少年時代 おもちゃの指輪
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少年時代【8歳】
「シャルロット、お前の婚約が正式にきまったぞ。お相手は、なんとあの大貴族アラン・アルノー侯爵様の御長男であるディーン・アルノー様だ」
貴族と言っても下級の下の方であるシャルロットの父フレデリク・ヴァンダムは、興奮しながら家族の前で次女シャルロットの婚約決定を告げたのだった。
ノエルは、少し前に婚約が決まったシャルロットが、とても落ち込んでいると言うことを聞いていた。親の決めた貴族の結婚など何処にでもある話だが、ノエルは落ち込んでいるシャルロットに、何か贈り物をして励まそうと、街の露天商を巡っていた。初めは、おいしいものを食べたら、きっと元気が出るに違いないと、おいしい食べ物を探していたノエルだった。そして、露天をブラブラ見て回っていると、愛想のいい雑貨店のおやじに呼び止められた。
「こんなのはどうだい?」
見せられたのは小さな赤い石の付いた黒い指輪が2つ。
キラキラ綺麗でよく出来ているが、どこか遠い国の品物で石はニセ物、なんの価値もないおもちゃの指輪だということだった。そして、そのおもちゃの指輪は、子供のおこづかいでも十分に買えるねだんだったのである。これならきっと喜ぶはずだ。ひらめいたノエルは、指輪を買うとすぐに走りだした。シャルロットの所まで1分でも1秒でも早く。
ノエルが広い庭の隅の木陰で、しょんぼりしているシャルロットを見つけて駆け寄ると、堰を切ったようにシャルロットは大きな声で泣き出した。
「えーん、うぇーん」
「わたぢーー、じらないおじざとーー、げ、げっげっこんざせらくうっ くっくっ ううっうのっの」
「だいじょうぶ。泣かないで」
いつもは泣いたりなんかしないシャルロットが、大粒の涙をポロポロこぼすのを見てノエルは必死になぐさめようとしていた。
小さな箱の中には小さな指輪が2つ。
「さあ手を出して」
「うっ くっくっ」
「シャルロットを絶対に守るよ、泣かせたりなんかしない、もう泣かないで」
ノエルはシャルロットの左手を取って、薬指に小さなおもちゃの指輪をはめる。
「ねぇノエルも手を出して」
泣き止んで少し落ち着いたシャルロットは、ノエルの左手を取って、薬指にもう一つの小さなおもちゃの指輪をはめる。はにかむノエルと微笑んだシャルロットは見つめ合い、手を絡め目を閉じると、唇と唇が一瞬だけ触れ合った。
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二人が離れると、指輪から一瞬だけ黒い靄が立ち込め空気が歪んだ。
次の瞬間には、真っ暗な何も無い空間に二人はいた。そして、右も左も上も下もわからない暗闇なのに、シャルロットとノエルの姿だけが浮き上がって見えていた。ノエルは震えるシャルロットの手をギュッと強く握りしめた。
元々居たのかも今現れたのかも分からない。気が付いた時には黒羽黒髪の小さな妖精が二人の目の前に浮かんでいた。
「この世界も久しぶりだ」
「……なんだお前」
「まあいい。
何でもひとつだ、お前の願いを叶えてやろう。
富か? 名誉か? 物か? 人か?
何でも好きな願いを言うといい」
「イヤだ。
まっ黒で見るからにあやしいヤツなんか信じない。
オレたちを元の場所に帰せッ!」
「まあいい」
ノエルは周りを警戒しながら、怯えるシャルロットを庇うように後ろに下げ黒い妖精をギッと睨みつけた。
「だいたい急に出てきて、なんでも願いを叶えましょうなんて言うヤツはろくでも――」
ノエルは言い終わる前に一気に黒い妖精に飛びかかった。しかし、ギリギリのところでスルリと抜け出した。
「いきなり飛びかかってくるなんてひど――」
「甘いなバカ」
ノエルは高く飛び跳ねると、両手をめいいっぱい伸ばし黒い妖精の細い首をがっちりと捕まえた。そして、首を軽く絞めあげながら脅しにかったのだ。
「オイ! オレの言うことが聞けないなら、このままへし折るか見世物小屋にでも売っぱらうゾ!」
「え……ちょ、ま」
「早く元の場所に帰せッ!
……そうだ! オレを、シャルロットを守れる最強の男にしろ」
「……」
「そうだなあ。
やっぱり身長は2メートル位で、片手で人を投げ飛ばせるような
強くてゴツくてカッコいい男がいいな、早くしろ」
「ちょっとノエルやめよぉ…… こんなうす気味の悪い妖精をかまったら……」
さらに力を込めて妖精の首を絞めるノエルに対して、心配そうなシャルロットが止めに入った。
「心配すんな、ちゃーんと捕まえてるし、こいつチビだから全然大丈夫だって。だいじょーぶ」
「フッ、まあいい、その願い叶えてやろう」
がっちりと首を握られていたはずの黒い妖精の姿は、スッとノエルの手の中から消えていく。そして、それと同時にまた空気が歪み、次の瞬間には何事もなかった様に、元いた庭の隅の木陰に二人は戻ってきていた。
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二人の体には何の異常もなかった。もちろんノエルも2メートルの大男ではなく子供のままだった。そして、ノエルは、『うそつきチビ妖精』とバカにした様子で笑っていた。
「ねぇ…… ノエル、それって」
シャルロットの指差す先はノエルの胸元だった。ノエルは上着の胸元を広げのぞき込んでから、ズボンの中をのぞき込むと無言の悲鳴を上げた。
それは鍛えぬかれた男の大胸筋。否、0か1なら1、ありなしならばあり、YES、NOならばYES、ほのかな膨らみであった。そして、その下は、Oh……。
「クッソ! あのチビ妖精ッー!」
怒鳴るノエルの声には明らかに動揺がみてとれた。そして、すぐにノエルは指輪を引き抜こうとした。しかし、指輪は全く抜ける気配がなく、力任せに外そうとするほどに、指輪は縮んできつく指へと食い込んでいった。
「シャルロットのはどうだ? あっ! 外れる」
「落ち着いてノエル、きっと外す方法はあるわ、落ち着いて一緒に考えましょう」
「こんな指輪をブッ壊してやる」
シャルロットは、力を入れ拳を握りしめるノエルをなだめるように声をかけたが、そんな声などノエルの耳にはまったく入らなかった。そして、ノエルの指は千切れるほど指輪が食い込み血流が滞って指先がだんだんと変色していった。
「あの露天のハゲおやじ騙しやがったな、とっ捕まえてくる!」
落ち着くようにと諭すシャルロットの声を無視して、ノエルは指輪を買った露天まで走りだした。しかし、そこにハゲの姿は無く、周りの他の露店に聞いても、そんなハゲは知らない分からないと流されてしまった。そして、ノエルは積み上げられているオレンジを1つ手に取ると、ハゲの居た辺りの壁に向かってありったけの力で放り投げた。
ノエルは、シャルロットの家の庭まで戻ると、木陰でシャルロットの横にしばらく座り黙っていたが何か決心して小さく呟いた。
「オレの指の1本や2本なんて、〇〇〇1本に比べたら安いもんだ」
「君はずいぶんとまた無茶をする」
気が付いた時には、また黒い妖精が二人の目の前に現れていた。とっさにノエルは黒い妖精の首に掴みかかったが、ノエルの手は黒い妖精の体をすり抜けて空を切った。そして、 動揺したノエルを無視するように黒い妖精は喋り始めた。
「ついさっき、君が僕に何をしたのか忘れてしまったのかい?」
「いいからオレを元に戻せ! それと指輪も外せ!」
「さっきひとつ願いを叶えたんだ。そうそうなん度も願いなんて叶えられるワケじゃない。
あと100年もすれば力が切れて勝手に元に戻れるだろうさ」
「ひゃ、ひゃく!?」
殴りかかるノエルの拳は、またしても黒い妖精の体をすり抜けた。そして、黒い妖精はシャルロットを指さしてさらに続けた。
「まあいい。そこの女の命を差し出せば、特別にお前を元に戻してやろう」
「ふざけるなッ!!」
「まあいい。
では、そこの女の命を半分とお前の命も半分差し出せば、18歳で元へ戻してやろう。
そこの女の命か、お前達の命か、お前の好きな方を選ぶといい」
「……」
「お前の命は貰った。
せっかくだから少しおまけしてやろう。
世界中で一番美しい女性になれる祝福を、天使の心を持てる祝福を、人々から愛される祝福を――」
黒い妖精は霧のように消えてしまった。
「待てッ!」
「ノエルが……ノエルが女の子……」
「ハハハ、シャルロット安心しろ、18歳で戻れるんだ。
何も問題は無い。いいか、何も、問題は、無い」
「笑いごとじゃないでしょ! 命は取られるし問題大ありよ!」
空笑いするノエルは薬指の指輪を引き抜こうと力を込めた。しかし、さも当たり前のように、引きぬく力に合わせて指輪が縮み、深く指に食い込んで決して外れることはなかった。
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