青春時代 分岐
真っ暗な何も無い空間にひとり。
リリィが目覚めると布団も寝台も無ければ何も無い。
恨めしくも懐かしい感覚に心が支配された。そして、リリィは自身を落ち着かせるように、暗闇の中で周りの気配だけを探り最大限に警戒する。
あの日あの時のように、気が付いたら黒い妖精が浮いていた。リリィから少し離れた高い位置に、ギリギリで手が届かないであろうことがわかっているかのように。
「君に会うのも久しぶりだ。6年ぶりか」
「……」
「まあいい、君にひとつ助言をしようと思ってね」
「オマエの話なんか聞かないし信じない」
「まあいい、簡単な話だ。今すぐにでも、あのキアラと言う女を殺したほうがいい」
「イヤだ」
「まあいい、きっと君は『あの時に殺しておけば』と後悔することになるだけだ」
「まるで、何でも見えているような言い方だな」
「まあね」
黒い妖精は、顎に手を当てて首を傾げるように目を瞑ると、態とらしく何か考える素振りを見せた。
その目が閉じる刹那に、リリィは、暗闇を払うように一筋の光を鋭く投げ放つ――
『殺った!』
服の下に隠していた細く小さなナイフは、小さな妖精の細い首に吸い込まれるように正確に突き刺さった。
突き刺さったはずだった。くびり落としてやったはずだった。確かに刺さったはずのナイフは、気が付いたら黒い妖精の手に握られ、首には傷も無く何事もなかったように黒い妖精は話し続ける。
「君は変わらないね」
「オレを男に戻しやがれッ!!」
リリィが、これ以上ない完璧な瞬間に放ったはずの一撃は何の意味もなかったのだ。
とんだペテンだ、イカサマだ、目茶苦茶だ、馬鹿馬鹿しいにも程がある、妖精の落ち着いた声にリリィは声を荒げた。
「まあいい、君はあの時に言ったことを忘れてしまったのかい?」
「黙れッ! クソ妖精ッ!」
「まあいい、信じるも信じないも自由だが、目が覚めたらすぐにでも殺したほうがいい。いいね」
「待ちやがれーーッ!!」
そう言い終わると黒い妖精は霧のように消え、同時に叫ぶリリィの意識も遠のいていった。
いつも通りの静かな夜ももうじき明ける。
リリィが再び目覚めると、あまり綺麗ではない安宿の寝台の上だった。リリィは、心臓だけが高鳴り、嫌な汗に息が詰まり呼吸をするのも忘れていた。そして、大きく深呼吸してから、自らに言い聞かせるように呟いた。
「夢……」
まだ薄暗い中で、鈍く光る小さなナイフが、寝台横の古い台の上に置いてあった。そして、リリィは、すぐさま服の下に肌身離さず隠していた手裏剣を探るが見つからない。
リリィは、テンゼン師に貰った愛用のヨナ刀を手にすると、音と気配を消し部屋の扉を開いた。




