朱に交われば
ソレ視点になります
残酷な描写があります。苦手な方は瞳を閉じて下スクロール
「あれ、今日はお客さんが多いな」
勇者を見送ってから数時間後、誰かが洞窟に入ってきたのを感じた。
気配は一つ。勇者を追ってきた王国軍が攻め入ってきたのかと思ったがどうやら違うようだ。敵意というものを感じない。
とりあえず会ってみようか。
私は勇者にしたのと同じように最奥までの空間を弄って距離を短くする。すぐ目の前に繋げるというのは面白みに欠ける為、少しだけ歩くように距離を細工する。
それでも案外早くたどり着く。
「やあ、『おはよう』?『こんにちは』?それとも『こんばんは』だろうか?」
「『こんばんは』。私はシルビア=アンディスカと申します」
艶やかな金色の長髪を揺らしながら可愛らしい少女がスカートの裾をちょこんと持って可愛らしい挨拶をする。
少女と言っても十六、十七くらいの歳だろう。背丈も一般女性より少しだけ高い。
それにアンディスカと名乗ったという事は偽物でない限りアンディスカ王国のお姫様という事になる。
「そうかい。まあ確かにそれくらい経ったかな」
「今日は一つお願いがあってあなた様に会いに参りました。……あなた様は何とお呼びしたらよろしいのでしょう?」
「そうだね、ウォルドとでも呼んでくれ。麗しいお姫様」
ノリで深々と格式ばった礼をしてみる。ただそれを見てもシルビアの表情は何一つ変わりしなかった。
会ってからずっと綺麗な笑顔を顔に張り付けている。勝負ではないがとりあえず先手を打つ。
「君がここに来たという事は過去に戻りたいのだろう?しかし、過去を変える事は世界の倫理を侵す行為だ。私にいくら権利があったとしても好き勝手に誰彼構わず過去に送るなんて事は出来ない」
「ウォルド様。それはつまり覚悟を見せろという事で良いのですか?」
「覚悟というより君の大事なものを対価として頂くって話だよ」
ちなみに勇者にも最後ネタ晴らしをしたが覚悟も対価も本当は必要ない。
世界の倫理を侵す行為と言っても、この世界自体私の所有物なのだから私が許可をした時点で何一つ問題はないのだ。
まあ、それなりに世界が矛盾しないようにだとか、世界を組み直す手間もかけるけど。
さて、彼女は私に何をくれるのだろうか。
「対価ですか」
私の言葉を聞いたシルビアの顔が曇る。
「そう。と言っても君の命とか記憶とかそういうものは取らないから安心して」
「……ふう。良かった」
これが普通だよ。
勇者みたいに自分の命以外ありませんけど?みたいな反応の方が異常なのだ。 いや、彼の場合環境が異常だっただけか。
「それなら持ってきています。入口の方に置いて来ているので取ってきてもよろしいですか?」
ほっと一息吐いた後、シルビアは出口に走り去ろうとする。それを見た私はすぐさま入り口との距離を無くした。
シルビアは驚き、私に一礼をして入口に置いてある大きな袋に手を伸ばす。
「それで君は何をくれるんだ?」
シルビアは大きな袋を少女とは思えない力で持ち上げると中身を除く暇なく、目の前にぶちまけた。
「――国です」
空気が凍った。
先程の勇者の生ぬるい感じではなく、目の前の異様な様に私は言葉を失った。 そして、そんな光景を作り出した彼女は再び先程と変わらない笑顔を張り付けている。
「……」
「ああ、申し訳ありません。これだけでは価値が分かりませんね」
そういって彼女はぶちまけたモノの一つ一つ手に取り並べながら私に説明する。
「これが父様で、これが母様、これとこれとこれが勇者様の旅の仲間で――」
・・・首首首首首首首・・・
それらを笑顔のまま表情一つ変える事無く並べて説明していく。
「――これが石を投げた宿所の男、その妻、子供、これが旅商人で……」
何袋分も首が並べられていく。一袋だと思ってました。
「――これらが地下牢に閉じ込められていた囚人の分、これで終わりですね」
途中で嗅覚遮断していなければ倒れていただろう。
視覚遮断もしたいところだが彼女を目の前にして視覚を閉ざすのは危険すぎる。
一体何袋だったのか。
時間操作して最後の方まで飛ばした為、数は数えていないが数日は経っていた。
「流石に王都分だけでもきついです。空間転移が使えなければこんなに早くにお願いするのは無理でした。……これで足りますか?」
「あ、はい」
「良かった。私の一番大事なものは、大事な人は勇者様ですから。こんなゴミの集まりで大丈夫なのかと心配しました。いえ、塵も積もれば山となると言いますし、今回は国ですけど」
キャッ、とそこで初めて笑顔を崩して最高の照れた笑顔を見せる。
不覚にも最高にかわいいと思ってしまった。
対価は笑顔ですと言われても許可出すくらいには。
「では、私を勇者様に――クロン様に会う前に戻してもらえますか?」
最早狂気の沙汰としか思えない。これ他の世界だったら何か言葉があった気がする。
恋に病んでる人間の……ヤンデレだ!
「分かった。ただし過去に戻ると言っても君が戻してほしい時間の、同じ環境を有した違う世界になる事を知っておいてほしい。それは過去に戻ったからと言って君の知っている状況とは異なる場合があるという事だ。しかし、同じ人物は間違いなくいるから安心してくれ」
「……同じ世界では無理なのですか?」
「同じ世界だと結果が出てしまっているからね。どう足掻こうと今と同じ世界に収束してしまう。君の望み的には勇者が死ぬ世界は嫌なのだろう?」
「はい」
「だから未来を君が変えていける世界に送るんだ」
「はい!」
未来を変えれるという言葉に反応したのだろう。シルビアはぱあと顔を輝かせる。
実際には彼女に合わせて世界を創るといった方が正しいのだがソレは黙っていても問題ないだろう。
「じゃあ、過去に送るよ。――よい二度目の生を」
少し不意打ち気味だったかもしれないが早く終わらせたかった私はシルビアに手のひらを向けて、魂を時空の狭間に送り込む。
何事も無く彼女の魂は時空の狭間に送られたようで糸が切れるようにシルビアの体は死に倒れた。
これから魂が時空の狭間で保管し、その間に新しい世界を創る。
「この世界は削除だな」
目の前の首溜まりを見ながら、私も次元の狭間に入っていった。
私の場合移動に特別な方法はいらない。時空の狭間に行きたいな、と思えば瞬間移動のように移動できる。
時空の狭間は基本何もない空間である。広いか狭いかの判断もつかない位には何もない。
何もない故に魂を保管してもすぐに見つかる。青い光が何もない真っ暗な場所に浮いていれば一目瞭然だろう。
そう、簡単に見つかるはずだった。
「さてと、魂を漂流しないように……、あれ?」
どこにも見当たらない。たまらず魂を探す。
ただ探すと言っても実際にあっちこっちと動くわけではない。感覚を研ぎ澄まして魂の発する波を探すのだ。
「……見つけたけど、これはこれは」
私は何もなかったかのように魂探しを断念し、世界の削除を開始する。
「勇者クロンがんばれー」
そんな罪悪感にまみれた声で呟きながら。
――――彼は気づかない。
――――僅かな歪みが生じている事に。
――――魂の漂流は珍しくない為、彼が気づかないのも無理はない。
そして、歪みは周りを僅かに狂わせ――また歪む。
今回のあらすじ
ヤンデレ姫様、勇者の元へ