ハンガーを右180°、垂直方向に90°回転させ、マハトガを横たわらせた。
「…こんな操作が出来たのか…」とその横で俺が呟くと、
バラッジは吹き出し、
「おいおい冗談だろ!一般常識だぜ!?バハハハハ!」
と笑い転げた。
バラッジは再び輸送車両に乗り込むと、マハトガの下にバックで車両を着け、機体固定用のキャリングアームユニットでマハトガの四肢を掴むと、ハンガーからゆっくり引き出し、マハトガを仰向けの状態で載せた。
「よし、機体は載ったな。足底部のオートロックも機能してっから、機体の安定はしっかり出来てる。」
と輸送車両と機体の積載確認を済ませ、再び車両に乗り込むと、整備店へと走り出した。