この世界はどうしてこんなにも理不尽①
その日の朝、和希の体はやけに重かった。
いや、重いというよりも気怠いというか。
なんか今にも死にそうな。
そんな風に思ってしまうほど体がつらい。
そんな感覚に見舞われつつも、どうにか目を開くと。
そこはベッドの上だった。
まあ、寝ていたのだから当然だろう。
ただ、その視線は床へと向いていた。
視界の中に薄い麦色が見える。
「ん……う、ん…」
のどからは驚くほど高い声が出た。
まるで女の子のような声だ。
自分ははたしてこんな声を出せただろうか?
そんな疑問をよそに、体の方は少しずつ感覚が走る。
両腕はだらんと下げられ、ベッドの上でだらしなく開いている。
両膝は曲げられ、体育座りに近い体勢だ。
違う点は内股だということくらいか。
和希は重い両腕で目の前の麦色をかき分け、立ち上がろうとする。
しかし、ベッドから下りると。
そこで床に転げ落ちてしまった。
(あ、あれ?)
体が思うように動かない。
それ以上に体が重くて、頭の回転もゆっくりだ。
気分も悪い。
それから、声もうまく出なくて、体の内から何かを求められているのを感じる。
その正体はすぐに分かった。
(腹減った。喉も)
空腹とのどの渇き。
この二つが原因だ。
幸いというかなんというか。
視界の中には冷蔵庫が映っていた。
(何か食べ物…)
和希はまるで床を這うようにして冷蔵庫へと向かった。
床にはカーペットが敷いてあって、冷蔵庫までの距離もそんなになかったが、和希にはそのたった三メートルくらいの距離がとても長いものに感じた。
そしてまず下の引き出しに手を伸ばし、そこを支えにしてもう一段上を引いた。
一番下は冷凍庫なのだ。
食べ物はあるだろうけど、そこにあるものはすぐには食べられない。
一個上の引き出しには野菜類が詰まっていた。
そこから適当に二つつかみ、取り出す。
トマトにきゅうり。
どっちもすぐに食べられる。
ほんとはきゅうりの先は切り落とした方がいいのだが、今の和希はそんなことに労力を使える余裕がなかった。
ガプッ
噛んだきゅうりは、驚くほど甘かった。
そしてみずみずしい。
実際はほとんど味を感じない程度の、しかも冷蔵庫の中なので水分も少し抜けているようなものだったのだが、この時の和希にはそう感じた。
ガプガプガプ
勢い任せにほおばった。
一口一口が小さい。
本当はもっと勢いをつけて食べたいのに、何故かできない。
和希はそれを腹が減りすぎているためだと考えた。
ならもっと食べないと。
きゅうりを食べ終えると、今度はトマトにかぶりついた。
あー、こんなに甘いトマトは初めてだ。
一体自分はどれだけお腹がすいていたのだろう?
そんな疑問を抱いてしまう。
少し回復したところで、今度は本気でお腹がすいたと感じた。
人間、少しのものが体に入ると、余計にお腹がすくものなのだ。
やはり野菜ではあまり腹は膨れないな、とその段を閉め、冷蔵庫のふたを開く。
カチャン、と音を立てて、まずは扉についているペットボトルを取り出した。
ごくごくごく
取り出したスポーツドリンクを一気飲みした。
五百ミリリットルも飲んだのにまだ足りない気分だ。
さらにパン、納豆、プリンまで食べてやっと落ち着いた。
パンを食べたあたりからは少し気分がよくなって、箸とスプーンを食器棚から持ってくる気力が生まれていた。
ただ、それらを食べて満たされると、起きたばかりだというのに眠気が襲ってくる。
和希は大の字に寝っ転がって、目を閉じた。
食べたエネルギーが、体中にめぐっていくのを感じる。
「はー」
ようやくまともに声が出た。
やけに高い声ではあるが。
(ん?)
そこで和希は何かがおかしいと感じた。
そもそもここはどこだ?
起き上がるとそこには食材を取り出した冷蔵庫がある。
後ろには壁。
ドア。
玄関。
ベッド。
本が並んでいる棚にタンス。
プリンを食べたミニテーブルに。
食器を取り出したキッチンまである。
おかしい。
和希は一人暮らしなんてしていない。
家には両親と姉が一人いて、飯は自分が作っている。
姉の部活が忙しく、両親の帰りが遅いためだ。
そんな家族構成なので、住んでいるのは当然一軒家。
しかしここは、どう見ても複数の人間が一緒に住んでいるようには見えない。
「えっと……」
頭に手を当てると、髪がやけにパサパサしていた。
はらりと前髪が落ちる。
さっきからやけに多いなと思いながら、その薄い麦色の髪をはらうと。
「………ん」
気づいた。
いや、気づいてしまった。
自分自身の異変に。
立ち上がってみる。
視線が低い。
そう感じてしまった。
両手を見ると、色がやけに白かった。
おまけになんか…小さい?
その手でペタペタと自分の顔に触れる。
それだけではよくわからなかったが視線を下すと。
「っ!」
絶句した。
今自分は、スカートをはいていたのだ。
さらには視界の中にふくらみが見える。
恐る恐る触れてみると、それは柔らかかった。
おまけに少しむず痒い感覚がある。
なんかまずいと思って、和希は慌ててそのふくらみから手を離した。
そして顔が一気に蒼白になる。
近くに大き目の鏡があった。
和希はそこの前に立ち、自分の姿を確認すると。
二分ほど固まっていた。
そこには女の子がいた。
薄い麦色の髪をした、大分痩せ細ってはいるが、かわいらしい女の子だ。
眉毛は細くて長いし、まつ毛も長くて目が大きい。
鼻なんかは逆にちょっと小さくて、顔立ちも…。
ガバッ
和希は慌てて服を脱いだ。
スカートと上が一緒になっていて、簡単に脱ぐことができたそれはワンピースというらしい。
そうしたら、そこには下着姿の女の子が映っていた。
白にピンクの線が入ったその下着は、さほど大きくはないものの、男ではありえないようなすらっとした曲線を描く白い肌の、主要箇所をしっかりと和希の視線からガードしていた。
代わりにへそ等はばっちり見えていたが。
間違いない。
女の子だ。
「女の子…」
確認のために口に出してみる。
しゃべっているのは自分、そして鏡に映る美少女だ。
「………」
まるで時が止まったようだった。
実際にはどれくらいだったか知らないが、和希にはそう思えた。
「は、ははっ」
(冗談だろ?)
そう思うが、この場には自分しかいない。
おまけに体は色白の美少女。
ちょっとつねってみたが痛みもあった。
というか、今更感覚の確認をするまでもなく、さっきから空腹やら何やらをずっと感じていたのだが。
どうやら頭がだいぶ混乱しているらしい。
そんな中どうにか和希は思考を巡らせ、こうなった経緯がなにかないかを考えだした。
すると、昨日のエピソードが再生される。
神社の前で、一人の女の子と出会い、話をして、それで……。
『和希君の願いは、やっぱり怖がられなくなることかな』
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
喉が焼けきれんじゃないかと思うほどの絶叫を上げた。
怖がられなく……。
怖がられなくって。
「え? 願いがかなう。って、え?」
どういうことだろうか?
そこで和希はもう一度鏡を確認した。
そこには、とびっきり可愛い美少女が映っている。
和希の願いは、正確には
『第一印象で怖がられないこと』
だった。
この外見で、会った瞬間に怖いと思う人は、確かにいないと思う。
可愛さで言うと、昨日のあの黒髪美少女と同等レベルくらい?
個人的な主観でどっちが上か下かとなるくらいにハイレベルな容姿だと思う。
非を上げるなら、今目の前に映る少女が、少し痩せ過ぎているということくらいだ。
ほんとこれ、餓死する寸前だったんじゃないだろうか?
いや、今そんなことより先にすることがあるはずだ。
「ま、まずこの体がどうなっているのか。後はこの部屋と状況を」
和希はバタバタといろいろ探り始めた。
するといろいろなものが出てくる。
まず衣類。
あんまり数がなかったが、三着ほどの着替えが出てきた。
下着はもうちょっと数があったみたいだけど、数えてはいない。
なんとなくだ。
それから保険証に財布にスマホ。
住民票。
それからパソコンと。
過去の………データ。
まずこの体の名前は『豊橋和希』というらしい。
下の名前が一緒なのは何か理由があるのか? よく分からない。
それとデータには、漠然とだが家族構成が乗っていた。
両親と姉が一人いた。
和希……宮澤和希と同じ家族構成だ。
しかし、それは少し異なっていた。
もういないのだ。
一年ほど前に、豊橋和希の家族は和希を一人残して、全員火事で死んでいる。
これは何かの配慮か?
都合のいい設定を付けられたような気分だ。
つまり、家族との態度の違いなどは考えるな、と、そういうことなのか?
後は印鑑に通帳が出てきた。
六桁まで数えてやめた。
なんか怖くなったから。
どうやらお金はあるらしい。
この火事のせいで得た保険金とかだとは思う。
ますます都合のいい設定だと思った。
ただ一番ご都合主義に思えたのは、制服だった。
それはまだ一度も着られていない、ビニールに入ったままの状態で置かれた西揚羽高校の女子制服だった。
生徒手帳もしっかりある。
今は夏休みで、休み明けに転入する………という設定だ。
いや。データを見ると転入というより編入や入学のような扱いらしい。
今まで精神障害で半年以上入院していて、最近退院したばかりらしい。
どこまで手回しされているんだ?
神様の力とかそんなの信じる方ではなかったのだが、ここまで来ると信じざるを得ない。
(とりあえず。ぐちゃぐちゃの頭は少し整理ついてきたかな)
「はー」
まずはこれからすべきことを考えなければならない。
「まず服着ないと」
そう思って、タンスから別の服を取り出してそれを着る。
面倒なことに服はスカートしかなかった。
なんか、スース―して落ち着かない。
ただこればっかりは我慢するしかないようだ。
後は本当に今後についてだ。
マジでどうしよ?
「とりあえず…」
そこで和希の視線はドアの方へとむけられる。
「外出てみようか」
外に出ると、そこはアパートの二階だったことが分かった。
位置としては階段のある方から逆側の二番目。
ナンバープレートの他に、苗字のプレートはない。
「104…か」
覚えておかないと。
それにしても暑い。
さすが夏と言うべきか。
「少し準備しないと」
和希は一度部屋に戻り、ある程度の備えをした。
財布に連絡先0のスマホ……おいっ!
ペットボトルを一本見つけた手下げ袋に入れ。
絆創膏、消毒液、ティッシュ、ハンカチ、包帯、鋏、テープを詰める。
ハッ
しまった。
ついいつもの癖で医療用具一式を準備してしまった。
この部屋にあった救急箱から取り出したそれらを見て、和希は難しい表情になる。
「……とりあえずの備え、ってことで」
そう自分に言い聞かせて、荷物。
主に医療品を持って、和希の準備は終了した。
後は陽射しか。
男の体なら気にすることなかったのだが、さっきちょっと外に出ただけで、やけに肌がひりひりした。
どうやらこの体は、元の和希の体よりも肌が弱いらしい。
ならその対策も必要か。
肌は出来るだけ出さないような服装がいいと思い、先程着ていたものと同じくらいの丈のロングスカートに着替えた。
一日にこんな何度も着替えをしたのは初めてだ。
あとは羽織物があったのでそれを着ようと思い、手を止める。
その視線はタンスの上へと止まった。
日焼け止め。
三個ほど並んでいた。
塗っといた方が……いいんだろうな~。
なんとなくこの体を触るのには抵抗があった。
なんかいけないことをしている気分になるから……。
それでも仕方なく思い、手を走らせる。
どのくらい塗ればいいのかわからないので、少し多めに塗ることにした。
それにしてもこの体は本当に細い。
首筋や足にも塗り、ちょっと迷ったが肩下あたりにも塗る。
少し変な声あげそうになった。
女の体って…。
そんな日焼け止めとの格闘も済み、ようやく本当に準備できた。
羽織物はカーディガンという物らしいが、正直見た目は薄くて、はたして意味があるのかわからない。
……暑い。
結局のところ、外に出て感じたのはそれだった。
まずそれ以外に何を感じればいいのかわからない。
荷物は、筋力がなくて両手で持たないと少し辛い。
歩くたびにスカートにあたって、布の感触が変だし。
髪もしっかりと姿勢を保ってないと落ちてくる。
どうにか肩あたりに垂れるようにしてはいるが、いろいろと面倒くさい。
歩幅も狭いし。
体の違いをすごく感じる。
でもやっぱり暑い。
一番はどうしてもそれなのだ。
まずはどこへ行くか?
それはほとんど限られていた。
こうなるきっかけとなった神社。
もしくは宮澤和希の実家だ。
幸いなことに、和希がいたアパートは学校からそう遠くない、知っている範囲だった。
そのおかげで神社までの道のりも迷わず行ける。
神社を選んだのは、この時間家には誰もいなくなるからだった。
姉は部活で、両親は仕事。
当然豊橋和希の家には宮澤家の鍵はない。
となれば消去法でこっちに来る。
「ふー」
汗で少しべたついてきた肌を撫でて、和希は神社へと向かう。
こう暑いと走る気力もわかない。
さらにはいているのは靴ではなくサンダルなので、そもそも走るのに適してはいなかった。
革靴もあったが、それは学校用だ。
どうやらこの体、普段からあまり走ったりするようにはなっていないらしい。
神様も色々と変な設定を付けるものだ。
…………………………。
なにか……変じゃないか?
どこかで和希の考えはくるっているように感じるのはなぜだ?
和希は当初、この体は神様が作ったものだと感じた。
容姿があまりにも綺麗すぎたためだ。
でも、あの部屋にあったものや、この体の特性など。
あまりにも端整に作りこまれ過ぎているように思える。
まるで、本当に別人になったみたいだ。
「って、それにしては共通点が多すぎるか」
まず同じ名前、漢字まで同じとなると珍しい。
男女で違うが、その他の家族構成は同じだ。
また、同じ町に住んでいて、しかも同じ学校に通う。
ここまで来ると意図的なものを感じてならない。
他の部分は些細な変更点に過ぎないということか?
ただ。
さっきからちょっと視線をちらほらと感じるのはなぜだろう。
道行く人々の間で、和希に視線を送る人たちがいる。
女子高生、部活の帰りか行きかは知らないがこそこそ話でこっちに視線を向けるのをやめてほしい。
なんか「ねえ、あの子」という声が聞こえてきて視界の端で指さされている。
(え? やっぱりどこか変なところあるのか?)
歩き方とかしぐさがきっと変なのだろうが、女の子とまともに触れ合ったこととかないし、当然その仕草なんかもわからない。
バッと振り返ると、女子高生たちはそそくさと逃げてしまった。
(えーっ)
この体でもそういう扱いを受けるのか?
まさかまた怖い顔になっていたとか。
そう思って電源の入っていないスマホを鏡代わりに覗き込むと。
そこにはやはり可愛らしい女の子の顔が映っていた。
ちょっと睨みを利かせてみたが、目が大きくて、なんだかただ拗ねたようにしか見えない。
(えー……)
ほんとになんで彼女達は逃げたんだろ?
痴女とかに思われたとか?
そう思って確認するも、むしろ露出はかなり抑えられている状態だ。
ではなぜか?
和希はそれが分からずに頭を抱えた。
ここでこれまでの和希を他者の視点で見てみよう。
まず普通に歩いていると思っていた和希は、髪が落ちないように綺麗な姿勢で歩いていた。
そのため、大体女子の平均身長の豊橋和希の体は周りからは少し視線をそらすだけでその大体が見渡せる。
ガリガリの体はロングスカートとカーディガンで隠れ、髪を払う仕草はとても上品に思える。
「ねえねえ、あの子可愛くない?」
「うわ、ほんとだ。すっごい綺麗」
「なんか落ち着いてるしねー」
「でもちょっと緊張してる気がしない?」
「うーん。あっ、ひょっとして初デート?」
「そうかも」
「相手どんなだろー」
「きっとイケメン」
「「キャー」」
という具合に、むしろ理想図に思われていた。
さらに慌てて顔をチェックしたり、周囲を警戒したりしている仕草は、これからデートに行きます。でもこれで大丈夫かな? と緊張しているようにしか見えない。
様は周りにとって、今の和希は恐ろしく魅力的なのだ。
当然そんなこと知らない和希は口元にこぶしを押し付けて、現状に頭を悩ませながら青い顔でそそくさと歩く。
それがこれからのデートプランを考えて、脳内チェックしているようにしか見えないことには、当然ながら気づいてない。
そうこうしている内に、目的の場所には着いた。
美和野神社。
かつてこの辺がまだ草原だった頃、一つの小さな蔵が祭られていたらしい。
いまそれはこの神社の大きくなった蔵の中にあるらしいが、それでもまだ小規模な神社だ。
本来、ここの神様が何の神様なのか。
それを和希は知らない。
ただ、こうなった原因というのは間違いなくここなのだ。
ならばもう一回お願いしよう。
流石に和希も本当に願いが叶うとは想像していなかった。
心からの叫びであったことは認めざるを得ないが、いくらなんでもここまでの変化は理不尽すぎる。
せめて顔つきがちょっと怖くなくなる程度に考えていたのに。
女の子になったりしたら、本末転倒だろう。
確かにこの体、少し興味はあるけど。
でもやっぱり元の体には戻りたい。
和希は財布から適当に十円を出した。
それを放り投げて手を二度たたく。
「お願いします。どうか私をもとの姿に戻してください」
…………………………………。
何も起こらなかった。
まあ昨日もすぐには変わらなかったし。
「また寝れば戻ってるかな?」
そんな小さな希望を胸に、神社を出ようとすると。
「あれー」
そんなチャラチャラした声がかかった。
「?」
そちらに視線を移すと。
「ねえねえ、ここで何してんの」
「神社にお参り? 健気だね~」
「うわっ、可愛いな。スゲー好みっ、俺らとどっか遊び行かない?」
瞬く間に囲まれてしまった。
相手は三人。
うち二人はなんか見覚えがあった。
(あっ)
そうだ、昨夜の女の子をナンパしていた不良だ。
(昼にもやっているのか)
どうする?
いつもなら睨みを利かせて追い返すところなのだが、先程のスマホで見た顔を思い出すと、それが絶対に不可能だと悟る。
しかも今手に持っている荷物を両手で持ち歩く程度が限界の腕力しかないのだ。
喧嘩も不可能。
後できることと言えば。
「え、えーっと。すみません。これから人と会う約束が」
「えー、いいじゃん。俺らとどっか行こう」
和希の言葉は途中で止められて、あろうことか肩をつかまれる。
(まずいっ)
そう思った時にはすでに遅かった。
和希の体はそれでがっしりと固定され、完全に身動きできない状態になっている。
「あれ? 君ほっそいね。ダイエット? 俺としちゃもうちょい柔らかみあった方が」
「うっ」
少しきつめにつかまれて、和希はうめいた。
「あはは。睨んだ顔もかあーいっ」
「それに人と会うって、友達? 彼氏じゃないだろ。まあ、もしそうでも俺らと遊んだ方が絶対楽しいよー」
「そうだ、カラオケおごってあげるってのどう? 俺この子の歌声聞きたい」
「いいな、それ。声もマジで可愛いし」
駄目だ。
完全に相手にペースを飲まれてる。
怖くなくなる。
第一印象で絶対に怖がられなくなるような容姿。
そんな願いの末路。
ひどい話だ。
本当にこの世界は……どうしようもなく理不尽―――
「ちょっとあんた等!」