異世界は甘くなかった
ヤッサンの煙が晴れると、そこは森の中だった。
自分の体を見てみると、服装は動きやすい素材でできた長袖の作務衣のようなものだった。藍色一色で柄もなくちょっとダサい気がする。靴は自分の足にフィットしたいい感じの革製のブーツのようだ。これはいけてる。少し目にかかる前髪は黒。目の色は後でチェックが必要。それから体の大きさは・・・変わらないかな。目線も前と変わらんし。赤ちゃんからやり直すタイプじゃなくてよかったけど、どうせだったら身長伸ばしてくれればよかったのに。2mほしかったな。ちぇっ。でも全体的に筋肉質な体になっている気がする。前は割れてなかった腹筋が割れてるよ。ひゃっはーー。
一通り自分の姿を確認した後で、改めて周りを見渡した。
「あー。本当に来ちゃったなあ。ここどこだろう?」
木々のざわめきしか聞こえないのが寂しくなって独り言をつぶやく。
「ん?」
よく耳を澄ませるとかすかに水の流れる音がした。これは
「川か。」
とりあえず音のする方に歩いていくと、きれいな小川が見えてきた。川べりには丁度いい切り株があったので座ってみる
青い空、白い雲、木々のざわめき、小川のせせらぎ。
久しぶりに静かな気分になり、少しぼーっとする。
「さてと、ステータスのチェックでもするか。」
切り株の上に胡坐をかき、ちょっと大きめの声で言ってみる。独り言って悲しい。
「それにしても切り口のきれいな切り株だな。絶対自然に倒れた奴じゃないよねこれ。」
斧で切ったらもう少し断面に凹凸があってもいいと思うのだが、これは何か鋭いもので一刀両断されたような切り口だ。ふっと後ろを振り返ると同じような切り株が2メートルくらい続いていた。切り倒された木はバラバラになって切り株のそばに横たわっている。
あー、これ絶対斧で切った奴じゃないな。なんかウィンドカッターとか使える魔物の仕業かもな。もしくは人。人であってほしいな。今この状況でモンスターには会いたくない。ん?これってフラグかな?まあいいや。気にしない。それよりも今はステータスだ。
「えーと、ステータスとアイテムボックスの確認ってどうやんだろう?」
すると、
ピロン♪
といってウィンドウが出てきた。
[ステータス]
名前:聞くの忘れたから自分で入力しろ
性別:男
種族:人族
年齢:16
レベル:1
魔力量:3500/3500
職業:旅人
スキル:剣術Lv3 調査Lv1 隠蔽Lv1 学習Lv1 料理Lv10 家事Lv10 物理攻撃耐性Lv30 魔法攻撃耐性Lv30 アイテムボックス
称号:転生者 放浪する者 学ぶ者 神の知人
何個かよくわからない物があるがとりあえずここに突っ込みたい。
「ヤッサン、俺の名前知らなかったのかよ。」
「さてと、とりあえず名前の入力でもするか。ここをタップすればいいのか?」
とりあえずステータスの名前の欄をタップする。
「おお。」
ステータス画面の上に重なるように名前の入力欄が出てきた。言語は日本語のようだ。どうやら漢字に変換することもっできるようだった。
少し考えてから画面に指を走らせる。
『地獄野 大蛇』
と入力してニヤニヤしながらOKボタンを押す。すると、
『一度決定すると名前の変更はできません。本当にこの名前でよろしいですか?10年後20年後もこの名前で生きることになりますが本当に、本当によろしいですか?』
とでてきた。僕は黙ってキャンセルボタンを押して素直に自分の名前を打ち込んだ。こう冷静に指摘されるとなんか、ね。こっちも冷静になるよね
さて、とりあえず他のステータスの確認をしよう。
種族とかはまんまだし、魔力量は平均がどんなもんかわからないしなぁ。職業は旅人か。地味だな。後はスキルだけど、剣術がLv3なのは日本で剣道やってたからかな?調査とか隠蔽は何となくわかるけど学習ってなんだ?料理スキルと家事スキルは何が違うんだろう?詳しく見れないかな?あと、アイテムボックスを確認したいけど、どうやって・・・。
ヒュッ
突然。耳元を後ろから何かが通り過ぎた音がして、目の前の小川の水がザクッと割れた。かと思ったら、後ろでドンっと何かが倒れる音がする。
「いや、まさか。まさかね。」
呟きつつ、ぎぎぎと音を立てそうなほど固まっている首を回しゆっくりと後ろを振り向くと切り株が更に増えていた。そして奥の茂みからは1匹のイタチが出てきた。ただし、普通のイタチではなかった。前足が鋭い鎌の形をしている。間違いなく魔物だった。
「どうしよう・・逃げなくちゃ。早く・・・早く逃げなきゃ・・・。」
固まっている体を何とか動かしイタチから目を離さずにじりじりと後ろに下がる。しかし、イタチはそれを許さなかった。両腕の鎌を勢いよく振りあげ木々を簡単に切り倒す風が生むと、一気に腕を振り下ろし獲物に向かって風を放つ。
「うわっ!!」
反射的にその場にしゃがむとすぐ上を風の刃が通り過ぎる。よけれたことに少しホッとしたが、攻撃はそれで終わりではなかった。
気づいたとき、イタチはもう目の前にいた。
考えるよりも先に体をのけぞらせ、腕で顔をガードする。その腕に鋭い痛みが走ると同時に体が弾き飛ばされる。イタチに腕を切られ、体当たりをくらわされたのだと気づいたのは切り株の一つに背中から激突してからだった。
腕はちゃんと繋がっていたが大きな切り傷が両腕に一本ずつできていた。ザックリと切れた腕から血が溢れだす。あまりの痛みに傷口が広がっていっているかの様な感覚を覚える。腕に力が入らない。ぶつけた背中も痛い。呼吸がうまくできない。
イタチはゆっくりとこちらに近づいてくる。鎌からは血が滴り落ちている。
あれは誰の血?
ボクノ血ダ。
認識した途端、焦りと恐怖が加速した。
どうしよう。戦わなくちゃ殺される。でも武器もない。そうだ、アイテムボックス。アイテムボックスに剣くらいあるんじゃないか?でも剣を出したところでどうする。この腕じゃろくに振れはしないだろうし、普通に勝てないだろ。こんな化け物。ここで死ぬのか?せっかく転生したのに?いやだ。怖い。怖い。怖い怖い怖い!!
イタチはもう目の前だ。逃げなくちゃとわかっていても、体に力が入ることはなかった。イタチが鎌を振り上げるのが、やけにスローモーションに見えた。鎌の先から赤い雫が飛ぶのが見えたとき、どこか冷静な頭で思った。
「ああ、死んだ。」
ぎいぃぃぃん!
振り下ろされた鎌は僕に届くことなく、目の前で静止した。何かが鎌を止めていた。これは・・・刀?ハッとして上を見ると、一人の精悍な顔つきの男がいた。袴を着ていて髷を結っている。男は僕の視線に気づくと、ニカッと笑い言った。
「助太刀いたす。もう大丈夫だぞ、少年。」
僕が異世界で初めて会ったのは、一人の侍だった。