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崖上の区画

作者: 浅賀ソルト

盆地の町で定食屋を探していた。中心にも繁華街はあったが古そうな商店街を歩いて坂を登っていくと生活感のある猥雑な界隈に出た。焼き鳥の看板が出て、昼間なのに軒先に木の長椅子が片づけられずに出しっぱなしになっていた。飲み屋はまだ営業していなかったが、やっている店もあるだろうと思ってそのまま坂を登っていった。

やがて軽自動車でも通れないほどに道が狭くなっていった。いかにも再開発前といった曲がりくねった道になり、傾斜が急になった。石を敷きつめた道になった。石畳の凹凸や隙間に足のヘリを引っかけるようにして歩いた。景色そのものが興味深く、その頃にはとりあえず上の方まで歩いてみようと思い始めていた。異国情緒のある風景は写真に撮って人に見せたらそれなりの反応がありそうだった。

建物の方はヨーロッパの坂町というよりは昭和のバラックといった様相に近かった。瓦屋根よりトタン屋根。モルタルとか漆喰の壁にアルミサッシの窓枠。完全に工事現場の仮設事務所かと思うような、十字に補強が入ったプレート壁のアパートがちらほら見えた。

ぐっと曲がりながら坂道を登りきると、眺めのいい空き地に出た。あろうことか仮設トイレまで立っている。日が傾いて、夕焼けがあたりの安っぽい家々の壁を照らしていた。空き地は砂利だけが敷かれ、雑草が周辺に生えていた。朽ちた軽トラックがその雑草に半分埋もれていた。

自分のいるところは渓谷の中心の高台のようだった。左右には尾根が挟むように伸びていて、その斜面にも古そうな家が建っていた。後ろを見ると坂はまだ続いていた。百メートルも行かずに家は途切れてあとは林になっていた。

雑草をよけながら前に出て崖下を覗こうとするが、そっちには柵も何もないのでなんとも怖い。それでも切り立った場所が見つかり、その下は雑草と木しか生えていないようだった。普通は崖の際までコンクリートや石を組み合わせて土砂崩れ対策をするものだと思うのだが、そういう剥き出しの土の場所が上に五メートルほど残っていた。なんとか下を覗くと、崖の土台部分はちゃんと補強してあるようだ。木も草も生えていない。崖下の家も仮設事務所で、人が住んでいるようには見えなかった。

一際目を引いたのは空き地の左側にある建物だった。緑の網のフェンスがあってこちら側には入口がない。一階は隠れて見えず、二階の窓が私が立ったときの視線のやや上といった位置だった。建物は仮設事務所よりはマシだったが、長方形の味も素気もないアパートで、窓が等間隔で六つ並んでいた。間に金網があるとはいえこの空き地との距離が近く、洗面台の鏡の距離で中を覗けそうだ。もちろん全部にカーテンがかかっていたのだが。

その金網のフェンスの上に、中学生くらいの女の子が座っていた。白いワンピースを着て、足をこちら側に下ろしてぶらぶらさせている。遠くからでも、その脚に吹き出物がたくさんできているのが分かった。こちらをじっと見ている。両手でフェンスを掴んでいるがどこかおかしかった。ミトンを付けているのかと思ったが近づいてみると違った。指が火傷しており、ほぼ全部がくっついているのだ。

脚も火傷の跡だった。視線を上げて顔を合わせると、この年齢の女の子としては無感情以上の無感情な表情で見つめられた。人間というより爬虫類や魚のような目だ。その顔には火傷はなく、しかし、吹き出物がたくさんあった。頬から首まわりにかけて粉をふいていたり、治りかけのかさぶたをはがしたピンクの跡もたくさんあった。

まったく視線を外さなかった。こっちがなんとなくアパートや後ろの尾根の方に視線を外しても、こちらをじっと見ている姿が視界にあるので、しょうがなく近づきながら顔ごと盆地の中心を向いた。

「やあ」そしてなるべく笑顔になるように彼女の方を見た。

返事はなかった。

気まずくなり、写真を撮る気も失せた。私は振り返り、ゆっくり立ち去ろうとした。背中に視線を感じた。

食事をできそうな所は無さそうだ。沢のような地形は密集したバラックを越しに分かるように上に向かって狭くなっていっていて、そこに点々と小さな看板が見える。小料理屋とか日本酒のブランド名のようなものは見えるが、開店している様子は無い。民家を改造したスナック的な何かかもしれない。日が落ちてきたのでそのうち明かりも灯るのだろう。

急な下り坂を進んで元の場所に戻ろうとした。下から人が登ってきた。中年の盛りを過ぎた小太りで脂ぎった男だった。白のポロシャツにチノパン。首にタオルを巻いている。昔の日本映画で見たことあるような気がした。

中年の男は少しニヤッと笑った。先程の高台の空き地の斜面側にある家の方に向かうと、立て付けの悪そうな戸をガシガシと叩いた。予想通りのガラスのガタガタいう音が鳴った。中から誰かが開けた。男がポケットから財布を出して金を出すと、中に手を突っこんだ。その手を引っこめると金は握られていなかった。男は緑の金網の方に向かった。少女はまだそこに座っていた。

私がじっと見ていると、驚いたことに、男はまるで子供が公園の裏道を行くかのように少女の横のあたりの金網を登り始めた。そのときになって私は男がスポーツシューズを履いていることに気づいた。

登りきって向こう側に行くと、慎重に足を下ろしていった。少女は網の上からただ見ているだけだった。足をブラブラさせ、金網が揺れるので両手で掴んでバランスを取っている。

窓が六つあるアパートの二階で何かが動いた。気になってそちらをじっと見るが、何が動いたのかは分からない。

ふと見ると先程男が金を払った戸がいつの間にか閉まっていた。

そして不意にあははははという小さな女の子の笑い声が聞こえた。ふざけたりじゃれたりしたときに小さな子供が上げる、本当に無邪気な笑い声だ。複数の声が聞こえる。女の子たちが遊んでいるのかもしれない。方向は金網の向こうのアパートだが、その中なのかさらに向こうのどこかなのかは分からなかった。

金網を越えた男はそのまま奥の方に行って建物の陰に入って見えなくなった。

また下から男が上がってきた。車が来れないせいか、またしても徒歩だった。今度は痩せた男で、貧相な体にたるんだ顔の皺が口や目を下に引っぱっている見た目だった。大きい革鞄を持っていて、金属のガチャガチャという音をさせていた。

私は周囲から監視されているような気がして落ち着かなくなり、鞄を持った男がやってきた方に下ってそこをあとにした。


夢で見た風景を書きました。夢ではもっと直接、少女への加虐売春の片鱗に触れたのですが、夢見が悪かったのと、どこか幻想的で、それを文章にする技術が無かったのでやめました。

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