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この世界はどうしてこんなにも  作者: 崎坂 ヤヒト
一章 二重人格に至るまで
9/13

この世界はどうしてこんなにも寂しい

朝、真矢は和希の部屋へと向かった。

幸い彼女はまだ起きる前で。真矢は彼女の寝顔を覗いていた。

白くて柔らかそうな肌に、薄い麦色の髪がかかっている。

それはまるでどこかの国のお姫様みたいだった。


「ん。あっ、真矢君」


和希は目を開くと、昨日のようにひっぱたいたりはせず、普通に手を伸ばしてきた。

まるで真矢の存在を確かめようとしているみたいだった。

しかし、真矢はその手を取らなかった。


『真矢。お前の力も必要なんだ』


昨日、和希はそう言っていた。

そのために真矢は、こっちの和希にしなくてはならないことがある。


「真矢君?」


真矢の心境を読み取ったのか、和希が首をかしげる。


「ごめん。僕は君のわがままに付き合うことはできない」

「え? 我がまま?」

「僕は君とずっと一緒にはいられないから。君がまた歩き出す手伝いならできるけど。でも、いつまでも君が一人じゃ何もできない状態じゃ駄目なんだ」

「……急にどうしたの?」


和希はまた少し考えてから、何かに納得したように「そっか」と言った。


「会ったんだね。昨日。和希君に」

「っ」

「それで何か言われて心変わりしたんだ………ずるい」

「ず、ずるいって?」

「ずるいよ。二人ともずるい。私には内緒で、二人だけで話をして。和希君なんて助けてくれるって言ったきりまったく声をかけてこなかったのに」

「いや、それは」

「それに真矢君も。和希君の言うことならなんでも信じちゃうんだ」

「そんなことはないよ」

「でも昨日は信じたんでしょ」

『あのくらいの年ごろは自分以外のものに興味を抱いているところを見るとすぐ怒るから気をつけろよ。いわゆる潔癖症ってやつだな』


昨日あの後和希に言われた言葉が突き刺さる。

そのものずばりだこれ。


「あの。豊橋さん? 僕は別に和希の全部を信じ切ってるわけじゃ」

「うるさい!」


真矢が必死に言い訳を考えていると怒鳴られた。

それから「うー」と唸られて、涙まで流される始末だ。

完全にすねられた。

でも。


『可愛いと感じられているうちは良くても。後で絶対後悔するタイプだからな』

(ハッ、そうだった)


というか和希は何でそんなこといろいろ知っているんだろ? やっぱり普通じゃないのかな?

そんなことを考えていると。和希の方から飛び付いてきた。

そのまま背後に倒されてしまう。

首に抱き付かれて、少し苦しい。


「真矢君は私の味方なんでしょ。そうだって言ってよ。でないと私……私」

『あれは単に拗ねてるだけだから放っといていいぞ』


いやいや。さすがにそれはまずいって。

真矢は再生される和希の言葉に突っ込みを入れる。


「ごめん。僕は確かに和希の味方のつもりだけど。でも、それは君だけに限った話じゃないんだ」

「もう一人もって事?」

「うん」

「なんでよ。もう一人の方なんて、勝手に私の体に入ってきただけじゃない。勝手に服とか買って。勝手に楽しんで。なんでなの?」


その言葉に真矢は思った。


(あ、この子。本当にただ拗ねてるだけだ)


そう思って。

真矢は昨日。夜中に和希と話し合って決めた作戦を決行する。


「豊橋さん」

「真矢君………え?」


呼び合って、顔を赤くして真矢の顔の上に自分の顔を持ってきた和希に、真矢はこぶしを向け、それをわずかに開いた。

そして。


パチンッ


「たーっ」


和希は額を押さえて上体を起こす。

そこから真矢は和希の両肩を掴んで立ち上がらせると。そのままベッドに押し倒した。


「え。え………え…」

「ごめん」


真矢はそう言って手を上げる。


「そ、そんな…。私まだ。そこまでは」


和希がよく分からないことを口走ったが、真矢は無視して手を和希の顔面に添えた。

それによって和希の両目をふさぐ。


「え?」

「いいよ。和希っ」

『よしキタ。いっくぜえええええ!(神様です)』

「え、え? き、きゃあああああああああ!」


おそらく。今、彼女の中ではすさまじいことになっているだろう。

宮澤和希の記憶の逆流。

二人の和希が、同じように相手の記憶を貰うことで、二人に和解させようと考えたのだ。………神様が。

昨日、あの後二人でどうやって豊橋和希に説明しようかを考えていたら、突然神様の声が二人の頭に響いてきたのだ。

『ならいい方法があるぞ』と。

前に夢で和希は豊橋和希の記憶を見ていた。

それは肉体の持つ記憶と、魂が近づいていたから起こった現象だった。

で、体と魂。体は神様が持っていて、魂は和希自身。ならちょっといじれば同じことができるんじゃないかと。

試しに和希同士じゃなくても頭に声を響かせられるか試したところ、真矢にもできた。

なのでぶっつけ本番。試しにやってみた結果。

成功したみたいだ。

少し、いや、かなり手荒なまねかもしれないが。時間がないのだ。

これくらいは勘弁してもらおう。

真矢は和希から手を離し。ぐったりした彼女の体を横にする。


「本当にごめん」


意識のない彼女にもう一度謝った。

この方法は、和希がどっちも起きている時にしかできない。

前に和希が受けた、夢という手段だと時間がかかりすぎるのだ。

そのため、こっちについては速攻解決が必要となる。


「あとはよろしくね。和希」




意識の混流が起こり。

二人の意識は対面した。


「はあっ、はあっ。何、この人生」


まず先に豊橋和希がそう言った。


「ムカつく人生だろ?」


それに宮澤和希が答える。


「それ以上に悲しくならない? 私とは違う意味でだけど」

「そりゃなるさ。毎日泣きたくて仕方なかったよ」

「そ、そんなに?」

「あ、お前馬鹿にすんなよ。こっちも大変なんだからな。家のことは全般俺の仕事だったし」

「あ、うん。ごめんなさい」


なんとなく気おされて、豊橋和希は謝った。


「それで。あの、宮澤君」

「なんだ豊橋」

「宮澤君はなんでそんなに優しくできるの?」

「別に………」

「だって自分が苦しんでるのに迷子の女の子助けたりなんて、普通出来ないよ。どうしてなの?」

「理由なんてないさ。そうしたかったからだよ。それに、豊橋に比べれば小さいことだけど。俺もいくつかトラウマがあるんだよ。優しくするのはたぶんそのせいだ」

「……。そっか。苦しんだから優しいんだね」

「なんか。妙に納得されたな」

「うん。それに。ちゃんと伝わったよ。宮澤君の今の状況。私のは我がままだってことも」

「まあ、あのままだと真矢がかわいそうだし」

「いくらか自業自得なところもあると思うんだけど?」

「言ってやるなよ。調子に乗りたいときもあるさ」

「う………うん」

「それでどうだ? やっぱりだめか?」

「…………。ううん。やってみるよ。私のせいで始まったことだもん。これは私の問題だし。私が決着つけなきゃいけないことなんでしょ?」


記憶の逆流によって、豊橋和希には全ての状況を伝えることができた。

現状の問題。原因。その解決策まで。

願いに制限があることも。

その制限とは、時間のことだ。

願いは叶えている最中、叶うまでの日数に限りがあるのだ。

その日数までに叶わなければ、願いはリセットされてしまう。

そのため、その願いにかかわったものは排除される。

この場合、まだかなってない願い。『救われたい』という願いは、期限までに叶わなければ、その対象である豊橋和希を消去して、リセットされる。

嫌なことに、この消去によって豊橋和希が『死ぬ』ことが願いを叶えることにもなってしまうのだ。

そのため、残った最後の願いで延長してもらうなんてこともできない。

災難なのは。そのせいで体に入った宮澤和希も一緒に巻き込まれてしまうということだ。

二人ともこの願いの関係者なのである。

そのため、あと三日でもう一つの解決策であるトラウマの克服を果たさなければならないのだ。


「ありがとう。こっちもできる限り協力するから」

「うん…………。あのね」

「ん?」

「聞きたいんだけど。もしこれが終わったら。私って」


その先は、あまり考えたくないことだった。

でもそうなる可能性もある。

それだけが心残りだった。




ガバッ

和希は勢いよく起き上った。

そこで、じっと待って本を読んでいた真矢と目が合う。


「あ。えっと。おかえり?」

「うん、ただいま」


和希はそう言って返すと、真矢に毛布を頭からかけた。


「うわっ」

「それ。いいって言うまで取らないでよ」


そう言って和希は戸棚から何着かの衣類を取り出した。

そしてそれらの内、一着に着替え。他を大き目のリュックに詰める。

下着も忘れずに入れた。


「よし。もういいよ」

「ぷはっ。はー。一体何なの?」

「帰るの」

「え?」

「実家。帰る」

「え、て、今から? どこ?」

「新幹線使えば半日で着くよ。明後日には帰れると思う。どうなっているかは知らないけど」

「え………っと。和希は?」

「宮澤君なら納得してるよ。決着つけに行くの。自分に」

「僕も行こうか」


当然そう来ると思っていた真矢の言葉に、和希は「うん」と頷いた。




新幹線はもちろん自由席だ。

どうにか隣り合わせに座れるところを見つけ、二人は腰かけた。


「大分かかるんだよね?」

「うん。東じゃないから」

「そんなに遠くから? どうして」

「………。大家さんしか、本当にもらってくれる人いなかったから」

「そういえば。それで気になってることがあったんだった」

「なに?」

「どうして、親族の人は引き取ってくれなかったの?」

「それは………」


和希は少し渋った。

それから、荷物の中から携帯電話を取り出す。

スマホじゃない。とっくに解約されたボロボロなものだ。

こっちは今のスマホに変える前に持っていたもので、火事の時もポケットに入っていた。

それを開いて、和希は一枚の写真を真矢に見せる。


「え。これ」


真矢はそれを見て驚いた。

無理もない。

和希の家族は。全員髪の色が『黒』なのだ。

間違っても薄い麦色ではない。


「私、五歳まで施設で育ったから。お姉ちゃんとは実は十年も一緒にいないの。そんなんだから、みんな、私のことなんてかまってくれなくて。私にとって、家族以外に家のつながりはなかったの」

「さみしい話だね」

「……うん。パパもママも、お姉ちゃんも優しかったから。だから別に良かった。楽しかったし。血のつながりなんかなくても全然平気だった。んだけど……」


和希は落ち込んで、涙を流した。


「駄目だよね。決着、つけなきゃいけないのに。こんなんじゃ」


そう言う和希を、真矢が抱きしめた。


「大丈夫だよ。大丈夫。話して、楽になることだってあるから。そういうことなら。僕はいくらでも協力するから。さすがに和希ほどうまくは出来ないだろうけど」

「ううん。宮澤君は、もう、別人じゃいられないよ。これからは、一緒に生きてかなきゃならないんだから。そのための旅だよ」

「ほとんどお金だけ状態の旅だけどね」


真矢は苦笑いした。

今回の旅は急ぎだったため、服と財布以外は全然準備していない。

向こうについても、どっかのホテルに泊まれればそれでいいやというノープランなのだ。

正直心配だ。

でも、彼女の地元に行って。そこで彼女が自身のトラウマを克服することができれば。それに越したことはない。


「大丈夫だよ」


真矢はそう、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。




新幹線降りてから普通の電車に乗り換えて、さらに三十分くらい言った先に、目的の駅はあった。

和希の地元のついたのだ。

昼近くに出かけたので、もう夜になってしまっている。


「今日はここら辺に泊まりだね」

「うん」


和希は少し焦っているように見えたが、そこはもう一人がちゃんと面倒をみてくれたらしい。

真矢にはわからないやり取りが頭の中で展開され、目の前にいる和希が納得したらしい。

もはや、もう一人と呼ぶのも面倒になってきた。

これからは和希と、豊橋さんで完全に分けてしまおう。


「豊橋さん。和希は何か言ってた?」

「それが……なんかやってるみたいなんだけど。全然答えてくれなくて」

「そうなんだ」


一体何をしているのだろうか?

和希の考えが、だんだん真矢には理解できなくなってきた。

まあいい。

全て、明日になればわかることだ。




ビジネスホテルに泊まり。二人は荷物を預けると、すぐに出かけた。

若干急ぎ気味なのは気のせいじゃない。

和希は本気で焦っているのだ。

自分が消えてしまうかもしれないのだから当然と言えば当然かもしれないが、おそらくそれだけではないのだろう。

ここは和希にとって思い入れの深い場所なのだ。

駅前の通りを、和希は慣れた足取りで通り過ぎる。

それから何度か橋を渡り、住宅街を目指した。

一年近く歩いてない場所のはずだが、体が覚えているのだろう。

寸分の狂いもなく、目的の場所までまっすぐに向かうことができた。

ただ。

その場所はやっぱりと言うべきか。当然のように更地になっていた。

家があった場所には緑が生い茂り。過去の面影は、もうなくなってしまっていた。

和希はそれを見て、膝を折る。


「なくなっちゃったんだね。本当に」

「うん」

「不思議。全然辛くないの。なんでだろ?」


和希は口ではそう言うも。目から涙を流していた。

たぶん制御できてないのだろう。

その方法を知らないのだ。


「ここに来れば。何か変わると思ったのに。何にもないんじゃ…」

「豊橋さん」

「ごめんね。救われることなんてできないよ。だって。何感じていいかわからないもん」

「…………………」


真矢は自然と、彼女を抱きしめようとしていた。

しかし、それは思いとどまる。

それでは意味がないと教えられたじゃないか。

じゃあ、どうする?

どうしたら彼女を救える?

そう考えたときだった。


「豊橋さん?」


真矢ではない。

真矢は何も言っていなかった。

それは、女の子の声だった。

二人は、声のした方に振り向く。


「美紀ちゃん」

「あ。やっぱり豊橋さんだ。いままでどこにいたの?」


そこにいたのは、つややかな髪を肩のところでバッサリ切りそろえた、和希よりもやや背の低い女の子だった。


「美紀ちゃん。あのね」

「ううん。言わなくてもいいよ。そうだよね。いきなりいなくなったんだもん。ちゃんと理由があるよね」

「……………」

「豊橋さん。彼女は?」


聞くと。和希は説明してくれた。


「美紀ちゃん。私の、中学時代のクラスメイトだよ」

「そうなんだ」

「はじめまして。ひょっとして彼氏さん?」

「ううん。僕は付き添いだよ」

「そうなんだ。今日は何で?」

「心の整理を付けに来たの」


美紀ちゃんに。和希は自分で言った。

それに美紀ちゃんは、全てわかってるのか「そっか」とだけ言った。


「それじゃあ、お墓にもいくんだよね。大丈夫?」


和希はこくりと頷いた。

ただ。その手は震えている。

美紀ちゃんは、正直あんまり話をしては来なかった。

和希と少しやり取りしたら、連絡先も何も聞かずに去ってしまった。

おそらく薄情なのではなく、気を使った結果なのだろう。


「彼女とは仲良かったの?」

「普通かな。みんなそんな感じ。特別仲がいい人はいなかったよ。やっぱりよくお姉ちゃんと一緒だったから」

「そうなんだ」

「うん」


会話に弾みがない。

まあ、当然と言えば当然かもしれないが。

困難で本当に決着がつくのだろうか?

そう思っていると。


「よし、いくぞ。真矢」


いきなり、和希がしゃべって、場の空気を一瞬にして変えた。




「どこに行くのさ?」

「ん? ああ。お墓」

「え? 場所知ってるの?」

「記憶の中から探り出したよ」


和希は言うと、ずんずんと先に歩き出してしまう。

やっぱり、和希の方は引っ張っていくタイプだ。

豊橋家の墓は、親族の人たちがちゃんと作ってくれたらしい。

和希は葬儀の時、精神障害を患い、出ていなかった。

そのため、ここに来るのは初めてになる。


「さて。変わるか」

「え? ていうか、和希。なんか今日。色々と雰囲気が適当っていうか」

今、目の前にいる和希は、自分が消えるかもしれないという状況なのに、ずいぶんと余裕そうに見える。

一体その余裕はどこから来るのかと思っていると。


「「っ!」」


真矢と、和希と入れ替わった豊橋さんはその光景に絶句した。

写真で見た三人。

豊橋和希の家族が、そこにはいた。


「どういうこと?」


真矢の疑問に、頭に直接声が届いた。


『最後の願いを使ったんだよ』

「最後の願い? なにそれ」

『あれ? 言ってなかったっけ。神様は願いを五つまで叶えられるんだよ。これはその最後だ。神様を口説くのは苦労したぜ』

「く、口説くって……」


そこで真矢の視線は、豊橋和希へと移る。

和希は、それに一瞬驚いていたが、すぐに駆け出して、三人に飛び付いた。

しかも、その三人には実態があるのだ。


「どうなってるの」

『悪いが、あれも時間制限があるんだ。生き返ったわけじゃないからそのことをしっかりとあいつに伝えてやってくれ』

「え? 和希は?」

『あの現象。俺の願いなんだよ。あいつに親と会わせてやってくれって。その願いが進行中はあいつの体に入れないみたいなんだよ。だから後は任せたぞ。一時間くらいしか持たないらしいから。そのことしっかり伝えてくれ。今のうちに話したいことを話しとけってな』

「………。わかったよ。やっぱり和希は凄いね。すごく優しいよ」

『は?』

「その願いだって。どうせ何か条件付きだったんでしょ?」

『ああ。ばれてたか。まあそのことは気にするな。背に腹は変えられねえし。今はもっと重要なことがあるだろう?』

「うん」


真矢は頷き、駆け出した。




「パパ、ママ。お姉ちゃんっ」


和希は飛び付いて、三人に抱き付いた。

皆感覚がある。

偽物じゃない。

和希は、三人の顔をゆっくりと見た。

皆、綺麗な顔をしている。

さっき。美紀ちゃんを見たとき、和希には彼女が燃えていく姿が見えていた。

それがママと、お姉ちゃんに重なって。とても苦しかった。

でも。この三人を見たら。それが消えていく。

ずっと苦しかった思いが軽くなる。


『和希』

「パパ」


まず父親に声をかけられて、和希は何を話そうか悩んでいると。


「豊橋さん!」


後ろから声が聞こえた。

真矢の声だ。


「その人たちがここにいられるのは一時間だけだって! だから、今のうちに話したいことは全部話しておけって!」


一時間。

もう、一緒にいられるのはそれだけしかないのだ。

話したいことはいっぱいある。

だけど。どうしても伝えたいことは一つだけだった。


「大好きだよ。パパも、ママも。お姉ちゃんも。ごめんなさい。ずっと怖がってて。助けてくれたのに。お礼言えなくて。本当に、ごめんなさい」


目からぽろぽろと涙がこぼれる。

もう止められなかった。

だって苦しかったのだ。ずっとずっと辛いのを我慢してきたのだ。それでも耐え切れないほど絶望も味わったのだ。


『いいのよ、和希。分かってるから』

『まったく。お前は本当にすぐに泣いてしまって。出会った時から、心配で仕方ないぞ』

『放っておけないのよね』


三人はそれぞれ言いたいことを言って、順に和希の頭をなでて、ほっぺたに触れ、抱きしめてくれる。

それでもう、満たされた。

これがほしかったのだ。

もう、大丈夫。


(救われたよ)


もう一人の和希に、そう言いたかった。


「皆。私、今、新しい家族がいるの。一緒には住んでないんだけど。でもそう呼んでいい人がいるの。友達もまたできたよ。そばで、私のこと本気で助けてくれる人もいるの。だから。もう大丈夫。心配……しなくていいから」

『『『………』』』


三人は和希のことを温かい目で見つめた。

それがいったいどれだけの時間だったかは分からない。

でも、それはとても長い時間だったように感じられた。


「あと十分だよ」

「分かった」


もうすぐ終わりの時間がきてしまう。

本当に、これでもう会えなくなってしまうのだ。

そう感じたら、また無性に泣きたくなってしまった。

最後に皆に順に抱きしめてもらい、それぞれに別れの挨拶をした。

それで。三人が消えるその前に。

和希はいっぱいに涙を浮かべた顔で、声を張り上げた。


「ありがとおおお!」

それは三人に届いたか分からない。

届いたらいいなと思って、和希は続ける。


「拾ってくれて! 育ててくれて! 思い出をくれて! 最後まで! 助けてくれて! 本当に! ありがとう! 大好き!」


それで、消えていく中。

三人の笑顔が見えた。


「あ………」


和希はその場に座り込んでうずくまった。


「う、うぅ」


和希が、体に戻ってきたのを感じた。

真矢が、後ろから抱きしめてくれているのが分かった。

だから。


「わあああああああああああああああああああ!」


限界まで、ずっと泣いた。




お墓に水をあげる。

三人のいるお墓だ。

和希は戻って来てからもだんまりだった。

たぶん、私が自由にできるように気を使ってくれているんだと思う。

お線香貰ってきて。三人にあげると、手を合わせた。


「ずっと。見守っててね」

『もういい?』


頭の中でそう聞いてきた。

それに満足した面持ちで答える。


「うん。もういいよ。十分」

『やっぱり』

「消えるのかもね。もともとそのはずだったんだもん。未練はないよ。この体は、和希君にあげるね。私は、もういいから」


「悲しいな」

一拍置いて、和希はつぶやいた。

豊橋和希の声はしない。

消えてしまったのだろうか?


「和希」

「真矢」


和希は振り返って、真矢と目が合う。


「どうするの?」

「どうするって。帰るよ。あのアパートに。これで終わりなんだから。帰ったら次の日から学校があるし」

「そうだよね。でも、なんかもの悲しいかな」

「それは私も同じだよ。……ああ。このしゃべり方久しぶりかも」

「なんか変だと思ってたら、男言葉はわざとだったんだ」

「判別しにくかったからね。この体でずっと男口調だったら変でしょ」

「ま、確かにそうだよね」

「さー、帰ろう。絶対大家さん心配してるし」


そう言って和希は伸びをする。


「『うん』」

「………………。は?」


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