03
砂漠を駆けること数時間、二体の石造の巨人が目の前を塞いでいた。
全長二メートル超というところだろう。
これは確かゴーレムと呼ばれる人工魔人だったはず。過去に何度か遭遇し戦った事がある。
ゴーレムは魔人と言っても人間の敵でもなければ味方でもない。命令を実行するだけの人形である為、侵入者を排除する装置としてよく使われていた。
ゴーレムを破壊する為には核となる魔力結晶を抜き出すか、破壊する必要がある。
ただでさえ硬くて壊れにくい癖に核さえ生きていれば壊れた部位も元通りになる。
魔族側にも人間側にも、どちらにもいる厄介な奴だった。
現在、ゴーレムからの距離は五メートル程。
ゴーレムたちはまだ動く気配がない。命令における守護する領域に俺はまだ入っていないのだろう。
ゴーレムの目には光が宿っておらず身動き一つしない。
見てるだけでは何も進まない。
俺は一歩また一歩と慎重に近づいていった。
ゴーレムとの距離が一メートルを切った時、ようやくゴーレムの暗い双眸に赤い光が灯る。
瞬間、頭上から拳が降ってきた。
それを俺は後ろに飛びのいて躱す。
しかし、もう一体のゴーレムが既に俺の後ろに回り込み、両手を広げて待ち構えていた。
ゴーレムは叩き潰すように両手を胸の前で合わせる。
轟音が響く。
ただそれは俺の体が挟まれ壊れた音ではない。
ゴーレムの胴体が木端微塵に破壊された音だ。
ゴーレムの掌が合わさるまでに俺はゴーレムの両親指を掴み、上方に脱出。合わさったゴーレムの手を足場にして胸に蹴りを打ち込んだ。
胸部からゴーレムの体はバラバラになる。
俺は砕けたゴーレムの破片から魔力結晶を探し出し、踏み砕く。
さて、あと一体。
もう一体のゴーレムはと言うと怯む事無く迫ってきていた。
恐怖を持たないというのも厄介な点である。
このゴーレムは過去に見てきた奴らに比べると相当動作が速い。
しかし、魔王程ではない。
それに俺の拳の方が硬い。
というわけで戦闘省略。
目の前には粉々になった元ゴーレムが風に舞っていた。
「あれま。私のゴーレムちゃん達がやられてるわ」
ゴーレムを倒し、錬金術師の隠れ家の中に入ろうとした時だった。後ろから声をかけられた。
真っ赤な長髪に真っ赤な瞳、赤い三角帽に赤いローブで赤いブーツと赤尽くしの女性。
外見から判断するに俺より数歳年上と見る。
それにしても白々しい。
ゴーレムを倒すところを見ていたくせに今気づいたような演技をしている。
「砂漠を渡る食料と水を分けて貰う為に破壊させてもらいました」
ニコッと勇者スマイル。
勇者というのは結構シビアな世界であった為、こういった他人に好印象を与える技術が必要となる。
『笑顔は防具。仲間の好感度マイナスになったら即殺』って魔法使いが言っていた。
「笑顔で逃れられると思っているのかしら?」
笑顔は防具。あくまで防具。武器ではない。
「困ったわね。この子達には実験相手になってもらおうと思っていたのに」
「それは困りましたね?……そこらでドラゴンでも引っ張って来たらいかがです?きっと彼らより良い実験になりますよ」
あなたの仕業じゃない!という言葉を瞳に込めて彼女は俺を睨みつける。
・・・昔、ゴーレム相手にも情け容赦をかけた男がいた。
彼は核だけ抜き取り、その場を去ろうとしたのだが凄惨な結末が彼を待ち受けていた。
核があればゴーレムは死なない。だから彼は核だけ抜き出し後で救済するための措置をする予定だった。
しかし、ゴーレムの壊れた体は彼の意図など知らずに復活を遂げようと核に集合したのだ。
結果、彼は集合し結合していくゴーレムの体に押しつぶされ無残にも体の一部となってしまったのだった。
結論――ゴーレム死すべし。慈悲はない。
「留守番もいなくなっちゃったし、これじゃ魔王討伐に行けないじゃない!」
・・・・・・聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。
「すみませんが、もう一度お願いします」
「留守番もいなくなっちゃった」
「その後」
「これじゃ魔王討伐に行けないじゃない」
そう、その言葉。――『魔王』。
「魔王というのは灰域にいる魔族たちの総領ですか?」
「ええ、そうだけど」
どうなっているんだ?
脳内と一緒に元いた世界の魔王に関する情報を整理してみる。
魔王と魔族について
魔王は世界の歪みが集まり生まれる存在であり五百年周期で現れる。
正確には『魔王となる素質、数百年分の歪みを背負った者が現れる』。
魔王が現れると大体魔族は人間と戦争を起こす。理由は知らない。
魔族も起源は世界の歪みであり、歪みにより生じたエネルギーを力とする。
歪みから生じたエネルギーは魔力と呼ばれる。
魔王は数百年分の世界の歪みから生じる魔力を元に生じる為、普通の魔族とは別格の存在となる。
魔族が住んでいる場所は灰域と呼ばれ、デヘナ大陸左下部に位置しアンディスカ王国の南西に位置する。大陸の中の大国ではアンディスカ王国が最も遠くに位置する事になる。
まあ灰域の事はともかくだ。
魔王は十年後に現れる予定だったはずだった。それが十年前のズレたとなると十年分の歪みが既に生じている可能性がある。
それは俺が過去に飛んだ事に起因しているかもしれない。
「何?あなたも狙ってるの?」
「そうですね、少し興味があります。・・・中で詳しい話を伺っても?」
俺は再び勇者スマイルを浮かべた。